第84話 船を借りること
「ちょ、ちょっと待ってください会長!」
カタリアが狼狽してムサシ生徒会長にツッコミを入れたのは、会長の、
『ゴサ国の軍を諦めよう』
発言をしてから1分時間を空けてのことだ。
それほど衝撃的だったし、僕としてもまだ会長の真意がわからない。
「ゴサ国の軍は精強かどうかはともかく、水軍がそろってるのですよ? 数万の軍勢が陸路を行くより何倍も速く帝都につくことができる以上、ゴサ国の援助は必須。それをダメにしてしまえば、帝都への援軍などできずに陛下は……わたくしの未来は!」
「あー、いや、違うんだカタリアくん。私が言いたいのはそうじゃない。ゴサ国に兵を出してもらうことを諦めよう、と言ったつもりなんだ」
「どこが違いますの。ゴサ国の兵がいかなければ誰がゼドラ軍を叩くんですの!? ここは最初にてキーとなるポイント。残念ですがそこだけは譲れませんわ!」
「あ、そうか」
エキサイトしているカタリアの横でようやく理解した。そういうことか。
言いなおした内容と、そもそものこの問題の根幹を考えればなるほどと頷ける内容だ。
「な、なんですのイリス。いきなり」
「いや、会長が言わんとしていることが分かったんだよ。確かにそっちの方がいいかもしれない」
「ふっ、さすがイリスくんだ。君になら私の考えが分かると思った。肉体を越えて魂の中で繋がっている私たちなら、そう、絶頂の瞬間すら共有できるだろう!」
本当。なんで真面目になれるのが短いんだよ。カラータイマーでもついてるのか、この人は。
「むむむむむ、なんですの。そんな通じ合ったみたいな風に……」
カタリアが頬を膨らませて抗議してくる。ひとりだけのけ者にされたみたいで寂しいんだろう。基本、寂しがり屋だからな、こいつ。
「ああ、すまないねカタリアくん。別になぶっているわけではない。ただ、つながった瞬間の快感をいつまでも感じていたかったのさ。うん? イリスくん。そんな目で見ないでくれ。ああ、それじゃあイリスくんの方から正解を言ってもらおうか。ちょっとした答え合わせさ」
「え、僕から!?」
「う……イリスから」
カタリアが屈辱と言わんばかりに僕を睨みつける。
それをムサシ生徒会長はにやにやと見ている。意地悪いな。
「分かりましたよ。ムサシ生徒会長が言っているゴサ国から兵を出さないってことだけど――」
「だから一体なんなんですの!」
「これから言うから少し静かにしてくれ。てか会長に対しては大人しいのに、僕が喋る番になったらガンガンツッコんでくるのな、お前」
「ふん、それはあんたがいつまでもぐだぐだしてるからよ。ほら、いいからさっさと話しなさいよ」
「なに、カタリアくんがイリスくんに突っ込む? 何をかな? 何をどこにかな?」
「あ、会長。それ以上は本気で怒りますよ? それが嫌なら永劫黙っていてください」
「むぅ……イリスくんが冷たい」
そりゃこれだけセクハラ発言すればね。だからツッコミが足りないんだよ、ここに!
「さて、というわけでもうさっさと答えを言おう。ゴサ国は帝都に兵を出し渋っている。それを反意させるのは難しい。あっちにも色々事情があるだろうしね」
「それは分かってます。その先を言いなさいっての」
「はいはい。分かりましたよ」
「はいは1回」
「またその流れ……いや、いいや。ゴサ国は兵を出さない。なら答えは簡単だ。ゴサ国からは兵は借りない。代わりに船を借りる」
「船を?」
「さっきカタリアが言ってたことだろ。帝都に行くのに陸路より川を使った方が断然早いって。それは同感だ。だったら船だけ借りればいい。そうすれば帝都まですぐだ」
「空船でも走らせて何になるの? 兵がいなくちゃどうしようもないじゃない」
「でもその兵がゴサ国の兵士である必然性もない」
「……あ」
ようやくカタリアにも納得がいったようだ。
「そう。ゴサ国から数万が乗れるだけの軍船を借りてイェロ河を遡る。その途中でイース国の兵ないし、今も帝国と共に戦っているはずのツァン国から兵を乗せてもいいし、その北にあるキタカ国やエティン国から兵を募ってもいい。とにかく兵はどこかで手に入れる。ゴサ国には船団を出してほしいっていう形なら、ゴサ国が反対する理由がなくなるんじゃないかってこと」
「さ――」
「ん?」
「さっすが、生徒会長! そのような考え、無念ながらわたくしには出せませんでしたわ! ええ、さすがは我らが王立ソフォス学園が誇る最強の生徒会長の中の生徒会長!」
あ、僕じゃないのか。しょうがないか。確かにそこの発想は僕にはなかったから。
水軍といえば船と兵がセット。船だけ借りて兵は別途調達なんてことは残念ながら出てこない。
てか最強の生徒会長の中の生徒会長って何?
