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第70話 会談開始のこと

 翌日、僕らは日の出の時間に起きると、さっそく準備を始めた。

 といってもドレスみたいな時間のかかる服装じゃなくいつも通り制服だから時間が特別にかかったわけじゃないんだけど、1点問題があった。


「イリス、その服。どうにかなりませんの?」


 カタリアが僕の服を示してそう言った。


「え、なにか変か?」


「変って、あなたそれ。港からずっとそれでしょう」


 あー、なるほど。僕はあまり気にならなかったけど、船の上の日差しが照り付けている潮風の中をこの服装のままで、海賊との乱闘で火薬や血の匂いが移っている。そんな服装で他国の太守様おえらいさんに会うなんて、無礼だと言われても仕方ないところもある。


「仕方ありませんわ。ユーン、わたくしの予備を」


「あ、はい!」


「いいのか?」


「いいも何もありませんわ。あなたの恥はわたくしの恥。副使の不始末は正使の不始末ですわ」


「分かった。ありがとう」


「ふん。お礼を言うなら、終わってからいいなさい。それでわたくしのお父様にちゃんと報告するんですわよ」


 強がって。


 というわけで上着を脱いでカタリアのに着替える。今ここは女子ばかりだ。隠すようなことじゃない。

 なんだか他人の服を着るというのはどこか背徳感のあるように思えたけど、ま、洗濯済みだろうし問題ない。問題……。


「あれ、ちょっと胸がきつい……か」


「っ!!」


 場の空気が凍った。


 ん? いや、凍るようなこと言ったか? だって他人のだからサイズが合わなくったってそりゃ……胸のサイズなんて人によって……あ!!


 なんてこった。気づかなかった。

 つまりなるほど、ランキング更新ってわけだな!


 ラス>>>ユーン>=千代女>小松>=琴さん>サン>僕>カタリア>ムサシ。


 よし、これで僕とカタリアの格付けは済んだ! 完璧だ!


「えっと…………ごめんな?」


「うわぁぁぁん! 馬鹿に、馬鹿にされましたわぁぁぁぁぁ!」


 カタリアはユーンに抱き着きそうになって、その直前で急旋回してムサシ生徒会長に抱き着いて泣きわめく。うーん、そこでもヒエラルキーにこだわるか。


「ふふ、わたしの胸の中で泣くがいい、カタリアくん。安心したまえ、胸は揉むと大きくなるらしいよ? そうだ、今夜教えてあげよう」


「ほんとですの? じゃ、じゃあえっと……よろしくお願いしますわ?」


「こらこらこらこら!」


「ちっ、もう少しだったのに」


「会長? そろそろそのセクハラ訴えてもいいと思うんだけど?」


「君たちと無事、ベッドにゴールインするための障害は大きいほどいいのさ」


「だからそういうの!!」


 これから一国の太守との謁見があって、しかもそれはもしかしたら僕たちの命運を決する会見になるっていうのに。

 ま、変に緊張してガチガチになるよりはいいけどさ。まさかそのためにわざとやってるとかないよね?


 そんなコントを繰り広げていると、宿のインターフォンが鳴った。馬車の音もしたから迎えが来たらしい。


「じゃあ、ユーンとサン。あとは頼みましたわ」


「はい、いってらっしゃいませカタリア様、生徒会長、イリス」


「いったっせー」


 ユーンは荷物を守るためにお留守番。サンと千代女は万が一のための脱出路確保のために連れていかない。そもそもそんな大人数で押しかけても迷惑になるだろう。

 というわけで馬車に乗り込むのは正使としてカタリア、副使として僕。そして僕らの補佐兼総括としての生徒会長の3人だ。


 馬車は3人乗りで、今までのワゴンタイプじゃなく、日よけ用の屋根はあるものの前と左右が開けたタイプで、きっとこの国の日差しを遮りつつ、風通しを良くして涼んでもらおうという狙いがあるのだろうと推測。

 実際に走り出すと風を切る心地よさが全身を満たして、そこまで汗はかかなかった。


 しばらく街を走っていく。

 お昼前だというのに、街は活気づいている。というかそこかしこに露店ができていて、そこでの商売が常に行われている感じだ。日用品を求める住民だけでなく、荷物を背負った行商人が珍品を発掘したり売りつけるためにそこかしこで値段交渉をしているのが分かる。

