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第55話 海のこと

「ええ。ホンジョーが死んだのよね」


 僕の説明を聞いてカタリアが少し声のトーンを落としてつぶやいた。

 どうやら繁長の死のところから放心しっぱなしだったようで、ほとんど記憶がないらしい。


「カタリア、繁長は――」


「分かってますわ。彼は誇らしく死んだ。わたくしを、未来の宰相をその身で守って。帰ったらインジュイン家の忠臣として祀りたてましょう。それよりなにより、わたくしが生きて大功を成す、それこそが彼への恩返しになるのですから」


 なんだ。自分の中でしっかり消化し終わっていたのか。


「で、今はゴサに向かうためにトンカイ国の港町を目指している、と」


「そういうこと」


「分かりましたわ……」


 深くうなずいたカタリア。

 ふぅ。これでトンカイ国のことも、カタリアのこともなんとか片付いた。これで晴れ晴れとしてゴサ国に――


 次の瞬間。


 カタリアのグーパンが飛んできた。


「痛ぇ!! なにすんだよ!」


「あんた! なにわたくしを、いえ、お姉さまたちを差し置いて敵国と交渉しやがりましたの!」


 ええ、そこ?


 今そこ?


「し、仕方なかっただろ! 姉さんたちに丸投げされたんだから!」


「なんでわたくしを呼ばなかったんです! あなただけ勝手なことをして! 何より、よくまとめました、褒めてやがりましょうってこと!」


「じゃあなんで殴ったし!?」


「褒めてあげてるじゃない。グーで」


「愛情表現が複雑!?」


 なんだ、こいつ。

 復活してどっか頭のねじが吹っ飛んだか?


「まぁまぁイリス。これもお嬢の感謝の表現なんです。色々心配かけてる中で、適切な対応を取ってくれたっていう」


「そーそー。お嬢はこれでもイリスっちを認めてるから。けど自称ライバルでしょ? 簡単に認めちゃったら、えばってるのが弱く見えちゃうって考えてんだよ」


「あー、そーいう」


「ち、ちち違いますから! そういうんじゃありませんから!」


 顔を真っ赤にして手足をばたつかせるカタリア。子供かよ。

 ま、そう思えば少しは可愛げがあるというか。自分の歳の半分の少女が見せる恥じらいと思えば、微笑ましくもある。


「イリス、覚えてなさい! あんたなんか、イースに戻ってもわたくしの権力で永久国外追放にしてやりますわ!」


 あ、やっぱ可愛げねー。どーでもいいけど。


 そんなドタバタのやり取りをしていると、馬車の横まで小松さんが馬を下げてきた。


「あなたたち。なんとも面白そうなことしてるね」


 小松は苦笑しながら、僕らの様子を眺める。

 その小松を見て、カタリアは何を思ったか姿勢を正して、


「トンカイ国の将軍の娘さん、ホンダでしたっけ? ドタバタして挨拶が遅れましたわ。わたくしはイース国の宰相の娘にしてインジュイン家のすべてを得るもの、将来の大宰相となるカタリア・インジュインよ。よろしくお願いしますわ」


「ああ、これは丁寧に。わたしは本多小松。気軽に小松とでも呼んでくれ」


「ではそのように。コマツ、わたくしたちはどこへ向かっているのかしら?」


「それはちょうどいい。あそこに見えるのがトンカイ国でも1,2を争う湾港、セケーキだ」


 小松の言葉に、僕らは馬車から顔を乗り出させた。

 広がる草原。まっすぐに伸びる道の先。少し下がった平地に無数の建物が林立している。けどそんなものは帝都でも見てきたし、いくらトンカイ国で1,2を争うといっても帝都に比べれば田舎も田舎だ。


 けどその帝都にもなかった、その都市ならではの。いや、この世界ならではの景色に僕は圧倒された。


 街並みの向こう。ここが湾港といえばもちろんそれがある。


「うわぁ」


 海だ。


 いや、日本に生まれた僕からすれば海なんてものは別に物珍しいものじゃない。それは皆も分かるだろう? けどその海は、ああ、まさに海だ。陽光に照らされた海面は、キラキラと光る宝石のようにまばゆく輝いているオーシャンブルー。沖縄とかエーゲ海とかそういったものを実際みたことがあるわけじゃないけど、それ以上の広大な光る海辺が目の前に広がっていれば、感嘆の声1つもあげたくなる。


 そう。僕らとしては数か月前に、ノスル国の港を使って帝都の港町にたどり着いたわけだから、この世界の港町を見たことがないわけではない。けどそことは規模が違う。いや、種類が違うというべきか。

