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第51話 軍議・裏

 結局、その日はお開きになった。

 タヒラ姉さんの言葉に、議会は紛糾。


「こ、こんな小娘に全権を渡せだと!? この大将軍であるわしを差し置いて何を言うか!」


 とは、インジュインの横に座っていた気味の悪いおじさんのものだ。

 この人、大将軍だったのか。なんだか小物っぽいけど……大丈夫、だよな?


 というわけで議会は収まる様子もなく、翌日の開催となった。


 とはいえ、こんなことでもたついている場合じゃない。

 ザウスの国都からイースの国都まで、馬車の旅でおよそ3~4日。1万の軍が動いていることを加味しても、1週間も立たずにここまでやってくるはずだ。

 いや、この世界に電話とかがない以上、ザウス国の進軍を知ってからここに報告が来るまでの時間を差し引けば5日もない。


 それなのに、ここで貴重な時間を浪費するなんてことは言語道断、自ら絞首刑の階段を一段登ったことに彼らは気づいているのだろうか。


 ただ、この国はそういう方針を取っているというのだから仕方ない。

 最終決定権を持つ太守が、議会で承認を得たものしか受けないからだ。

 別に民主制を重んじているとかではないことは、父さんやヨルス兄さんの態度を見ればわかる。

 要は優柔不断で自分では決めないから、「そっちで結論を持ってきて。あとは承認するから」ということだ。


 これにはさすがの僕も呆れた。

 その太守に対しというよりも、そんな面倒な手続きを律儀に守り続けている父さんたちに、だ。

 今は国の緊急時。国というよりも個々人の命の瀬戸際なのに、そんな悠長なことを言ってどうすると言ってやりたい。


 とはいえここでは僕は発言権もないただの若造。

 いくらタヒラ姉さんと、カタリアのお姉さんに推薦されたとはいえ、それで国が動くほどうぬぼれてはいない。


 だからせめて明日。

 敵が1日分侵攻してきたことを加味しても撃退できる策を考えようと、夕陽で染まる家路につこうとした時だ。


「イリリ、ちょっと来て」


 タヒラ姉さんに呼ばれた。

 一緒に帰ろうかと言われるのかと思ったけど、タヒラ姉さんは黙って通路を奥へと進んでいく。

 来れば分かる、という態度に、僕は観念して黙って後を追う。


 そしてある扉の前にたどり着く。

 そこは知っている。僕が先日、この国にやってきたとき、政庁に初めて来た時に入った部屋だ。


「失礼します」


 ノックしてからタヒラ姉さんがドアを開く。

 その中は見覚えのある部屋が広がっている。


「来たな」


 この部屋の主である父さんが、立ったままこちらに視線を向けてきた。

 その横にはヨルス兄さん。そしてその反対には――まさかのインジュインがむっつりとした表情で立っており、さらにその横には例の大将軍というおじさんと、もう1人ごつい体を鎧で包み込んでいる大男が。さらに先ほどのクラーレと呼ばれたカタリアのお姉さんもいる。

 彼らの中央には、大きな机が置かれて、その上には先ほどの地図と駒が載っている。


 なんだ、このメンツ。


 政敵なはずなのになんでインジュインがいるのか、そして大男。ある程度は察しがつくが、初対面すぎて分からない。


「インジュイン」


「分かっている」


 お父さんが促し、それを不快そうにインジュインが頷いて応えた。


「グーシィンの娘よ」


「イリスですよ、パパ」


「分かっておる。イリス。お主が考える、迎撃の策を聞かせよ」


「え?」


 迎撃の策?

 僕が考えるって……なんだって?


「あるのだろう? あれほど自信満々に言い切ったのだ。何もないでは済まさんぞ」


 インジュインの横、大将軍と名乗ったおじさんが忌々し気に吐き捨てる。


 いや、言い切ったのはタヒラ姉さんです。

 そう思って彼女を見るが、素知らぬ顔で明後日の方向を向いている。ちくしょう。


「どうした、それともないのか? キズバールの英雄は虚言で議会を混乱に陥れたということか。父も父なら娘も娘だな」


 大将軍のいかにも小ばかにした口調に、心底イラっときた。

 これでも、こう見えても僕を受け入れてくれた家族だ。

 それをこう悪しざまに言われて、無能の烙印を押されようとして、黙っていられるほど大人じゃない。


「5分、いや、2分ください」


「なに?」


 反応を待つ前に、僕は中央にあった地図に近づくと、それを眺め見る。


 イース国都。そこから南にずっと伸びると森にぶちあたり、そこに僕が泊まった国境警備隊の宿舎がある。そのすぐ南には国境。そしてそのあたりに、いくつかの駒が乗っている。

