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第52話 勝利への道標

「…………」


「話は分かった。どうかな、大将軍。今のイリスの話は」


 籠城戦が愚策ということを説明した後、苦虫を嚙み潰したような表情で黙り込んでしまったインジュインに変わって、お父さんが将軍に話を向けた。

 いわばこの道のプロだ。それがどう判断するか。テストの結果を返されるようでドキドキする。


 だが、


「……む、むぅ。そうだな。これは、そう……うむ、将軍、答えてやるといい」


 目が泳ぎ、脂汗を浮かべて言い淀む大将軍。そしてそのままあろうことか部下に丸投げするとは。

 もしや、この男……。


 丸投げされた将軍はというと、口元に手を当てた後に、


「……ええ、お嬢様の指摘は十分にあるかと」


 その言葉にホッとした。

 少なくとも――この大将軍とかいう無能疑惑が急浮上した男より、この武骨で冷静でいる人に認められた方が嬉しさが違う。


「うむ、その通りだな。わしの思った通りだ! ふははは!」


 そう高らかに笑うけど、もう喋らない方がいいんじゃないか、この男。


「ちっ、ならばどうするというのだ。籠城は無理ならば野戦しかあるまい! だが兵力差は倍以上! こんなもの、勝てるわけがないのは素人でも分かることだぞ!」


 それに反してインジュインが喚き散らすが、確かにその通り。


 ここから先、どうやって戦うのか。

 1万以上の敵に4千でどう勝つのか。

 まだ何も考えられていないから、会話の中で勝機をさぐっていくしかない。


「1回、整理してみましょう。敵はザウス、トンカイ連合軍。ザウス国内を通って北上し、このイース国の国都を目指してきます」


「それくらい分かっている。そんなことを話す時間などないのだぞ」


 大将軍が割って入ってくる。

 いや、時間稼ぎだって分かってるよ。だから当然の指摘だけど腹立つなぁ。


「だいしょーぐん?」


「……ふん」


 割って入るクラーレの言葉に大将軍が不機嫌そうに黙り込む。


 ナイス、カタリアのお姉さん。

 なんか怖そうな人だったけど、やっぱりいい人かも。


「続けます。我々の周囲、東のトント、北のノスル、西のウェルズとは同盟を結んでおり、彼らにはこの危機を伝達済み。援軍を出してくれるというところまで確約をもらったのですね?」


「ああ。その確約を取り付けはした」


 父さんがそう言って頷く。


「ですが、彼らが送るのを約束した兵は1千弱。というのも彼らは彼らで敵を抱えているからそれ以上兵を出せないという」


「ああ、そうだイリス。トントとノスルは東のゴサと、西のウェルズはさらに西のデュエンと国境を接していて、そこに対する防備で兵が割けない状態だ」


 ヨルス兄さんが補足してくれた。

 ちなみに地図を見る限り、東のトント、北のノスル、西のウェルズら同盟国でさえイース国の5倍ほどの国土を持っているのに、その彼らが敵対するゴサやデュエンはその倍以上の国土を持っているのだ。

 少しでも気を抜けばやられる、彼らの立場もかなり厳しい。


「でもさー? ここでザウスがうちらを滅ぼしたら、それで兵力差は逆転するんじゃないの? そうなった方が南に新しい敵ができて彼らにとってはヤバいんじゃない?」


 タヒラ姉さんが指摘するところは鋭い。

 鋭いが、それは数年後の話。彼らとしては未来より今、滅亡しないことが大事なのだろう。


 そう、そして彼らにどんな思惑があるとはいえ、手持ちのこの内容で生き残らなければならないのだ。ないものねだりしてもしょうがない。

 だからこそ、だ。

 ないもの、あり得ないものから、手持ちを増やすことが可能なんじゃないか?


「なら、そのゴサとデュエンを動かせないかな」


 僕が思いついたのはそれだ。

 この地理、この状況を動かせば、あるいは可能性がある。


「トント、ノスル、ウェルズに攻め込むのをやめてください、って? あははー、いいね、それ。土下座外交、まさにうちらじゃんかー」


「クラーレ! ふん、それは無理だぞ小娘。彼らにとってまったく益がない。それにゴサはほぼ国交がなく、デュエンは3年前のキズバールの戦いにおける誰かさんの働きのおかげで我々に良い感情を抱いていない」


