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第71話 ゴサ国太守のこと

 いよいよイース国、いやこの世界の命運を賭けた対談が始まった。

 ここで太守を説得してアカシャ帝国の増援を取り付けないと、帝国はゼドラ国に滅ぼされる可能性がある。


 大陸の交通と貿易の要所となっていた旧帝国領は、その立地だけでなく世界の中心の首都という性格上、人も物も溢れかえっている。

 それらをゼドラ国が吸収して、あの白起を筆頭とする武力集団に率いられた軍勢が動けば、もうこの世界に敵はないだろう。あの関羽でさえ、さすがに呂布と項羽を同時に相手にするのは辛いだろう。


 だからこそ、ここでゼドラ国の野望を阻止しておきたいところなんだけど……。


「あー、えっとー。その、イース国から来たのだな?」


 太守が偉そうに、だがどこかおどおどとした様子で僕らに問いかける。


「はっ。日の落ちる国、イースより参りました」


 答えたのは正使であるカタリアだ。面倒なやり取りはカタリアに任せておこう。生徒会長はさすがに立場は弱いので、カタリアが求めるまでは彼女に任せることになっていた。


「そうか」


「はっ」


「……」


「……」


「…………」


「…………」


「……………………」


 え、なにこれ。なんで沈黙?


 とはいえこちらから話しかけるのは無礼となるだろう。向こうから「話せ」と言われない限りは、好き勝手には動けない。ここが外交の面倒なところ。


「こほん」


 と周瑜が咳払いする。

 何かの合図なのだろうが、果たして太守は雷に打たれたようにビクリと動き、


「あー、えっと……」


 そして迷った挙句に、


「お主らはイース国から来たのだな?」


 まさかの2回目。

 おい、大丈夫か、こいつ。めっちゃきょどって汗がだくだく出てるぞ。緊張するのは分かるけど、お前、この国で一番偉いんだろ? それでいいのか?


 それはカタリアも思ったのだろう。ただそれを指摘するわけにはいかないのは彼女も分かっている。


「はい、そうです太守様。我々は貴国にお願いがあって、はるばると海路を辿りここにまかりこしたのです」


 おお、やるカタリア。相手がテンパってるところに、ナイスアシストだ。これなら「そのお願いとは何か?」みたいな感じで自然に切り出せる。


 だが――


「そ、そうか……」


「……」


「……」


「…………」


「…………」


「……………………」


 だからなんでだんまりだよ!!


 危ない。思わず怒鳴るところだった。他国のお偉いさんにそれはさすがにマズい。

 けどこれはどうしたものか。話がまったく先に進まないんじゃ、ここに来た意味がまったくなくなってしまう。


 なんとか話の糸口をつかみたいけど、こんな会話を拒否している相手にどうしろと?


「太守様に代わりお聞きします。そのお願いとは何か、太守様は気になされている。どうぞ、ご披露ください」


 そんな中、周瑜が気を使って、欲しい質問をしてくれた。


「はい。それでは――」


 と言って、カタリアはとうとうと述べ始める。ゼドラ国の帝都侵攻から今、皇帝が追い詰められているところまで。

 小太郎が調べてきた情報は、カタリアたちにもちろん共有している。だから僕が言わなくても、カタリアに任せておけばいい。


 そして話が皇帝により親書を預かったという段階になって、カタリアは僕を一瞥して、


「イリス、礼のものを」


「はい」


 まるで召使いの扱いだったけど、今は公の場。

 ここで下手に抗弁して言い争いになれば、それは僕らだけでなくイース国自体が下に見られることになる。それだけは避けたかったから、大人しく皇帝より受けた親書を出そうと。僕が懐に手を入れた瞬間だった。


