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第59話 乱闘の後のこと

「がぁっはっは! 嬢ちゃん、気に入ったぜ!」


 頬を晴らした船乗りの1人が、豪快に膝を打って笑う。

 その横にいる船乗りも同調するようにして笑顔を見せる。


 あれから、というか船乗りに襲い掛かれてから2分後には、30人ほどいた船乗りは全員が砂浜に転がっていた。


 もちろん僕が打ち倒した結果になっているけど、足払いや軽く小突くだけだったから、あまり酷い怪我はないはずだ。途中で折れた木の枝を適当にぶん投げた際に頭を打った2人が昏倒しているくらいで、あとは怪我らしい怪我もしていない。

 僕としては少し息切れしつつも、2分くらいなら軍神も体に負荷がかからないとホッと一安心。少し寿命も減ったけど、必要経費ということで。


 そんなわけで一応、強さは見せつけられたと思うけど、果たしてどういう反応が来るか、と思ったら、冒頭のアレが来た。


「おぅ、こんなつえぇのは初めてみたぜ。まさか1人で30人もやっちまうなんてな」「ああ、これならあの海賊を退治するってのも嘘じゃない気がするぜ」


 やっぱりこういった人たちはあれだ。河原で殴り合いでもすれば友情が芽生えるタイプだ。

 ただ若干その通り過ぎて軽く引いたけど。


「おいおい、待て待て。確かに強ぇが、海賊をやれるか? 相手は1人じゃないんだぜ?」


 と、中には少し冷静なやつもいた。

 ただそれには小松が対応した。


「お前らも無謀なことをしたもんだね。この子はあれだよ。キズバールの英雄の妹って言えば分かるだろ?」


「キズバールの英雄!?」「あのタヒラ・グーシィンの!?」「ってことはまさか、あのカン将軍の娘と引き分けたっていう……」「いや、待て。確かそれって皇帝陛下に栄誉を賜ったって話じゃ……」


 ピタリ、と喧騒が止まり、じろりと僕に視線が集まる。それは先ほどまでの敵愾心と妬みあるいは殺意といったものじゃなく、どことなく熱を持ったもので。なんか、嫌な予感。


「うぉぉぉぉ! 軍神だ! イースの軍神だ!」「すげぇ! こんな子が……いや、でも確かに俺たちじゃ手も足もでなかった」「そんなお方が俺たちに協力してくれる!」「あの海を乱す馬鹿どもをやっつけられる!」「ゴサの連中もやってくれてるけどよ! こっちはなんてったって軍神だ!」「その軍神がやれるって言うならやれるに違ぇねぇ!」


 あー、なんかやっちゃったか。

 話がめっちゃデカくなってるんじゃないか。


 いや、確かに海賊は退治しようって言ったけど……僕、水戦の経験ないし。てか梁山泊には速攻捕まったし。

 今更、ノリで言いましたは通じないぞ。この熱気。


「よし、祝杯だ! 奴らに引導を渡す前祝いだ! てめぇら飲め、飲め!」


 あー、なんでそうなるかな……。これだから陽キャは。


 当然の如く、僕にもおさ――いや、味のついた水を勧められたけど、年齢と何より『海賊を討伐するための準備をする』ということで逃げ出した。

 そんな僕に小松もついてきて、


「困ったものだな。いや、こちらの失態を挽回してくれたことには感謝しかないが……大丈夫なのか。海賊といっても、ここらとゴサ国を結ぶ海路に現れるのは、かなり凶悪だと聞く。大小の島々に潜伏して、居所がつかめないだけでなく、下手に攻めては被害が出て困っていると海軍の連中は言っていたが」