 しかも驚いたのが、ヴェネツィアのように街の中にも川が流れていて、そこを商船らしき船が優雅に通り過ぎていく。


 まさに海と商売の国。

 土方さんがゴサ国を引き込めと言った理由の1つとして、金と武器食料を供出させるという目的があったけど、これは確かに期待できる。それほどにこの国は商売で活気にあふれていた。


 そんな街中を30分ほど進む。何度か水路を渡り、最後に大きな橋を5分ほど渡ってさらに奥へと進むと、馬車はようやく停止した。

 大きな門の傍に衛兵が立っているのはうちと同じだが、その向こうに広がる光景はまったく違う。門の中にまず水堀のような水路が左右に広がり、その奥も何本かの橋を越えて政庁らしき建物が見える。


「皆さま、お待ちしておりました」


 衛兵に手を借りて馬車を降りると、門が開いて1人のタキシードを着た老人が出迎えた。

 慇懃無礼なほどに斜め45度ピタリのお辞儀をした老人は、僕らの先導として歩き出す。その後ろにカタリア、生徒会長、僕の順で続く。

 本来なら副使である僕が2番目に行くべきだったけど、セケーキでの暗殺未遂の件を考えると、一番後ろで僕が警戒していた方が色々と対処がしやすいからだ。


 門をくぐる。

 すると政庁の全貌が見えた。いや、そこでようやくどういう場所に政庁があるのかはっきり分かったというべきか。


 どうやらここの政庁は水の真ん中にあるらしい。

 周囲は水で囲まれ、今僕らがいる門から伸びる一本の道のみが外とつながる通路となっている。


 さらに俯瞰してみると、その周囲もやはり小川が張り巡らされ、最後に渡った橋など、橋以外では船がないと絶対渡れないような幅を持っていた。

 ここから推測されるこのゴサ国の国都の様子は、円形の輪が幾重にも重なってできた都市になっているようだ。その輪と輪の間はもちろん川が遮り、その中央の小島に政庁がある形になる。


 これは水運をもとにするゴサ国として、理にかなった構造だと思うけど、その真意はまた別のところにありそうだ。

 この川。それはそのまま水堀となっている。特に船がないと対岸に渡れないとなると、間違いなく陸路から来る敵はそこで立ち往生する。仮に水路から敵が来たとしても、何重もの川で守られている都市は大型船など入れずに入れる船の数も絞られる。


 つまり陸戦か海戦。そこで敗れたとしても、この国都に籠城してしまえば、政庁を攻めるのに多大な労力が必要になるということ。逆に包囲させて、自らは地の利を選んで各個撃破しつつ補給を経って撃退することだってできる。


 商業と同時に戦を考えた、まさに乱世の都と言っても過言ではない構造だった。

 おそらく周瑜が一枚噛んでいるに違いない。今後、ここと敵対した時には根本的に軍略を考え直さないといけなさそうだ。


 案内人の老人は歩くスピードを変えることなく、そのまま政庁の建物の前まで来ると、ドアを開けて僕らに入室を促した。

 政庁の中はさすがにそこまで変化はない。けど、そこかしこに高そうな絵画や壺といった調度品がちりばめられている。おそらく交易で集めたものだろう。

 それを見るだけで、うちより断然裕福なんだということが分かる。


 そんな通路を抜けて通されたのは1つの大きな部屋。扉は閉められておらず、誰もが通れるようになっている。この暑い国ならではの風通しということなのか、あるいは誰が来ても受けて立つという、あの周瑜が込めた思いなのか。


 ともあれ、そこは間違いなく太守のいる謁見の間だ。

 左右には文官武官が並び、その奥。20メートルほど奥のところには1段上がったところに3人の男がいた。


 椅子に座った者の左に昨日会った周瑜と、その反対側にもう1人。どことなく目を引く若い男がいる。

 その2人に挟まれて、一番豪華そうな椅子に座るのは、おそらくこの国の太守。年齢は30代後半から40代の中年で、なんとなく覇気がないように見える。というか両側の2人に対して見れば、大人と子供のように見えるほど存在感が違う。

 おそらくこの太守の男はお飾り。周瑜がゴサ国総司令官ということは、おそらく反対のもう1人は宰相ということか。


「イース国の使者よ、大義である」


 太守が弱々しいながらも、威厳を保つために存在に言葉を放つ。


 対する僕たちは、太守の顔を見ないよう跪いて頭を下げた。ここはムカついて顔を上げるなんてことはしない。これでも一応、格上の相手。お願いをしにきたのに、いきなり喧嘩腰では叶うものも叶わない。


 ここにゴサ国との会談が始まった。

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