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第53話 舌戦のこと

 先ほど大村先生は陣に戻ってしまったわけだけど、去り際に言っていたことがある。


『強大な敵と戦うには、単独で戦う必要はありません。それこそ自殺行為。バカのすることです。敵が強大なら味方を募ればいいだけのこと。あの寅之助(吉田松陰)の弟子たちがしたように、不俱戴天の敵としても、時には手を結ぶ必要があるのですよ』


 松陰たちの弟子……高杉さんや伊藤博文、井上薫、そして桂小五郎(厳密には桂は松下村塾所属ではないが)といった人たちが、進めた政策。薩長同盟だ。

 八一八の政変から袂を分かった長州と薩摩の両藩が、長州征伐を皮切りに徐々に接近。坂本龍馬や中岡慎太郎らの仲介で同盟を結び、倒幕へと向かっていったわけで。


 つまり大村先生は、トンカイ国と組めと暗に言っているわけだ。それは今進んでいる和睦や停戦といったものではなく、完全な攻守同盟を結べという意味だと考える。


 だから僕のマニュフェストはそこだ。

 そこをベースにして、あとはどうこちらに有利を引き出すか。


 ただそれだけでいいのか。

 そうは思うけど、考えている時間はない。帝都での事件を話しつつ考えをまとめるまではできない。とりあえず進みながら手探りでもやっていくしかないみたいだ。


「――ということで、帝国は帝都を放棄してツァン国に退きました。ゼドラ国は帝都周辺を制圧し、今や旧デュエン国、つまり貴国と我らがイースが領土を分ける土地に攻め込んでくる可能性がある以上。ここは過去の因縁を捨て、両国ともに手を携えてゼドラに当たるべきだと考えます」


 こちらからの説明、そして提案内容の提示は終わった。


 話を聞きながら関羽は長い自慢の髭をしごきながら瞑目し、何かを考えるようにしていた。


 関羽が口を開くまで誰も声を発しない。

 鍋のためにくべていた薪が、パチッと小さく火花をあげる。それが響くほどに周囲は静か。数千の兵がたむろしているとは思えない。


 何分経っただろうか。

 関羽がやがて眼を開くと、ようやく口を開いた。


「今、貴国と我が国で停戦交渉が行われているとい噂がある」


「停戦では足りません。強大なゼドラ国に立ち向かうには、完全に手を握るべきかと」


「そのための同盟か」


「はい」


「なるほど。貴君の言葉は理解した」


 よかった。ちゃんと伝わってくれた。あとは関羽から言質を取って――


「だがそれではまだ足りん」


「え?」


 まさか不足を訴えられるとは思っていなくて、思考が止まる。


「その場合、ザウス国をどうするつもりかな?」


 そうか。それがあった。

 確かに難しい問題だ。


 そもそも今回、問題になっているのはザウス国だ。イースとトンカイ、両方に挟まれ身動きできなくなったところトンカイ国に攻められたためにイース国に降った。

 けどもしイース国とトンカイ国が同盟する場合、ザウス国はどうなるのか。

 トンカイ国としてはイース国に「ザウスを攻めるから邪魔するな」と言いたいだろうし、逆にザウスを取り込んだイースからすれば、トンカイ国に「ザウスはうちの傘下だから手を出すな」という話になる。

 そうなったら同盟どころじゃなくなる。


 あるいは、トンカイ国がイース国に「一緒にザウス国を攻めよう。領土は折半で」とか持ち出されても困る。そうなったらザウス国はさすがに滅亡するだろうけど、滅亡に瀕した国というのは祖国を守るために必死になって戦うだろう。そうなればこちらも大きな傷を負う。ゼドラ国に対抗したいこの状況、少しでも兵を損じたくないのは当然のこと。

 さらにもしそれでザウス国を滅ぼしたとしても、一度は傘下に入った国を即座に見捨てた、という風評はかなりイース国にマイナスになる。今後、ゼドラ国を追い払っても、周辺国から危険視されるだろうし、何より旧ザウス領の民は、祖国を滅ぼしたイース国に協力的にはならないだろう。そうなればトンカイ国の調略の手が伸び、旧ザウス領は気が付けばトンカイ国になっている可能性だってある。


