第57話 狙撃のこと
「見つけた!」
小松は港にいた。
この広い街で何の手掛かりもなく1人の人間を探すなんて奇跡に近いと思ったけど、彼女ならここにいる気がした。
道中や宿の手配とかを見ても何かと手抜かりのない彼女のことだ。明日の出航に向けて船を確認しているだろうと踏んだけど大当たりだった。
「どうした、イリス」
「至急、部隊をこの街に展開させてほしい。狙撃だ。それと僕たちの宿にも護衛を」
もちろん僕にそんな権限はない。他国の軍勢だし、関羽の好意で送られている側だ。こうも居丈高に言われては向こうとしてはいい気分はしないだろう。
「分かった。おい、すぐに部隊を細かく分けで巡検に入れ。それと彼女たちの宿にも護衛を。敵は狙撃の銃を持っている可能性がある。狙撃地点もしらみつぶしにするよう。よし、行け」
「はっ!」
それでもてきぱきとした指示を部下に出し、送り出す小松には感謝しかない。
「ありがとうございます。それじゃあ僕は引き続き犯人の捜索を--」
「いや、それは結構。君は大人しく宿で待っていてくれ」
「え!?」
まさか断られるとは思わず少し驚いてしまった。
「君らは義父から預かった賓客だ。それが傷つくなどということは許されない。いや、傷つけられたのは我が軍の威信ということだから、必ず狙撃手は捕まえる。それが義というものだろう」
義、ねぇ。関羽の娘らしい。
ただそれに分かってしまった。理由はそれだけじゃないことを。
彼女は言いながら彼女の部下たちに視線を向けていた。つまりそれは部下を気にする必要があってのこと。
他国人である僕が狙われるのは別に構わないが、犯人探しにと街を色々うろつかれるのが嫌な人もいるのだろう。そもそも誰も被害を受けていないのだから、狙撃の事件事態が嘘ということも考えている可能性も高い。
ほんの数日前まで敵対していた者同士。関羽や小松みたいにさっぱりと割り切れないと思う人がいるのは当然。
それに対する配慮で断ったのだと直感した。
まぁそういうことなら仕方ない。
とりあえずは一件落着だ。
今のところ周囲に気配はない。あの背筋を舐められるような気味の悪さと落ち着かなさを、軍神は感じていなかった。狙撃地点である建物から離れた海辺だからか、あるいは小松と一緒にいるからなのか。
宿の方からも銃声は聞こえていない。あの狙撃地点からカタリアの部屋は反対側で狙えない位置だ。ムサシ生徒会長の方が先に宿についたなら、窓から身を離すとかで外からの狙撃は不可能。おそらくカタリアたちは無事だと思うと体の力が抜ける。
「イリス。君にも護衛をつけるから宿に戻れ。ただし、護衛の部隊が到着するまでは少なくとも宿から出ないでもらいたい」
「分かりました。ご配慮、感謝します」
「ん。ではな」
小さくうなずいた小松は、僕から離れ船着き場の方へと向かっていく。まだ何かやり残したことがあるのだろう。
僕はつけられた屈強の男性護衛3人に囲まれてそのまま宿に向かうことに。ただ、その前に少し海を見たいと思った。観光する人がいないと行っても、僕が観光しちゃいけない理由にはならない。普通に見てみたかったしね。
「少し海を見ても?」
3人の護衛は小さく肯定してくれた。
海、といっても整備された砂浜があるわけでもない。木の桟橋が網の目のように張り巡らされていて、しかも多くの商船らしき船がそこに船をつけている状態だ。さらにそこから荷物を降ろす船員や日雇いの労働者が埋め尽くすようにしているので、波打ち際に出ることはなかなか難しい。
けど海の美しさは少し離れた場所からでもたっぷり堪能できるわけで。
さっき上の方から見た海は、ちょうど反射した陽光がキラキラと海面を照らして宝石箱のように思えたけど、今こうして海抜0メートルから見る景色はまた違った表情を見せている。
白い砂浜が伸びて浅瀬となり、どんどんと深く沈んでいく。そのさまがコントラストとしてはっきり見えるのだ。それほど透明度の高い海ということで、周囲の喧騒なんか吹き飛んでその光景に見入ってしまっていた。
ただその中にも、少し木の屑や紙片などが落ちているのも見えて、ああやっぱり自然を壊すのは人間なんだな、とちょっとがっかりもしたけど。
それでも東京の海と比べれば、それはもう雲泥の差で、僕はこれまで本当の海を見ていなかったことに今更ながらに気づいた。
それは透明度もそうだけど、それ以上に海から発せられるエネルギッシュな感覚はスピリチュアルというか、パワースポットみたいな感じで引き込まれる。
「イリス殿、そろそろ」
と、護衛の人に声をかけられたのはどれほど経ってからだろう。大自然に耽溺していた僕の意識が、急速に戻る感覚。
「あ、すみません。お待たせしました」
「いえ。イース国の軍神に我が国随一の光景を堪能いただけたのは光栄の限りです」
若干皮肉が混じっている。
ま、そりゃそうか。トンカイ国からすれば、僕は去年から今にかけて軍事行動を邪魔された厄介者だ。それによって命を落とした人もいただろうし、好意的に見られるなんてありえるわけがない。そんな人の護衛なんて、と思うだろうに、それを表に出さず、少しの皮肉でとどめるのは、まぁこの人も小松の傍にいるくらいに有能ってことだろう。
そんな彼らに僕がかける言葉はない。ご愁傷様ですとか、残念ですとか声をかければ「自分でやっておいて何様のつもりだ」となるだろうし、かといってありがとうございますってのも違う。
だから無言で会釈をするにとどめた。
それでようやく宿に戻ろうと決心していた、その時だ。
「はっ!? ちょっと待ってくれ!」
声が響いた。
聞き覚えのある、というか小松だ。けど彼女がここまで声を張るなんて、一体何が……。
その声のひっ迫した具合から、なんとなく嫌な予感がしつつ、僕は小松の方へと足を向けた。
4/22 13:42一部追記しました




