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第61話 暗闇の闘争のこと

 爆発音。

 それから振動が起きて、一気に視界を闇へといざなう。


 風呂場にあった灯りが消えたのだ。


 女性の悲鳴。それから怒声が浴場にこだまする。


 何が起きた、と思ったのは一瞬。敵の仕業だ。

 あの狙撃手か、その仲間か。

 僕が何も持たず、まさに裸一貫でいる時に建物を爆破して仕留める。夜に仕掛けてこなかいから敵は今は諦めた、と安直に考えてしまった僕の油断を突いた、まさに妙手。いや、感心している場合じゃない。


「天井が落ちるぞー!!」


 マズい。そこまでか。

 さすがに僕や千代女がスキルがあるといっても、それは対人に効果を発揮するもの。天井が落ちてきたら、それこそどうしようも――


「全員、逃げろ!!」


 女性の掛け声。


 同時、地面が脈動して一気に盛り上がる。隆起した地面が天井目掛けて一直線に伸びていく。それは周囲に数か所起きているようで、そんな超自然的な現象が起きるのは――


「これで、少しは……持つ、か」


「小松!?」


「ああ、イリス……ちょっと、異能を使いすぎた……」


 小松のスキルは地面を操作するもの。それで地面を隆起させ、それを天井まで伸ばしてつっかえ棒にしたということか。その機転はさすがだし、これで崩落までの時間は稼げた。


「カタリア、会長、お客の避難を!」


「分かってますわ! さぁ、皆さん! 慌てず恐れずにわたくしについていらっしゃい! このわたくしについてくれば安全ですわよ!」


 これでよし。こういう時は、あいつの考えなしの偉そうな態度が役に立つ。

 その間にタオルを体に巻き付けて周囲の警戒に当たる。


「千代女」


「すでに調べてる。薄暗いけど、闇はわたしの友達。こんなの目隠しにもならない」


 頼もしい。

 けどまだ敵の発見報告がないのは、相手を見失っている? あるいは、そもそもここにはいないのか。まさか時限式の爆弾でも作ったとか? 狙撃手の仕事にしては手広い。やはり複数人いるのか、この名前も目的も分からない謎の敵は。


 けど逆に好機だ。

 室内ということは逃げ場がない。唯一の出入り口は、今や避難民でごったがえしている。あるいはすでにその避難民に混じって外に出た可能性もあるけど、軍神はまだ危機感を僕に伝え続けている。それが逆説的に敵がまだここにいることを示している。


 だからこの逃げ場のないのはお互い様な状況。

 それを利用して、何が何でもここで敵を撃退し、その正体を暴くつもりだ。


「ふぅぅぅぅ」


 深く息を吐く。


 それによって認識の範囲を広げる。僕の肌数センチから、徐々に。十数センチ、1メートル。10メートル。

 もちろんそれはイメージだ。そんな超能力みたいな力が僕にあったら、ここまで苦労はしていない。けどなんとなく、人の気配を感じる領域は広まっていく気がしている。人の気配、いや、殺気。

 その場に留まるのではなく、ここから逃げ出そうというのではなく。僕に向かって、あるいは僕を警戒を抱く存在。


 ――いた。


 僕の背後、から5メートルほど左斜め後ろの岩壁あたり。

 僕、千代女、小松。それを除いてまだこの危険区域にとどまっている人物。


 相手もこちらを注視しているに違いない。少しでも変な動きをすれば、居場所がバレているのが伝わるかもしれない。

 5メートルほどの距離なら一足飛びに飛べるだろうけど、ここは濡れた石畳の足場。その状態で常時と同じように跳躍ができるかと思うと自信がない。


「千代女、僕の後方、左斜め後ろ5メートルだ」


「ん……」


「そこまで僕を運べるか?」


「分かった」


 暗がりの中、千代女が自分の両手を握るようにして前に突き出してくる。それで意味は伝わった。さすが千代女。

 僕は小さくうなずくと、彼女の手の上に右足を乗せて、


「今!」


 同時、千代女が両手を高く上にあげる。それを蹴って僕は跳ぶ。敵の元へ。


「なに!?」


 敵からすれば、こんな足場の悪い場所で一足飛びに向かって来るとは思っていなかったのだろう。

 驚きの声――男だ。なんで女湯に男がいる、のは一旦無視して、男に向かって僕は跳び、


「この変態!」


 蹴った。手ごたえはあった。けど決定打じゃない。それは相手が隠したナイフで斬りつけてきたことから明らかだ。斬られた。いや、皮膚は切られてない。体に巻き付けたタオルがはらりと落ちる。

 ただ殺す気で斬られた。そう思うと頭にカッと血がのぼる。何より無関係な人を巻き込んだこの男のやり口は許せない。小松がいなければ、あのスキルじゃなければ、もっと多くの人が死んでいた。


 振り切った男のナイフ。それを蹴り飛ばす。同時に足を相手の首に絡ませると、もう片方の足も挟む。そのまま体を回転させて相手を床に背中から叩き落した。見様見真似フランケンシュナイダーだけど、うまくいった!


「ぐっ!」


 痛みで転がる男の背中に乗ると、そのまま相手の頭髪を掴んで引き上げる。


「お前、何が目的だ!?」


「イリス、駄目!」


 千代女の声が暗闇に響く。何が駄目なのか。それを知った時には遅かった。


「くっ……くくく。イース帝国に栄光あれ……ぐふっ」


 男の体から力が抜けて、重さに耐えきれず話した頭部が顔面からべちゃりと床を叩く。口元から血が流れ出て、身動き1つしない。命というものがすぅっと抜けていったように、死んでいるのは明らかだ。


「毒、ね」


 千代女がつぶやく。


 まさかそこまでするなんて思わなかったから、僕としては呆気に取られていた。

 こうも簡単に僕の手の中で1人死んだ。そんな命の軽さに、改めてこの世界が、この時代が異常だと気づく。


 それ以上に異常なのが、男が最期に叫んだ台詞。


 イース帝国。

 嫌な響きだ。


 別に帝政がいいとか悪いとか言うわけじゃなく、今はまだアカシャ帝国があるのにイース帝国を名乗るということなのだから、それはつまりイース国が帝国にとってかわってやるという野心をむき出しにした言葉ということになる。

 そしてそれがどこから出るか。そのようなことを考える、というか、それができるだろう人間は今現在、1人しかいない。


「千代女。このことはカタリアには絶対秘密にしておいてくれないか」


「……分かった」


 カタリアの父。キース・インジュインだ。




 ――とまぁ、そんな感じでシリアスにこの謎の襲撃事件は幕を閉じたわけなんだけど。

 一応このお話もとい今日のことにはまだオチがあって。


「イリスくん、大丈夫か!?」


 僕らを心配したムサシ生徒会長が戻って来た。その後ろには屈強な女性軍団――おそらく小松の部下だろう、もいてそれぞれがランタンを手にしていたから、周囲は爆発の炎と相まってそれなりに明るさを保っていたわけだけど。


「お、おおおおお!!」


 急にムサシ生徒会長がわなないたと思うと、


「ぐふっ……我、楽園エデンを発見せり……」


 吐血した!? いや、鼻血!? てか楽園エデンってなに!?


「イリス。タオル」


「ん?」


 千代女に指摘されて初めて気づいた。てか、そうだ。あの男に斬られて僕のタオルは床に散らばっている。そうなると当然、僕の体を保護していた障害は一切なくなるということで。


 まぁ何が言いたいのかというと。


 生まれたままの姿で、ムサシ生徒会長の前に現れるという恥辱を味わったのでした。


 しまらないなぁ……。

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