 あちらはイェロ河という、言ってしまえば川で一応対岸はあった。対してこちらは海岸線がはるか向こうに見えるほどの、果てしなく広大な母なる海。


 東京の濁った海しか知らない僕からしても、その海は感動的だった。けどそれ以上に感動的だったのは、未だに海を見たことがないカタリアたちだった。内陸に位置し、海外旅行なんてものが難しいご時世で育ったカタリアたちは、海を見たことがない。せいぜいが川程度で、こないだのイェロ河が最大だろう。

 だからこそ、本当の海を初めて見た驚きは僕の比じゃない。


「あれが……海」


「わぁ、宝石箱みたいにキラキラしてますよ、カタリア様」


「いやいや、騙されないって。あれ向こう岸があるんでしょ? え? 地上より広い? 意味わかんないし。だったらどうやって海は地上に乗っかってるのさ?」


「ふむ。あれが万物の母なる海。となればやはり、衣服にこだわっていることなど無意味ということなのではないのか? さぁ、皆。今こそ海に還るために、その身に着けたものを脱ぎ捨て――でぇ!!」


 皆が感動に浸る中、とりあえずムサシ生徒会長にはボディ入れといた。

 けど海を見てきゃいきゃい騒ぐなんて、いくら国の代表だと偉ぶってみても、女子高生なんだなぁ、こいつらは。と改めて思った。そんな風に見る僕ってオッサンかなぁ。


「君はあまり感動しないんだな?」


 カタリアたちを一歩引いて見ている僕に、小松が身を寄せてつぶやいてきた。


「いや、驚いてますよ。あんなに綺麗な海、見たことないんで。そっちも信州にいたら海なんて見たことないでしょう?」


「ん? いやあるぞ。私はもともと遠州えんしゅう遠江とおとうみ(静岡県西部)の出だからな。海は身近だ」


 あ、そうか。真田に嫁ぐ前は徳川家臣だから浜松城近辺で生まれ育ったんだ。そりゃ目の前は海になるな。しかもまだ工業排水で汚れていない新鮮な時代の海だ。


「君は私のことを知っているのかいないのか。まったく、不思議な少女だな」


「ま、そこらへんは」


 まさかさらに未来から来たとは……いや、別に言ってもいいのか。けど、なんでこの世界の少女なのか、とか色々説明が面倒だからやめておこう。


「そういえばあの巫女みたいな服を着た彼女は?」


 っと、雑談の中に鋭い踏み込みが。さすがは本多忠勝の娘で、今は関羽を義父に仰ぐだけある。


 巫女みたいな服。もちろん千代女だ。

 彼女は昨日の段階で北へと走らせた。風魔小太郎から情報を仕入れるためだ。

 そもそももっと早くにゴサについているはずだった。イェロ河の下流に位置するゴサ国では、上流の帝都の状況がかなり早い段階で入ってくるだろうことを期待していたのだ。

 それが今回の一件で、トンカイ国に安全に入れることになった代わりに日数を浪費した。国都を脱出して10日ほど。その間に起きたことは僕の耳に入ってきていない。、各国――特にイース本国の動向や、旧デュエン領にゼドラ国がどう反応しているかを今のうちに仕入れておきたい。そう思って千代女をやったのだ。


 撤収の際にさりげなく紛れ込ませたと思ったけど、さすがにあの目立つ格好だからいないとすぐバレるか。


「ちょっと所用で。明日には合流するよ」


「そうか。いや、特に意味はないんだ。ただ、あの時のケリをつけておきたかったなと」


 あの時って、長尾景春が本性を現して僕たちを同じ牢に入れた時か。その時は、本庄繁長は本多忠勝に敬意を示し、千代女は徳川を侮って一触即発になりそうだった。

 あの時は色々切羽詰まってたから僕が間に入ったけど、確かにこの2人が武田、徳川、真田をどう捉えているのかちょっと歴史好きとしてはその結末を見届けたい気もする。


『徳川? はっ。三方ヶ原でボコられて糞漏らした臆病大名の家臣がなんだって?』


『真田は確かに有能かもだけど、お屋形様に使われて初めて真価を発揮する小豪族でしょう? しかも真田とか、甲府より山奥の田舎だしw』


 ……いや、千代女の勝ちだ。あれに小松が口で勝てると思えないし、せっかくのイースとトンカイ国の同盟が口論のせいで破綻しそうだ。うん、やめておこう。


「ま、まぁ味方ならいつでも会えるわけだし? きっと、うん。今すぐケリをつけなくてもいいと思うよ?」


「なぜ疑問形?」


 小松は不思議そうだったけど、僕としては精いっぱいの譲歩だったわけで。ふぅ危ない。


 とにかくその日。

 僕らはゴサ国への船便が出るトンカイ国の港町、セケーキに到着した。

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