「ふふ。そう褒めないでくれたまえ。ただもしカタリアくんにそのつもりがあるなら、この教えはピロートーク――」
「はい、会長ストップ」
「分かった。寂しいんだな、イリスくんは。よし、なら君も入れて今夜は3人でのプレイにしようじゃあないか! いや、こうなったらユーンくんとサンくんとチヨメちゃんを入れて6人……ふぅ、ハードな夜になりそう」
「せっかく止めたのに!?」
もう嫌だ、この人。調子に乗るとすぐこれだ。
「あのー、ちょっとよろしいでしょうか」
「うわっ! って、ユーン! いきなりびっくりするじゃない!」
急に3人以外の声が聞こえたと思ったらユーンが、開いた扉の前に座っていた。
「申し訳ありません、カタリア様。ただノックしたのですが……」
ああ、ムサシ生徒会長が騒いでたから。
「で、どうしたの?」
「えと、お話。つい聞こえてしまったのですが。なんでもゴサ国の船を手に入れて帝都へ向かわれるとか」
おっと、これは剣呑。
こうも簡単に部屋の外に情報が洩れるなんて。今はユーンだったから良かったものの、これがゴサ国に漏れて次の対談での対策を練られたらマズい。機密保持にはもう少し気を使うべきだった。
「ええ。素晴らしい案でしょう? わたくしと会長の出した案なのよ?」
こいつ。しれっと自分の手柄にもしやがった。そういうとこだよ。
「はぁ。確かに素晴らしいとは思います。が」
「が?」
「そのお金はどうするのでしょう?」
「え?」
そのユーンの言葉にカタリアが止まった。
「だ、だって。それは皇帝陛下の勅に従うなら、別にお金は要らないでしょう。向こうが勝手に用意するはずですわ」
「そうなのですが、もしそれも断られたら? そのご様子だと、ゴサ国は帝国に対し距離を置きたがっているのではないでしょうか。ですから兵を出すことはしない、果てには船を出すことすらしたくないのでは? そうなった場合、どうしましょうか。いざとなればお金を出して借りるということにもなるでしょうけど、数万の兵を乗せる船団を雇うとなれば、生半可な金額ではなりません。数千万、果ては1億を超えるかもしれませんが、そんなお金は我々どころか国も出せるか」
「うっ……」
ユーンは鋭い。それに読みも的確だ。さすがはインジュイン・パパに見込まれてスパイをしていただけある。
確かに兵を出すのは断るというのは口実。船も武器弾薬も帝国には渡したくないというのが、清盛の本音かもしれない。
そうなれば僕らの目的としていることはまったく無意味。捕らぬ狸の皮算用ということになる。
そうなった時に力を持つのが、金、つまり現ナマ。
皇帝からの命令として船を出せ、という対外交渉から、一気に商談レベルにまで落とし込める。仮にゼドラ国が勝って、帝国に協力したゴサ国に文句を言ってきたとしても、兵を出せば完全に決裂してしまう。だが金のやり取りが発生すれば「船は金銭で貸しただけ。しかも商用で使うというから貸したが、ゼドラ国に軍を向けるためとは思ってもいなかった」という、一応の言い訳は成り立つ。
だから最悪の場合、現ナマを持っていることが強みとなるわけだけど、僕たちの貧乏旅はもちろん、イース国に1億なんて金は出てこないわけで……。ただ、1億か。どっかでそんな金の当てがあったような……。あ、そうか。
「と、当然ですわ。困った時は金で解決、それは我が家訓なのですから」
最低だな、インジュイン家。
「ね、生徒会長! もちろん断られたら金で解決するのですわよね!?」
「………………」
「会長?」
「あ、ああ。も、もちろんだとも。えぇと、それは確か……」
そう答える生徒会長。だが目は泳ぎまくってて、しどろもどろ。さては何も考えてないな。
「カタリアくん、ユーンくん。失敗した時のことを案じるより、どうすれば成功するかを考えた方が建設的じゃないかな?」
「か、会長。心に沁みましたわ……」
「いやいやいやいやいや、そこで収めちゃダメだって」
会議だけじゃない。何かをやろうとする時に、万が一失敗した時の防備策もなしに突っ込むのは愚の骨頂だ。思い通りになることなんて、人生でそうそうないんだから。
だから失敗した時に、どうその失敗を大失敗にしないかの対策こそ重要になってくるわけだけど。
「ちっ、騙されないのがいた」
「会長、聞こえてますよー」
「あら、わたしは何か言ったかしら?」
平然と嘘をつくな、この人。これが生徒会という政治の世界を渡り切った者の持つ強さなのか。
「イリス。あなた人様の案をけなすなら、代案がなければ族滅されても仕方のない無礼と、家訓ではありますわよ?」
口を挟んだら一族滅亡ってどんだけ重いんだよ、お前の家訓。昔なんかあったのか?
「1億のあてはある」
「え、どこに!? どこにそんなお金が!? 出しなさい! 今すぐ出して我が家で管理します!」
必死だな。そんなに今、財政厳しいのか。高くても買えばいいじゃないと言ってた人間が、結局やっぱり現ナマが最強だ。
「僕はもってない。イース国にもない」
「あなた、ふざけてますの?」
「ふざけるなんてとんでもない。僕はいたって真剣だよ。真剣すぎて頭が痛くなるくらい真剣だ。だから怒らないで聞いてくれ」
そう。僕が考えた窮余の一策。それは、
「ゴサ国に出させる。イース国との1年の攻守同盟その保証金で船を借りる」