「な、何をする気だ!?」


 急に甲高い叫びが広間に響く。

 それは誰であろう太守その人で、驚愕した目線を僕にぶつけてくる。


「太守?」


 周瑜がいぶかし気にそちらを見る。その間に僕は親書を出そうと、懐に入れた手を動かす。そこでまた悲鳴が起きた。


「や、やはりか! わ、分かっておるのだぞ! わ、わしを殺すのだな!? 銃、とかいう新兵器で!!」


「へ?」


 あまりに意外なことを言われて、動きが固まってしまった。


「お、お主らは! アレだろう! イース国の、暗殺者だろう!! そ、そのような……ふ、不埒な格好で、わ、わしを……ゆ、誘惑して、それで、殺す気なのだろう!」


 ……えっと、なんだこれ。豪奢な椅子の上で駄々っ子のように手足をばたつかせる30代のおっさん。しかもその内容が被害妄想もはなはだしくて見苦しい。


「わ、わしは、た、ただではし、死なん、ぞ……うぅ、やっぱり死にたくない! 頼む、殺さないでぇ!」


「あの、太守さま。落ち付いて――」


「ひっ、近づくな! わ、わしをこ、殺すのだな!?」


 カタリアが立ち上がろうとするも、太守はこれまで以上に俊敏な動きで転がると、椅子の背もたれに隠れるようにして眼だけこちらに出して叫ぶ。


「あのー、ですから」


「く、来るな! わ、わしは……わしは……!」


 とうわごとのように繰り返し始めた太守。


「いかん! ひきつけを起こしている! 侍医を呼べ! 早く奥へとお連れするのだ!」


 右側にいた宰相らしき男が叫ぶと、急に周囲が慌ただしくなる。椅子の背後でひきつけを起こしたらしい太守は、けいれんしたまま運ばれていってしまった。

 それを僕らは唖然として見ているだけだ。カタリアと目が合ったけど、さすがにこのことに対する感想はない。


「失礼いたした」


 騒ぎはまだ収まってはいない中、宰相らしき人がこちらへ歩いて来てそう言った。


「ご病気、なのですか」


 カタリアが代表して答える。


「ああ。心のだろう。このようなことは最近までなかったのだが……」


「お見舞い申し上げます」


「いや、こちらこそ礼を失した。なんでも帝都で起きたことは我々も聞き及んでいる。是非に続きを、何より皇帝陛下より預けられた書というものを拝見したい」


「しかし、それは――」


 そう。この新書は太守が見てしかるものだ。この世界では太守は政治と軍事両方の権限を持っている。それを補佐官である宰相に見せたところで、それは越権行為以外の何物でもない。


「ゼドラ国の動向。それから皇帝陛下が置かれている状況を考えれば、そう悠長にしている時間はないのでは? 治る見通しのない太守様に代わって、ゴサ国のすべてを差配するこのヘーセイセーこそがその書の読み手となる」


 おお、この男。なかなかぶっちゃける。

 いわば太守はお飾りなんで、本当の支配者の自分が話を聞きますよ、と言ったようなものだ。謀反を疑われても仕方ないが、まだ人が残っている中でそんなことを言ってのけるのだから、あるいはほぼ彼の言ったとおりすでに太守はお飾りですべてがこの男に集約しているのかもしれない。

 まだ若そうなのに大したものだ。


 カタリアが僕を見てくる。権威主義の彼女としては太守にこそ見せるべきと考えているのだろう。ただ今見た通り、太守があてにならないというのは彼女も感じて迷っているに違いない。


 だからその迷いを後押しするように、僕はカタリアに頷いた。それを見たカタリアは少し憂いを残しながらもキッとヘーセイセーに向き直り、


「それではそのようにお願いします」


 それで話は決まった。


「周瑜殿。彼女たちを控えの間に。貴殿のお茶を出して待たせてもらえないか」


「承知しました。それでは皆さん、こちらへ」


 周瑜に促され、僕たちは広間を出た。

 正直拍子抜けもいいところの謁見だったけど、これはまだ前座。ここからが本当の真剣勝負の場になる。周瑜とこのヘーセイセーという男と文言をかわして戦う、その時が近づいている。

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