 ならどうする。

 トンカイ国と手を結びながらも、ザウス国をトンカイ国にとられない妙手。そういえばあるぞ。ゲームでやっていたこと。自国と敵国に挟まれた小さな同盟国を、なんとしてでも奪いたい。そんな時には同盟を破棄して小国を手っ取り早く攻め落とす。一方で敵国の方には別動隊を出して釘付けにしておく。そうすれば、小国の土地も人材も総取り、そこを橋頭保にして敵国に攻め込むのが常道だ。小国をいちいち守っても兵と兵糧の無駄だし、さっさと自国に組み入れて強化した方が手っ取り早い。


 けどそれはゲームの話。

 先のトンカイ国と共に攻め込む件と同じで、周辺国からは危険視され、旧ザウス領の人々はイース国を恨み平定が進まない。そうなれば結果は先ほどと同じだ。


 うーん。どうしよう。

 イース国もトンカイ国もザウス国も得になるようなアイディア。本来ならイース国だけの利益を追求すべきなんだけど、ここは3国ともに利益を得るような……ん? 待てよ。3国、か。


 目を閉じた。思いついた案が、頭の中で分析されて様々な肉付けがされていく。今、そして未来。そこに起こりうるだろう予測を交えて、その事案がもたらす影響を考えていく。

 数秒後。これならあるいは。そこまでたどり着いた結論にため息をつく。それは僕らにとってあまり歓迎できない方法。

 いや、でもこれしか……ない、か。


 僕は目を開き、関羽に向き直る。

 そして口を開いた。


「イース、トンカイ、そしてザウス。三国同盟を提案します」


「イリリ!?」


「ちょっと、どういうことさ」


 タヒラ姉さんが驚きの声をあげ、クラーレが眉間にしわを寄せて睨んでくる。


 そりゃ今、ザウス国はイース国に屈服した形になっている。それを三国同盟に落とし込めば、それは対等の相手と認めるようなもの。せっかく手に入れたザウス国の領土は、一変して裏切りをはらんだ警戒すべき他国ということになる。

 さらに同盟が長引けば、ザウス国の立て直しも可能になるだろうから余計、今後、気を抜けない。


 けど、この様々な人の思惑が入り混じった状況。いったん、整理して対応しないとどうしようもない。


「であろうな」


 関羽が静かに頷く。

 この人も絵図をすでに描いていたのか。

 何が交渉は苦手だよ。しっかり戦略的な絵図を描き切っているじゃないか。蜀呉同盟強化のために、もちだされた縁談を『虎の子を犬の子にやれぬ』と言って追い返した人と同一人物とは思えない。まぁそれも演義補正なのかもしれないけど。


「姉さん、クラーレ。ここは僕に任せられたはずです」


 残念だけどここはそれしか道はない。だから強気でも押し通すしかない。


「……分かった」


「タヒラ!?」


「クラーレ、あんたも黙りなさい。あたしたちはイリリに託すって決めたでしょ」


「わたしは何も聞いてないけ――あ、痛ただ! ちょっと! 耳引っ張らないでよ!」


 やれやれ。緊張感があるというかなんというか。


「三国同盟、ですか」


 小松が頷きながらも首をかしげる。


「しかし、お義父様。アウフェン卿が亡くなった今、それは難しいのでは」


 アウフェンというのは、僕を拷問しようとしたあのくだらないご貴族様だと、少し考えて思い出した。


「なに、やつなぞ我が槍の錆になったとでも言っておけ」


「そ、それはマズいかと。アウフェン卿は下位とはいえトンカイ十貴族の子息。かの連中が黙っておられますまい」


「ならば名誉の戦死とでも伝えろ。策謀をひけらかして失敗。挙句の果てに敵に利用されて殺されたと述べるよりはマシだろう」


「は、はぁ……」


 なるほど、と自分も得心した。貴族といい武家といい、体面を重んじるところもある。あの男の最期をちゃんと語れば不利益を被るのはその父親ということになる。

 関羽。武力だけの男じゃない。


「うむ。ここらが落としどころであろう。といってもここで決められることではない。我はこれより国都に戻り、これまでの顛末とこれからの展望を頭の固い貴族どもに語るとしよう。お主らも国で語らう必要もあるだろうしな」