 おそらくこれが敵の現在地ということだろう。

 もう国境まで来ている。

 だとするとここに来るまではあと3,4日ということか。想定より1日早い。


 なら、どうする。


「なんだ。まさか今から考えるのか!?」


「パパぁ、しっ、ですよぉ」


「ば、馬鹿にしている! インジュイン殿! この娘は、我々を馬鹿に――」


「だいしょーぐん? しっですよぉ? それともぉ、っがいいですかぁ?」


「う、うぅ、む」


 何やら外野がごちゃごちゃうるさいけど、僕の思考には関係ない。


 敵は1万。こちらは2千と同盟軍2千の4千。

 2倍以上の戦力差だ。

 正面からぶつかれば、何をしようがほぼ勝つことは不可能。


 なら、正面からぶつからない方法をすればいい。


 となると――


「まぁ籠城しかあるまい。幸い、我らには援軍がいる。2倍の兵力差、決して無理な戦いではないと思うが?」


「ふん、そうなるであろうが。もちろんその場合、大将軍が率いるまでもない。勝算はあるのであろうな、将軍?」


「……はい」


 大将軍に同意を求められたのは、彼の隣に立っていた大男だ。

 角刈りのように短く切りそろえた髪と、適度に残して整えているあごひげ。30代半ばくらいの、そのいかめしい面構えは、無骨な武人そのもの。

 大将軍と将軍、か。そんな分かれる必要があるほどこの国に軍っているのかな?


 っと、今はその情報はどうでもいい。


 重要なのは、そう、籠城だ。

 確かに籠城は現実的な戦法。正面からぶつからない方法で一番効果的な戦法だ。


 一般に、援軍なき籠城は勝機がないと言われている。

 戦国時代における浅井あざい家や本願寺の末路を考えれば、それは正しい。


 だが、今回は少ないとはいえ2千の援軍がいる。

 1万の敵に対し、2千で城にこもり、2千で背後から脅かす。

 考えただけでも勝てそうな気がする。


 というかゲームなら勝てる。

 敵を城際まで引き付けて敵が攻城戦に移ったところで背後から伏兵をどーんとぶちかます。城からの援護射撃と挟撃による士気低下により、十中八九勝てる。2倍の兵だろうと勝てる。

 しかも相手はかつては敵国同士の烏合の衆。どちらかが崩れれば、もう片方も勝機なしとみて退くに違いない。


 だからここで進めるべきは籠城。


「ちなみに、この城の防御はどれくらいです?」


「む、それは……」


「高いとは言い難い。北は鉱山があるためそちらへの大軍の展開は難しい。だから3方向を気を付ければ良いが、あいにくと平地が広がっているからな。だから5千くらいで囲まれるだけで辛い」


 大将軍が言い淀んだところに、将軍と呼ばれた大男が無表情ながらも答えてくれた。見かけによらずいい人なのかも。


 なるほど。確かに見晴らしのいい平原なのは先日、学校の屋上から見たときも思った。

 だがそれは敵の進軍が容易だということ、そして外に出れば野戦で地形を活かせないから兵力差がものを言うことになる。また、凹凸がないから攻城兵器も簡単に城門まで持ってこれる。

 こちらの矢を防ぐ場所が少ないという見方もできるが、それでこの兵力差が覆るとは思わない。


 やはり籠城だ。それしかない。

 そう声を出そうとするのだが――


 違う。


 頭の中で誰かが言う。

 この方法ではダメだと。籠城では勝てないと。


 それは僕の言葉のようで僕の言葉ではない。あるいは『軍師』のスキルがそう言わせたのかもしれない。


 だがなぜダメなのか。

 地図。そして駒を配置する。城に2千。そして敵が1万。それが3方の城門に配置される。

 そして友軍が3つ。約1千弱ずつ。


 やはり悪くない。というか真正面からぶつかるより勝てる可能性は高い。

 何がダメだ? 敵が城じゃなく友軍を各個撃破するからか? いや、その時は全力で逃げればいい。1万対1千。まともに戦えば勝ち目はないけど、機動力でいえば1千の方が動きがいいに決まっている。だから逃げる。逃げて相手を振り回せば、相手の兵糧も減るし、疲れも出てくるから士気も下がる。そうなればこちらが有利になるのは間違いない。


 なら他に?

