第85話 突然の死神のこと
「いえーい、勧誘された回数6か国達成おめでとー!」
…………なにこれ。
いつもの如く、突然にやってきたこのお屋敷。そしてこの男、自称死神。
ただその様子がいつもより謎のハイテンションでちょっとムカつく。それにいつもお茶をもらってるこの居間も、妙な飾りつけがされてうっとおしい。折り紙の手作りの花とか、あのなぞの輪っかを繋げた飾りとか。幼稚園か。
何より謎なのが垂れ幕。
『超常的な魅力の持ち主・切野蓮くんおめでとう!』
意味が分からない。
「とりあえず説明をもらおうか」
「おおう、そのわけのわからないことにも果敢に向かっていく姿勢。さすが魅惑のトリックスターだね」
「存在がわけのわからないやつに言われたくないんだけど」
「なるほど、つまりボクはシュレーディンガーの死神ってことだね! そう、死神はいつどこにでもいるのさ。君の、心の傍に」
「とりあえず無視していいか?」
「分かったよ。もう、おちゃめだな、君は」
それ、使い方あってるのか?
「で? なんだって?」
「あ、そうそう。本題だよ。蓮くんがあの世界で虜にした国が6国を超えたことのお祝いだよ」
「……なんだって?」
「だから蓮くんがあの世界で虜にした国が6国を超えたことのお祝い」
「いや、聞こえなかったって意味じゃないって、それくらい察してくれない? 意味が分からなすぎて、脳が理解することを放棄したんだよ」
「いやー、すごいよね。えーと、まず帝国でしょ、ツァンでしょ、トンカイでしょ、あとウェルズとノスル、そしてゴサ! あ、虜にしたって意味だとイース国がそもそもだから、すごい! 7か国だね! いや、ゼドラにデュエンとザウス、トントもおしかったんだけどねぇ。そこがあったら、2桁リーチだったよ」
「とりあえず聞けよ」
「え、なにが?」
「…………もういい」
どうでも。
「ま、ま。そう言わずにさ。ゲーム内のイベントだと思ってよ。ご褒美をあげようって思ってるから」
「ご褒美?」
その単語に敏感に反応してしまう、自分の食い意地が恨めしい。
「そう、ご褒美。なにがいっかなー、まだ考えてなかったんだよねー」
「よし、じゃあこの寿命を撤回してくれ。それならもうお前を自称神とか言わないから」
「あ、無理」
「即否定!?」
「だって、そうなると色々問題じゃん。この作品のタイトルも変わるし」
「作品?」
「いや、こっちの話。それにやっぱり緊張感っていうのが大事じゃん? 君は死に物狂いになったからここまでイース国が大きくなったわけだし。それがなかったら、どっかで野垂れ死んでるのが関の山だよ」
「それは……」
確かに死にたくないから死に物狂いになったのはある。
「そ、だからご褒美は他のことね。あ、それとも移住先で決める? ね、ね。ところでどこに行くのかな? やっぱり本命は帝国? あ、でもワンチャンゼドラとかもあり? それともやっぱり今をときめくゴサ? いやー、色んなところから勧誘で引く手あまたって、羨ましいねー。転職サイトに堂々と乗ってもいいんじゃない? あ。でもFA宣言は認めないよ? 君は我がグリムリーパー事務所のエースだからね!」
「いや。勧誘されたって言ってもあんま意味ないだろ。だってイース国から移ったら即死亡みたいなこと言ってただろ?」
「え?」
「え? じゃなく」
「ん、いや。それって誰から聞いたの?」
「誰って、お前」
「……言ったっけ?」
「…………は?」
「ひっ。ちょ、ちょっと怖いなぁ。やめてよ、その人を殺しそうな眼」
「お前、自称神だろ? 人殺しなんて怖くないんじゃないか?」
「あ、そっか。じゃあ神殺しの眼。お、なんか格好いいね。神殺しの魔眼・切野蓮、てね!」
てね、じゃねぇし。そういうとこだよ。こいつの死神が胡散臭いの。
「あーうん。分かった。ちょっと読み返すから待ってて」
「読み返すってなにを?」
「えっとこっちの話。つまり最初の方だろうから……ここらへん? えっとー……あ、あったあった! うん、言ってた言ってた。だからダメだよ、引き抜きなんて!」
「1分前と主張が変わってるけど?」
「人は変わっていけるものだって、そう天パの人も言ってるし」
