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第47話 勝敗のこと

「どっせい!」


 盾を思い切り押し上げて、景春を突き飛ばす。だがその前に景春はさらりと身をひるがえして距離を取る。


「イリス、無事?」


 小松がやってきて僕を心配してくれた。


「あ、ああ。てか繁長、カタリアは!?」


 カタリアたちを追って兵が行ったはずなんだけど、なんでここにいるの?


「あん? そんなの俺が一発よ。それにあの山猿もいるから、まぁ今頃逃げ切ってるだろ」


 ま、そうか。繁長と千代女の2人がいて負けるわけがないな。

 それに繁長が戻っていなかったら、かなり危険だった。


「ギリギリだった、ありがとう」


「いいってことよ。それよりアレか、例の長尾の異能ってのは」


 繁長が5メートル先にいる景春を見て、これ以上ない真顔でつぶやく。


「あれは上杉の姉御級だな。いや、タイマンにだけ限ればそれ以上か」


 おいおい、上杉謙信以上って。けどそれだけ負けてパワーアップしてるってことか。

 ということは時間をかければ不利。


「小松、繁長。一撃離脱だ。全員の一斉攻撃で膠着に持っていって、そこから一目散に逃げる」


「分かった」


「へっ、やってやるぜ」


 小松と繁長の心強い声が返ってくる。

 だけどなんでだろう。これほどの心強い仲間がいるのに、ほんの一片たりとも余裕を感じないのは。

 まばたき厳禁。ワンミスでゲームオーバー、さらにノーコンティニューのリアルゲームをやらされている気分だからだろうか。


「なんだ、来ないのか?」


「まぁそう焦るなよ……って!」


 言い終わると同時、手にしていた槍の残りを投げた。槍の穂がついている部分。だけどそんなもの、今の景春にとっては超スローボールのなんら脅威にならない投擲。

 それでも当たれば傷つき、無視できない攻撃。だからその槍を避けるなり、剣で払うなりが必須となる。


 そこを狙う。


 一気に駆けだす。小松と繁長も合図したわけじゃないのに動いた。まるであらかじめ綿密な打ち合わせしたように、長年のコンビネーションができているかのように。先ほどの超ざっくり方針だけで動けるのは、さすが繁長は戦場経験が豊富。戦場経験のないはずの小松は勘か、あるいは血か。


 とにかく僕の投擲を皮切りに、一気に景春に向けて3人で駆ける。

 対する景春は、一瞬、ひるんだように見えたが、すぐに剣で槍を払いのけると、


「小癪、小癪ぅぅ!!」


 逆に前に出た。

 その場に留まっていれば、3方向から攻撃を受けるのを待つばかり。

 だが前に出れば、こちらの目算を崩し、さらに相手を1人に絞ることができる。正面から向かった相手――僕だ。


 もちろん槍を投げて武器を捨てた僕が一番始末しやすいと踏んだのもあるのだろう。まず一番弱いところを潰して戦力差を縮める。戦術の基本だ。


 景春が剣を八相の構えから大きく振り上げる。そこから繰り出される必殺の袈裟斬りを、僕は黙って見ていたわけじゃない。ここだと思った軍神の勘に賭け、スライディングの要領で地面を滑る。わずか頭から十数センチ上を、景春の一閃が切り裂く。またも間一髪。いや、それに終わらない。

 僕のスライディングは、回避と同時に攻撃を産んでいた。景春の左足、すねに一撃食らわせれば相手の機動力を奪うことができる。逃げれば勝ちのこちらからすれば、それは千載一遇のチャンス。だからこそ、危険を冒して前に出た。


 だが景春はそれを見切ったように、跳躍してかわす。さらにとんでもないことに、そのまま空中で身をひるがえすと、地面を滑る僕に向かって剣を遠心力で振り回してくる。ぎりぎり僕の頭部が射程内。僕は跳ね起きの要領で、両手を地面に叩きつけ上体を叩き起こした。その背後を剣が薙いでいく。


「はぁ!」


「うらぁ!」


 そこへ小松と繁長が攻めかかる。だが景春は小松の槍を剣で斬り、小松の体に蹴りを入れる。バキッと何か音が響いた。

 さらにその反動で突き出された繁長の盾をかるがるとかわすと、さらに繁長の方に踏み込む。


「ぬっ!」


 あんな大振りの盾を振り回せば、繁長の懐はがら空きだ。だがそこはさすがに上杉家の特攻隊長。体をひねると同時、横なぎの盾をぶちかまそうとする。しかし景春の方が早かった。懐に入り込んだ景春は一閃。夕闇に鮮血が舞った。