「…………ふん」


 インジュインの言葉にタヒラ姉さんが鼻白む。

 ああしなければ自分たちが死んでいたとでも言いたいのだろう。それは真理だ。

 まさに現場と首脳の違いが見える。


 けど、そもそもインジュインの言うこと、その前のカタリアのお姉さん、クラーレの言った言葉から間違っているのだ。


「いや、違うんですよ。ゴサとデュエンに頼むのはそうじゃない。そもそも頼むというのも違うから、国交とか悪感情も問題ないんです」


「どういうことだ、イリス?」


「今、我々にとって厄介なものは何か。ザウス国の5千。違います。援軍トンカイ国の5千もの兵力です。だからそれを狙い撃ちしてもらいます」


「狙い撃ちって……ゴサやデュエンの兵がここまで来れるわけないだろ?」


 そう、わざわざ他国の国交もない国に危険を冒して遠征する国などない。

 けど別にイースにまで来てもらう必要はないのだ。


「いえ、狙うといったのはトンカイ国です。トンカイ国が5千もの兵力を出した。つまり、それだけ“本国の防御が落ちている”ということ。トンカイ国はデュエン国と国境を接しています。ゴサ国とは直接は接していない、けどこの川を超えればすぐにお互いの領土。だから頼むのではなく、伝えるのです。『トンカイ国の5千を我々が抑えているので、その間にトンカイ国に攻め込んで思うままに領土を切り取ってください』と」


「それは……」


 その場にいた誰もが息を呑む。


 そう、これこそが援軍5千を狙い撃ちする作戦。

 手薄になった本国を他国に攻めさせて、援軍を引き返させる。そうすれば敵はザウス国の5千になる。それなら4千で野戦で戦っても十分に勝機はある。

 あわよくばそのままザウス国に攻め入り、思う存分領土を分け合おうと援軍の3国に言えば彼らも奮い立つだろう。


「あははっ、さっすがあたしの見込んだ! 面白いこと、思いつくねー!」


 クラーレがのけぞって笑い、そして何度も拍手をする。


 よし、さすがいい人。彼女が賛成してくれれば、この場の流れは一気にこちらに傾く。


 ――なんて甘い期待をしたのが間違いだった。


「で? それが実を結ぶのは何か月後? ゴサとかデュエンがその噂を信じて、協議して、兵を集めて、出陣して、トンカイ国に攻め込むのはどれくらいかかるのかなー? んっとね、例えばだけど、1万の兵を集めたとして、それを移動させて攻め込むんだったら、まぁ最速で1カ月はかかるんじゃないかなぁ?」


「っ……!」


 口を大きく三日月にして、ぎらつかせた目をこちらに向けてくるクラーレ。

 怖い。誰だ、これをいい人って言ったのは。


 そう、まさに痛いところを突かれた。

 これがゲームだったら、その場で隙があったら兵を出して動かせるけど、この世界じゃ――いや、現実世界においては、兵農分離していないのであれば兵を集めてそれから出陣して、ととかく時間がかる。


 敵はあと数日で国都に迫る。

 ゴサとデュエンがこの噂を信じて、兵を集めて、出陣してトンカイ国になだれ込むのに1カ月かかるというのなら。その1カ月の間、僕らは生き延びなければいけない。

 果たして、それだけ持つのか。相手もそれを承知だから怒涛の攻めをしてくるに違いない。


「ふん、浅はかだったな! そんなことはこの大将軍であるわしも考えた! そもそも、その2国が兵を動かす確証はないのだろう。実現性はかなり低いことに国の命運を賭けられるものか!」