「んー……そうだなぁ」


「仮に海賊に負けてでもしたら大変だぞ。逃げ場のない船の上。叩き落されるんじゃないか?」


「お、脅かさないでよ……」


「はは、すまないな。けどさっきのはスカッとした。さすがイース国の軍神。義父上と戦ったらどちらが上か見てみたいものだ」


「それこそ冗談。関羽に勝てるわけないし……」


 あの圧倒的なプレッシャー。勝つ負ける以前の問題で、動く前に一刀両断だろう。


「はぁ。とりあえず、ちょっと頑張りますかぁ。ちょっと物資の面で、援助もらいたいんだけど……いける?」


「我が軍としても海賊の討伐は、後背に敵を受けるも同じ。ここに軍船はないから力での援助は難しいが、物資の手配や各所への通達なら任せてほしい」


「助かるよ。それじゃあ」


 小松には2,3お願いをして別れた。


 海戦の経験はなくても、それに対する知識はそこそこある。軍船があったら一番良かったけど、ないものねだりしてもしょうがない。退治とはいかないまでも、大打撃を与えるくらいのことは出来るだろう。


 あとはもう宿に戻って寝よう。カタリアが言ってたけど、確かに久しぶりのベッドでの睡眠は僕も求めるもの。牢屋とか野宿が多かったから、今すぐにでもベッドにダイブしたい気持ちを逸らせながら護衛の人を連れて宿に向かっていると、


「イリス」


 不意にそう呼ばれた。


 狙撃手か、と一瞬警戒したものの、まさか呼ぶ必要もないし、僕の名前を知ってるはずもないと思いなおす。

 というよりこの呼び方に声は間違いなく――


「千代女か」


「そう、戻って来た。あなたの千代女です」


 どういう謳い文句だよ、それ。


 けどタイミングはばっちしだ。明日出航に間に合わなかったら最悪どうしようとも思ってたわけで。


「おかえり、どうだった?」


「ん……」


 千代女は僕の横に並ぶと共に歩き出す。


 千代女には小太郎に接触してもらっていた。その目的はもちろん、ここ10日ほどの世界情勢について。

 たった10日とはいえ、今世界はゼドラ国と皇帝を中心に一気に加速している。だから旧帝都の周辺で何が起こっているかは知っておきたいし、トンカイ国と二分している旧デュエン領にゼドラ国が攻め寄せないか心配だし、これからゴサ国に行くにあたって、何も知らないと舐められると考えているから、この船に乗るタイミングで一度報告を受けたいと思っていた。


「あの男女とは、会えた」


 この広い世界で、こちらが会いたいと思ったタイミングで会えるのかと心配したけど、それは杞憂だったようだ。きっと忍者同士の取り決めみたいのができてるのだろう。


「いい話と悪い話があるんだけど、どっちから聞きたい?」


「なんだそのアメリカンジョーク的なの……じゃあ悪い話から」


「ふふ、イリスはお屋形様と同じね」


 信玄と同じと言われて嬉しい気もするけど、どっちが先に聞きたいかなんてことで同じと言われてもなぁ。


「じゃあ悪い話。ローカーク門がゼドラ国に落とされたって。もう1か月も前に」


「…………は?」


 えっと、ローカーク門ってなんだっけ。あ、そうか。帝都から脱出した僕らが逃げに逃げた後にたどり着いた場所。あそこでツァン国の高師直の軍と合流して九死に一生を得た場所だ。

 それが奪われた? しかも1カ月も前に?


「それで帝国軍はローカーク門に対して砦を築いてにらみ合ってたんだけど……それも敗れた。4日……ううん、今日から数えたら5日前に」


「ちょ、ちょ、ちょっと待った! え、なにそれ!? ローカーク門が奪われたことから初耳で、その後に負けた!? 帝国軍が!? ゼドラ軍に!?」


「それについてあの男女の……いけ好かない男の方が言ってた。『ローカーク門は奪われたんじゃなくて、わざと奪わせた。それを砦で囲んで包囲するために仕掛けた罠……ってことに帝国側はしようとしたんじゃね? だってゼドラ倒そうぜって言った矢先に帝国が負けてんじゃん。そりゃ皆来ないって。だからこっちにもあんま情報流れてこなかったのかもねー、ってイリス殿に言っといて。自分、悪くないっすから! って』だって。ふふ、似てる?」


