第49話 偃月刀のカンウ
僕は語った。
ザウス国で起きたことを。
もちろん転生する前のことは知らないから、ことが起きた後のことをメインにしてだけど。
彼らが知りたいのはそこだろうから問題はなかった。
兵たちに襲われたこと。自国の村を襲っていたこと。王都に侵入したこと。叔父のこと。大使館の人たちと逃げたこと。タヒラ姉さんが来たこと。そして無事に国境まで逃げ延びたこと。
あの日、僕がこの世界にやって来た時から、国境を越えてこの国に入る時までのことを細大漏らさず、細かいところまで喋っていた。
あまり上手な喋りじゃなかったし、ところどころ記憶を呼び起こそうと時間を食ったところもあったけど、それでもこの場にいる全員が真剣な表情でじっと聞いてくれていたのは助かった。
いや、約2名。聞いているのか不明な人がいる。
先ほど、小娘と呼ばわりながらも男からしても嫌悪感を覚える視線を向けたインジュインの隣に座る男。そして机の右の反対側の方、末席に座っている――というより椅子に深々と座り頭を防止で隠している人物だ。もしかして寝てる?
いや、今はそれが誰でなんでいるのかはどうでもいい。
話すことにぬけがないか、それに気を付けるのが一番大事だ。
やがて、僕が語り終えて弛緩した空気が流れてくると、
「ふむ、報告にあった通りだな」「やはりザウスは奇襲を強襲に変えたということか」「それはそうでしょう。兵を招集するのも金がかかります。それを少しでも回収しようとやっきになっているんですよ」「ならばひとまずは安心か。トント、ノスル、ウェルズに頼んだ援軍も無駄になりそうだ」
などと軽口を言い合う会議参加者。
それらをしり目に、いまだに緊張した面持ちで黙り込んでいる人たちがいた。
我らが父親、そしてヨルス兄さんとタヒラ姉さん。あと先ほどの眠ってるっぽい人……は顔色が分からないな。
そして――
「1つ、確認させてもらおう。イリス・グーシィン」
インジュインが腕を組みながら、その顔には人を威圧するのに適した渋面を浮かべて聞いてきた。
「非戦闘民を逃がすための囮の策、見事。だが……その際に一騎打ちをしたという騎士がいたな」
あぁ、あの時の。あれは強かった。危うく死ぬところだったわけで、忘れるわけがない。
「その者が言っていたのだな、軍師がそなたの作戦を見破ったと」
そういえば、そうだった。
軍師ってのが僕以外にもいて、それでいて策を見破るほどの腕を持つということ。
……いや、別にあの時の策は本当苦し紛れの、適当に作っただけの策だし。まだ僕は本気出してない、本当だよ?
「その騎士の特徴は覚えていないか、イリス? なんでもいい。色とかマークとか」
お父さんが続いて質問してきた。どうやら2人ともその騎士に執着しているようだ。
うーん、どうだったかな。
「えっと、確か鎧の色は黒、かな。夕闇に見えづらかったから。マークとかは……ちょっと分からない、です。旗も背負ってなかったし、一騎だったし。あ、仮面をかぶってました」
他、他になにかあったっけか。
「イリス、武器は?」
と聞いたのはタヒラ姉さんだ。その声も渋い。
武器?
武器……武器、あぁ、そうだ。
「最初は槍かと思ったけどちょっと違った、です、はい。えっと青龍偃月刀って言っても伝わらないかな。えっと――」
まさかこんな世界に青龍偃月刀があるわけがないから、どう説明したらいいか迷っていると、
「ま、まさか……」
「エンゲツトーのカンウ!?」
「え? カンウ? 関羽?」
誰が言った言葉かに、とっさに反応した。けど、関羽って言ったよな、今!?
けど、関羽!? なんで!? 三国志演義の人物でしょ!?
混乱した頭に、さらにお父さんが畳みかけるように聞いてきた。
「そしてこう言ったのだったな、イリス。『我が国は投降者に寛大だ。ザウスとは違う』と」
「あ、はぁ……」
え、いや。そうだけど、それ以前に……え!? だから関羽ってなにさ!?
だが僕の混乱も、会議室に起きた混乱に飲み込まれる。
「ま、まさか……」「馬鹿な、あり得ない! あの2国はずっと争っていた!」「そうだ! ザウスに味方する必要がない! まず滅ぼすのは我らではなくザウスのはず!」「いや、待て、その前に別の国と戦っているのではないか、今も?」
騒ぎが大きくなっていく。中には悲鳴をあげる者もいた。
何がなんだか、渦中にいる僕には全く理解ができないけど、とんでもないことが起こったことは分かる。
だからここで何が起こっているのか。誰か教えてくれ。
その答えはすぐに来た。
お父さんの声で。
この国の死刑宣告を。
「ザウスが強気の理由が分かった。間違いない。南の大国トンカイ。それがザウスについた。もはやこの戦、勝てぬ」