 お前絶対考えてないだろ! と怒鳴りたかったけど我慢。

 このオヤジ、マジ厄介なんだけど。


「しかし、やっておいて損はないことだとは思いますがね」


 そう援護してくれた父さんに、ホッと内心安堵する。


「ふん、ならそちらで人員も費用も持つがいい。軍部はそのことには関与せん」


 インジュインの反対意見は、もういっそすがすがしいまでの俗人ぶりだった。

 とはいえその俗人を説得しなければいけないのも確か。


 他国に任せて、というのが無理なら、やっぱり自分たちでどうにかするしかない。

 かといって平地でぶつかれば兵力的に負けているこちらが勝てる可能性は少ない。

 なら――


「敵の現在位置はどこです?」


「ザウスとの国境付近だろう。ここまではあと3から4日の距離だな」


 そう将軍が答えてくれた。実務に精通しているのはこちらの人か。

 そうだ今、国境だ。あの宿舎があった辺り。


 地図にある駒を動かす。

 そこから国都まで来るとなると……進路はやはり街道を通ってくるに違いない。それ以外に1万人もの移動が可能な道はない。


 それはまさにこの国ならではの地形のため。

 山や丘陵地、林が多く、開けた土地は国都周辺にしかない。そのために田畑が少なく、鉱山経営でなんとか国の運営を賄っているという貧しさ。

 それが逆に敵の進軍路を固定化させる天然の防壁になっているのだ。それがわずかな救いになればいいが。


 敵の進軍ルートが分かったのなら、そこに砦とか罠を仕掛けて……いや、無理だ。あと最短3日で来るのに、そんな相手に砦とか罠とか設置するのは時間がない。

 なら諦めるか。

 いや、せっかく相手の経路が分かったんだ。ならできることは他にある。


 山と丘陵地、林を使った戦術。

 そして寡兵が大国に勝つ方法。


「この国に、鉄砲はありますか?」


「鉄砲、だと?」


「おい、イリス。お前はあんなものを使おうというのか? まったく、あんな高価で使えない武器より、弓の方がよほど信頼できる。そんなオモチャに使えるほど我が国にお金はないよ」


 いやいや、父さん。オモチャどころか後の主力兵器ですけど。


「ゴサの方から流れてきたのが10丁くらいあったか、将軍?」


「はい、20丁あります。それを10人ほどに武装させて訓練させておりますが、まだ成果が出るとは……」


 20丁……。ま、いっか。ないよりは全然いい。

 極端な話、20丁を必中として、500発あれば1万の敵は全滅できるんだ。いや、全滅させる必要はない。というか部隊は3割を失うだけで全滅と判定されるんだから、それにならえば150発で事足りる。

 厳密には違うけど、一方的に3千もの人間が一方的にやられれば、人間心理として逃げ出したくもなるはず。

 そしてそれを行える地形にあるのだが……。


 ったく、これだから小国は。

 一歩間違えたら滅亡のふちに立つ状況。やってられないね。


 けど、その代わりに。

 圧倒的な充実感がある。脳が活性化し、アドレナリンがガンガン分泌されていく。

 現状あるものでどう戦い、どう勝つか。


 問題なのは、コンティニューのできない一発勝負の現実ということ。

 だからこそか、余計に脳が活性化され、体温が上がるのを感じる。

 僕の一挙手一投足。それで勝敗が決まるというのなら。


 籠城は無理。野戦も無理。他国を動かすのも無理。

 だとしたらあとはもう1つしかない。

 少数が多数を打ち破る、たった1つの方法


 奇襲。


 歴史上に、奇襲によって勝利した例は山ほどある。

 けど逆に、歴史に残らない、失敗して敗北した奇襲も山ほどあるはずだ。


 それほどにリスキーで博打的な方法。


 できるのか。


 いや、やるしかない。

 ここにいる他の誰もが籠城しかないと思い、匙を投げている。


 その中で僕だけが、軍師であることができるのであれば。


 やるしかない。

 兵数で劣っているこちらが勝つための絶対条件。


「勝利への道しるべができました。軍を動かしてください」


「ふん、動かせだと? この大将軍に意見するとは、相応の謝礼がなければならぬものを」


 この期に及んで謝礼とか。こいつ、本当に分かってるのか? その財産とかが、数日後には消え去るかもしれないのを。


「大将軍、気持ちはわかるがここは聞こうではないか。これから準備をするとして、明日の昼ごろか」


 インジュインが小ばかにした様子でこちらに聞いてくる。


 もう夕方だ。家に帰ってホッと一息という心理なのだろう。

 だが、それでは遅い。圧倒的に遅すぎる。この国の軍事を担う人間が、そんな呑気では困る。

 今は危急存亡のときだ。一分一秒を争うべきなのだ。


「今すぐ、です」


「い、今!?」


「はい、敵をこの位置で迎撃し、そのままザウス国になだれ込みます。それができれば、イース国はもっと強くなれる」


 そう、少しは攻め込まれてもすぐには簡単には滅びないだろう国に。


「貴様、一体何を言っているのだ? 野戦では勝てないのは分かり切っているだろう!? いや、大将軍であるわしならそれも可能であろうが、それでも難しいのだぞ!」


 そう、野戦をすれば負ける。

 だから正面切って戦わない。

 鉄砲で兵力を削りつつ、敵を焦らせていく。

 国の地形を利用したゲリラ戦。そして最後は――


「敵に、奇襲をかけます」


 駒を動かす。岩山の隙間と林を通って、敵のわき腹に食らいつく形。


 やるしかない。

 あの日本人なら誰でも知ってるだろう、有名な戦いを。


 ――桶狭間の戦いを。

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