「ん、それはあたしが請け負うわ」


 と、タヒラ姉さんが答える。


 あ、そうか。僕らが戻って話すことはできないから、そこはもうタヒラ姉さんに頼むしかないんだ。

 ちょっとこの流浪の状況の不便さを感じた。


「イリスと言ったな。お主のような者がおれば、イース国はなお発展するだろう」


「あ、ありがとうございます!」


 頭を下げる。

 あの関羽雲長に褒められたとなれば、さすがの僕としても少し有頂天にもなるものだ。

 関羽ってプライド高くて人づきあいが難しそうなイメージがあったけど、全然そんな感じじゃない。これは小松も義父と仰ぐわけだ。


「しかし義父様。貴族どもを説得していかがするのですか? それに我々としては戦うべき相手が変わるわけですが。領土をかすめとったクース国の討伐のために海を渡るので?」


「ふっ。そうではないぞ、小松。我々にはやらなければならないことがある」


「やらなければならないこと?」


「当然。北へ出て、幼帝を救い奉る」


「あ! それじゃあ!」


 それはトンカイ国が対ゼドラ包囲網に加わってくれると明言したのに等しい。それはかなり大きなことだ。

 今までどこも動かなかった国の中で、八大国の1つトンカイ国がイース国と同盟を結んでゼドラに攻め込む。それができれば、諸国もこぞって味方するだろう。


 それほどに彼の決断は天下を揺るがす。


「信じてくれたんですね」


「当然であろう。こちらにも少しは情報が入ってきているしな。それに、決着をつけなければならない相手もいる……」


 そうか。そうだ。彼は知ってしまったんだ。

 隠そうと思ったけど、そんな状況じゃなかった。


 呂布、字は奉先。

 彼がゼドラ国にいると僕は先ほど語った。しれっと流したつもりだったけど、その言葉を聞いた時、関羽は、苦虫を1千匹くらい噛み潰したような渋面を作ったのを覚えている。


 そう。関羽と呂布といえば、まさに宿敵といってもいい間柄だ。虎牢関ころうかんでの一騎討ちをはじめとして、それから時に味方として、時に敵として渡り合った。

 最終的には呂布が関羽の主君・劉備を裏切り城を奪い、曹操と結んだ連合軍が呂布を攻め滅ぼしたというのだから、まさに不俱戴天の敵というべきだろう。


「地理的に言えば、ゼドラは東に進むのが常道ではあろう。だが南には今、トンカイ国とイース国が滅ぼしたばかりの旧デュエン国領がある。まだ治世も行き届いていない、すなわち狩場だ。そちらにやつが食指を伸ばさないとは言えないな」


 確かに、今旧デュエン領を攻められるのはうちらにとっても痛い。特に旧帝都領と隣接する地域を制圧したトンカイ国としては、すでに今も侵攻を受けていないとは言い切れない。

 そうなれば僕たちと争っていられないというのも自明の理ってことだ。


「そういうわけだ。明日、我らは国都へと戻り、そのまま北上することにする。国境沿いに兵は少し残すが、それも治安維持のためだ。お互いにすべてが決するまでは、矛を交えないことをここに誓おう」


「あ、ありがとうございます!」


「お主のためではない。だがその報を知らせたこと、感謝する」


「こちらこそ。関将軍と共に戦えて光栄です」


 僕、タヒラ姉さん、クラーレが頭を下げる。

 それを見て関羽は優し気な微笑みを浮かべた。その存在がこれまでにない以上に頼もしく思えたのは、彼をおいていないだろう。


 ラス。もうすぐ行く。すごい味方を連れて。

 だからもう少し頑張っていてくれ。


 そう北の空に祈りを込めた。

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