 形としてはさっきの小谷城じゃないけど、その前の朝倉軍が展開した状況と似たようなもの。

 あるいは三国志における曹操そうそう劉備りゅうびによる呂布りょふ下邳かひ攻めだ。


 なのにそれが負ける……。


「あっ!」


「何か分かったのか?」


 お父さんがせき込むように聞いてくるけど、僕はもう別のことを考えていた。


 そうだ、敗けたんだ。

 浅井朝倉も、呂布も。外に味方がいたのに負けた。

 朝倉は大嶽おおづく砦を落とされて撤退、呂布も外に部隊を展開した上で袁術などの友好国に救援要請したものの荀攸じゅんゆうらの水攻めで敗けたのだった。


 何より、相手の気持ちになるとこの状況でイース国が生き延びるのはほぼ不可能に近い。

 相手の気持ち、つまりザウス・トンカイ連合軍――ではなく、トント、ノスル、ウェルズら援軍の3国だ。


 たとえばゲームにおいて、その3国のどれかの君主になったとしよう。

 同盟国であるイースから援軍を請われたので援軍を出した。こちらも他に敵を抱えているので出せるのは1千が限度。

 けど4国合わせても敵には全然敵わない。

 そうなった時、その君主はどう思うか。


 何がなんでもイース国を救おう、だなんて殊勝なことは思わないだろう。

 だって勝ったところで少しの謝礼と名誉が上がるくらいで、一寸の領土も手に入らないのだから。

 僕だってその場合、普通に見殺しにする。

 見殺しにしたうえで、イース国が亡ぶのを見届けて、さらに援軍のトンカイ国の軍が撤退したのを見計らって、旧イース国に侵攻する。他の2国を誘って3方向から殺到すれば、5千にも満たない傷ついた兵で旧イース国を守るのは不可能だ。

 だからザウス国は旧イース国を放棄せざるをえず、旧イース国の領土はこの3国で分割することになる。


 そう、なんとイース国を見捨てた方が領土が広がるのだ。

 その後に再びザウス国がトンカイ国の援軍を得て復讐しにくるかもしれないが、それには1年以上かかるはず。それまでに旧イース領を統治しあげれば、兵力も財力も増えて、3国でならば対抗できるようになるだろう。

 ましてや今回は自らの土地を守る戦いになるのだから、士気の上がり方も違う。


 そもそも、1千しかいない状態で1万の敵と戦うなんて愚の骨頂。

 これが野戦だったら死に物狂いで戦うだろう。なぜなら逃げ場はないのだから。

 だけど籠城戦の救援軍という立場だと、1千という兵力じゃあどうにもならない。

 攻城の邪魔をしようにも、上手く3国の連携をとっても2千にしかならないのだから、相手は兵を半分に分けるだけでいい。

 要は3千で2倍も3倍もある敵を相手しなければならないのだ。援軍で来ただけなのに、これでは割に合わない。しかもそれは連携の呼吸を合わせた場合のみで、それがうまくいかなければ1千で5倍の相手をしないといけない。

 そして急造の連合軍なら連携は無理だ。敵も急造の連合軍だが、それ以上にこちらも急造の連合軍なのだ。


 だから籠城戦をしたら、3国はほぼ戦おうとしないだろう。


 そのうえで敵国ザウス・トンカイ連合軍の立場に立ってみよう。

 敵は籠城。外に2千ばかりの援軍がいるが、その士気は低い。

 城にこもるのはおよそ2千のイース兵。

 対する味方は5千のザウス兵と5千のトンカイ兵なら、やることは単純。


 外にいる2千を援軍のトンカイ兵5千で抑えてもらって、残りザウス兵5千でイースを落とす。

 攻城には籠城の3倍の兵が必要というが、2千弱に対して5千であれば決して無理ではない数だ。先ほど将軍も5千でも攻められれば辛いと言っていた。


 だから敗ける。

 籠城は滅亡の道。

 それが分かった。


「……時間だ」


 インジュインが静かに言う。

 結局、籠城が無理ということまでしか考えが回らなかった。

 けどここでまだ考えられないとでも言えば、話の流れは籠城しかなくなってしまう。

 そうなれば滅ぶ。滅べば、僕が死ぬ。


 それは、勘弁だ。


 だからここからはもう完全にアドリブ。

 籠城を否決したうえで、ではどうすれば勝てるかは即興で考える必要がある。綱渡りの外交戦だ。


 くそ、なんでこんなギリギリ。しかも口下手の僕が説得だなんて。でもやるしかない。

 ふぅ……落ち着け。ここから先は落ち着きを欠いたら負ける。口下手とか言ってられない。


「籠城戦は愚策です」


 その言葉に、部屋にいる誰もがざわついた。

 大将軍など顔を真っ赤にして、今にも爆発しそうだ。

 だから先に口を開く。勝つために。生き残るために。


「それをこれから説明します」

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