「お前、神なんだろ」
「う、うるさいよ! 君は本当に口だけは達者になったね! 土方歳三に高杉晋作、高師直に大村益次郎、風魔小太郎、望月千代女。武官でも呂布、項羽、白起、関羽を筆頭に、岳飛、林冲、長尾景春、ジャンヌ・ダルクに中沢琴、巴御前に小松姫、山県昌景、本庄繁長、果てには平清盛に周瑜に坂本龍馬!? あー、うらやましい!」
「そっちが本音だろ」
「はぁ、じゃあご褒美はなしかぁ。あーあ、まったく期待外れだよ。君がそんなにイース国が好きだなんて。せっかくこっちは夜なべをしてお祝いの空気を出したのに。なんでそうやって空気をぶち壊すかなー?」
「おい、誰もそんなこと言ってないぞ。てかなんで僕が悪いみたいなことになってる? なんだその上げて落とす詐欺師みたいな手口。やっぱお前最悪だな。つか待て。それで僕がゴサ国に行きますって言ったら?」
「うん。もちろん契約に従って死んでもらうよ?」
「詐欺師よりたち悪い!?」
「はっは、冗談だよ。いや、契約は冗談じゃないけど。うーん。ただそれは困ったなぁ。どうしようか」
「もう帰っていい?」
「まぁまぁ、そう焦らない焦らない。うーーーーーん。あ、そうだ。じゃあご褒美はこれにしよう」
「なんだって?」
「1回だけ、どこの国に移ってもいいでしょう券をあげよう」
「なんだ、そのどうでもいい券」
「ひどい、ボクが一生懸命考えたのに! えっと、一応説明しておくと、契約は契約だけど、それを1回だけ特例で許そうっていう感じの権利だよ」
「つまり、イース国以外のところに移ってもいいってことか?」
「そう。1度だけね。あ、有効期限は死ぬまでだから。って、死んだら意味ないじゃーん……あれ、これ笑うとこだよ?」
「自分、そうやって無理に笑いをもっていこうとする人嫌いだから」
「がーん……ま、いいもん。ボクは神だもん」
「はいはい。神様の自覚ができてよかったですね」
「むぅ、なんか反応悪い」
「反応悪いもなにも。どこに行くつもりもないし」
「え、そうなの? そんなにイース国居心地がいいってこと? 住みたい地域ナンバーワンってこと? 今度、天界の取材に答えてもらっていい?」
「断固断る」
まったく。そりゃ今にも滅亡しそうだし、太守は呑気で残念だし、その爺さんはセクハラだし、カタリアはいつもうるさいし、生徒会長もセクハラだし、今はなんか国から追い出されてるし。
それでも。
それでも、だ。
グーシィンの家族を筆頭に、どこかあの国の人たちは温かい。こんな身分を、性別を、命を偽っている自分がいてもいいんだと思わせてくれるくらいに。僕を受け入れてくれる。
ラス。今は遠くへ行ってしまったこの世界での最初の友達。
カタリア。うるさいけど、たぶんこいつがいなかったらここまでこれなかった。
そして姉さん、兄さん、父さん。僕の多分、最初のまともな家族。
それから学校で会った友人や、街であった知人。
そんな彼らを置いて他のところに移籍するのか。
会社をぽんと移籍するのとは勝手が違う。戦国乱世だ。いつかは彼らの命を脅かす――だけならまだいい。イース国に攻め込む必要がある日が必ず来る。そうでなければ、このイリス・グーシィンの命はないのだから。そういう呪い。
ならそういった思いをしないで済むよう、統一するか滅ぼされるまではこの国にいたい。そう思ってるなんて、口が裂けてもこの自称死神には言えっこないこと。
――なんだったけど。
「あ、なるほどね。ふーーーん。君も可愛いところあるじゃないか」
しまった、こいつそうだ。心を読めるんだ。うわ、恥ずかし。
よし、こうなったら強制ログアウトだ。こんなところでいつまでも時間を潰していられるか。おい、どこだ。どこでログアウトする。さっさと僕を現実世界に返してくれ!
「うふふ、帰さないよー? 心の声は聞こえるけど、ちゃんと君の生の声を聴きたいなー。はい、切野蓮の、ちょっといいとこみてみたい。はい、言って言って言て、言って言って言て!」
「そのコールやめろ!!」
穴があったら入りたい。いや、埋めたい。こいつを。それが僕のできる、たった1つの冴えないやり方だ。
 