「繁長!」


「繁長殿!」


 小松が地面を拳で打ちつける。するとその場から大量の土が景春目掛けて伸びる。

 それを見た景春は、繁長にとどめをさすでもなく、悠々と背後に跳躍して回避した。


「繁長、大丈夫か!?」


 たまらず駆け寄る。

 膝を折った繁長は、僕の近づくのを見ると、


「はっ……こんなの朝飯前よ!」


 朝飯前ってのがよく分からないけど、とりあえず大丈夫そうだ。むしろ痛みと高揚で表情が笑っているのか怒っているのか良く分からないものになっている。

 一抹の不安はあったものの、今のこの状態を途切れさせるのは逆に危険だと判断。


「それにしてもとんでもねぇやつだ。俺たちでかかって傷1つねぇ」


 確かに。3人でかかって傷1つ負わせられないって、呂布かよ。


「ああ……だが――うっ」


「小松!?」


「問題ない。何本か折れた……くらい」


 さっきの蹴りか。とんでもない相手だ。

 僕と小松が武器を失い、小松も繁長も手負いとなると絶望的な空気が僕らを押しつぶしてくる。


「おおおお! さすが長尾様!」「お頭は最強だ!!」


 残っていた景春の部下たちが歓声を上げる。

 それに対し片手を上げて応える景春。その余裕ぶりが憎らしい。


「ふん、戦の腕もあって、民に部下に人気がある。ただ時運に恵まれずに負けに負けた男、か……」


 繁長がつぶやく。

 そこにはどこか景春のことを憐れむような、それでいて羨ましそうな色が見える。


「これで分かっただろう。お前たちは俺には勝てない。そして逃げられない。死を待つしか未来のない、哀れな木偶なのだ。あとは……」


 そこで景春は少し言葉を止め、


「だが、そうだな。お前ら、死なすには惜しい。俺の元に来い。俺が作る、俺による、だが民のための国。それに協力しろ」


「まだ続けるってのか、無謀な乱を」


「無謀だろうとなんだろうと。俺のため、皆のために止まらぬことはできん」


 頑固だ。それ以上に、乙女かと思うほどに純粋だ。

 旧体制に対し、一体どれだけ理想を掲げて立ち上がり、散っていった者たちがいたと思うのか。成功している事例がもてはやされているだけで、その何千倍もの反乱が踏みにじられてきたというのに。

 そして仮にその反乱が実を結んで旧体制を打倒したとしても、その新しい体制が時を経ると旧体制となり打倒される存在となる。


 そんな終わりのない修羅の道にひたすら突き進む。頑固で純粋でなければできないこと。


「こちらも時間がない。30秒だけ待つ。良い返答を期待する」


 一方的な通告。

 けどそもそもそんなこと、受けるはずがない。受けたとして勝ち目は限りなく薄い。そもそも僕とカタリアらは、イース国から逃げ出したからといってそれに敵対したと思ってない。この逃避行もイース国の将来を思ってのこと。

 だから兄さんや姉さん、そして父さんたちが守るイース国に弓を引くはずがない。


 だからこの30秒は別のことを考える。

 なんとかしてこの状況を打破する何か。勝てなくてもいい。ただここから3人が逃げだす何か策を……。


「ちょっと思ったんだけどよ」


「え?」


 思考の海に没入しようとした僕を、繁長の声が引き戻した。


「負けたら強くなるって、じゃあ勝ったらどうなるんだ?」


「は?」


 全然意味が分からない。てかこんな時にどうでもいい質問を! そんなの負けたら強くなって手に負えなくなるのに、勝ったらそりゃもう………………あれ? どうなるんだ?

 勝ったら。長尾景春が勝ったら、どうなる? いや、そりゃこれまでと変わらない? のかも? しれない? けど、どこか不自然。


「ま、そうだな。ここまで来たら、あいつが勝たないと無理かもな」


「でも勝つって……」


 どうするつもりだ。わざと負ける? けどあの景春相手にわざと負けるって無理ゲーすぎないか? 要は呂布相手に負けたふりとか……無理無理。真っ二つにされるわ。


 なんて馬鹿らしい想像を必死に打ち消していた間に、戦局は次の段階に移ろうとしていた。この長尾景春の乱。その最後に。


 それは1人の人物の出現によってで、


「イリス!」


「っ、カタリア!?」

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