 似てるかもしれないから逆に腹立った。あの野郎……今度会ったらとっちめてやる。


「え、それで皇帝は? てかラスは? 土方さんは? 岳飛将軍は? ジャンヌは? 皆無事なのか?」


「それは無事。みたい。避難先で皇帝が騒いでるらしい、から」


「そう、か……」


 ホッとすると同時に、気が急く。

 やっぱりゼドラ国は強い。こんなところで時間を浪費している場合じゃなく、さっさとトンカイ国と同盟を結んで、ゴサ国を説き伏せて帝都に向かうべきなんだ。


 けど僕には翼はないし、僕1人で行っても意味はない、いや、ラスの助けにはなるかもしれないけど、根本的な解決にはならないだろうし。


 焦るな。焦りは判断を誤らせる。


 今はじっと待って、来たるべき時のために力を蓄えるんだ。


 そう自分に言い聞かせて、千代女の次のニュースに耳を傾ける。


「じゃあ良い話ね」


「ん、それを聞いて気を取り直そう」


「クース国がゼドラ国と同盟を結んだって」


「…………は?」


 悪い話を聞いた時と同じ反応をしていた。


 クース国って、確かトンカイ国の東、ゼドラ国の南にある島国とか。デュエン国滅亡に前後してトンカイ国といざこざがあったみたいだけど、基本、土地の繋がっていない島国。こちらとはあまり関わり合いがないように思えたけど……まさかゼドラ国とつながるなんて……。


「てかそれのどこが良い話!?」


「『去就定まらなかった謎の国が旗幟を鮮明にした。それだけで良い報告じゃね? 自分、有能じゃね?』だって。ふふ、完璧」


「ごめん、その真似。うっとおしいから二度としないで」


「がーん。頑張った。のに」


「うん。頑張る方向、間違えてるかなー」


「うー。仕方ない。封印する」


「そうしておいて」


 それにしてもクース国、か。

 イース国からしてみれば、デュエン国とトンカイ国が間に挟まって、さらに海を隔てているために全然意識してこなかった。まだ帝都の北にあるエティンとキタカの方が近い分、気がかりになる。

 けどまぁ確かに。小太郎の言う通り、どっちにつくか分からない不確定要素の国がその所在をはっきりさせたことはいいことと思おう。それにこれはトンカイ国こそ必要な情報だから、小松に教えて恩を売っておこうか。


「情報。役立った?」


「ん? ああ、とっても役立ったよ。本当にありがとう。助かった」


「ふふ、千代女有能」


 まぁそれを拾ってきた小太郎も有能っちゃ有能なんだけど。もうちょっといいニュースなかったかなぁ。本当、世界情勢はままならない。


「じゃあ、ごほーび」


「え?」


「お屋形様、役だったらごほーびくれた」


 うっ。なんて現金な。


「えぇ、でも家出中だからあまりお金は……」


「お金はいい。もっと他のこと」


「他のことって言っても……うーん」


「じゃあ背中流して」


「へ?」


「背中。お風呂で。流しっこ。それご褒美」


「あー……うん……………………って、え!? お風呂!? 流しっこって、一緒に入るの!?」


「当然。でも今うんって言った。イリスのごほーび。嬉しい」


「いやいやいやいやいやいやいやいや!! ちょ、ちょっと待とう? だって僕は……だし、いや、そういうアレじゃないんだけど、それはなんてゆうか……」


「楽しみ。早く帰る」


 そう言いながらものすごく良い笑顔をする千代女。


 その笑顔は反則だろ……。


 そう思いながら、心のどこかではベッドも久しぶりだけど、お風呂に入るのも久しぶりで入浴いいなぁと思っている自分がいるわけで。

 それとセンシティブな内容、セクハラモラハラな内容とで天秤にかける。


 うーーーーーーーーーん……やっぱりお風呂の誘惑には勝てない。


 だからここはタオル! タオルマナーで僕は何も見なかったということに! それで万事解決! 千代女ならそこらへん、この世界のルールということでゴリ押せばなんとかなるはず! よし、それでアリバイは完璧。


 なんて思っていた時期が僕にもありましたとさ。

 次回、お風呂回だそうです。

※ここで3章の2話目『挿話2 土方歳三(アカシャ帝国所属)』と同じ時系列になります。分かりづらくてすみません。

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