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挿話7 クラーレ・インジュイン(イース王国将校)

 ――時間は半日ほど巻き戻る。


「遅い」


 イリスと妹が出かけて半日以上経っている。すぐに戻ると言っていたけど、少し甘く見過ぎたか。

 去年の戦いから軍神と一部ではもてはやされている彼女も、たかが15の小娘。敵地がどういうものか、考えずに突っ走って危険な目に遭っているかもしれない。

 あるいはもう殺されている可能性も……。

 それを見越してそれと分かって自ら送り出した自分の失態か。


 ……失態?

 いや、違う。あの娘ならなんとかすると思い送り出したのは失態ながら、どこか失敗することを見越して命令した節もある。


 才能ある少女の破滅。

 ましてや自身が眼で見出した者の破滅は、想像するだけで気持ちが高ぶり絶頂しそうになる。


 さらに軍略として見れば、あの子たちの死は、戦意高揚と敵への戦闘意欲の向上を見込める。

 あの馬鹿妹も一緒に死ぬだろうが、それはそれでいい。いつも自分の後ろをついてくるしかなかった哀れな少女。あの父を妄信し、かつ家柄に縛られた残念な思考。その破滅を見るのも、また一興だ。


 我ながら歪んでいると思う。

 味方を、家族を犠牲にしてまで自らの快楽の種にしようとしているのだから。


 けど悪いとは思わない。

 だってそれがわたしだから。

 あの父親の血を引く、インジュイン家の女だから。


 きっと父親を妄信するあの子もいつか気づく。

 自分の中にある血の呪い。そのおぞましさに、そしてそれが引き起こす破滅に……。


「あのクラーレ様」


 そう言って陣幕に入って来たのは妹の幼馴染のユーンだ。


 いつも冷静で純粋、あの暴走妹をサンと共に抑えているのは良いコンビネーションだと思う。あるいはあの愚妹を血の呪縛から放つのは、この子やサン、イリスのような純粋さを持つものなのだろう。そう思わないでもない。


 ただ、今。ユーンの表情はどこか戸惑っているようで、いつもの冷静さがない。一体どうしたのだろうか。


「ちょっとよいでしょうか」


「なに?」


 振り返る。その時にユーンの背後の人影に気づく。


「ちょっとどいて」


 そう言ってユーンを押しのけて入って来たのはタヒラ・グーシィンだ。

 確か旧ウェルズ領でのトンカイ国とのにらみ合いをしているはずの彼女がなんでここに?


「タヒラ。何のよ――」


 聞く前に一瞬のうちに間合いを詰められた。そのままタヒラは思いきり振りかぶった右こぶしをわたしの頬めがけてフルスイングしてきた。

 まさか、という思いとタヒラなら間違いなくやる。その背反する思いが判断を一瞬遅れさせた。


「くっ、なにすんの! 気でも狂った!? これだから年増は……」


「……これ」


 と、タヒラが投げてよこしたのは、吹けば消えそうな小さな紙片。

 そんな紙切れが一体どうしたのか。


 地面に落ちたそれを拾い、そして一読した瞬間、頭を雷で撃たれたような衝撃に見舞われた。


「なん……」


「だからあんたは甘いのよ、クラーレ。甘すぎて吐き気がするくらいムカつくわ」


 それは手紙だった。宛先は旧デュエン国のいち豪族。差出人はカゲハル・ナガオとある。


 そしてその内容は――


「デュエン国で一斉蜂起!? しかも、イリスとカタリアを人質に取った!?」


「そういうこと。あんた。その状況にも関わらず、本陣でのんびりなんてね」


「ふぅん? それならなおさら、あんた、なんでこんなところ――」


 ガンっと一瞬目が暗くなり、星が舞った。

 殴られた。と分かったのはタヒラが拳の先にさすっていたのを見てからだ。


「行き場のないあたしの怒りを晴らす場所がここらにある気がしたのよね。てかあんた。そんなにあたしの鬱憤晴らしの相手になりたいわけ?」


 くっ。この野蛮な猿め。これだから20を超えたババァは。


「失礼なこと考えてるでしょ?」


「はっ? まさか」


「ま、いいけど。デュエン領には兵を増強させたわ。あたしがいなくても数日は持つでしょ。それよりこっちよ、問題は。本来なら軍法会議を待たずにあたしが八つ裂きにしてやるところだけど、一応あんたも方面指揮官だから。執行猶予をあげるわ」


「何を言って……」


「今すぐ全軍出撃しなさい。山を焼いてでも首謀者と謀反人を殺しつくしてイリスを助けるわ。その果てにイリスが死んでたら……あんたも殺してイリスの墓前に添える」


 この女の目。本気だ。本気でわたしを殺す気だ。

 そしてその後、自らも自死するに違いない。それほどこの女の家族に対しての思いは激しい。


 何を考えているんだろうか。家族なんて。いたところで腹の足しになるくらいしかないのに。だから年増は嫌いだ。


 ああ、それにしても。殺されなかったか。あの2人。

 残念と思う反面、かなり安堵している自分がいる。彼女たちの死を望みつつも、どこかで無事を祈る。ああ、本当にこの血の呪いは面倒だ。さっさと死んでしまいたい。

 いや、どのみち年が明けたから、来年には自分は死ぬつもりだ。けどこんなヒステリーに殺されるつもりはない。もっとも美しく、そして満たされた果てに死ぬ。それがわたしの終末。そしてそれは今じゃない。


「分かった。全軍出すわ」


「よろしい」


「1つ聞きたいんだけど」


「なに?」


「イリスはまだ生きてると思う?」


「……当然。あの子はあたしの妹よ。こんなところで死ぬわけないじゃない。あの子はあたしより頭がいいし、腕っぷしも強い。だからきっともっと出世してあたしすら顎で使う人になる子よ。だから何がなんでも助け出す」、


 やれやれ。これも本気。

 本当、この女はどこまで真っすぐ飛ぶ矢のような人間だ。わたしとは正反対。だからこそ、ここまで殺したいと思わせるのだろうけど。


「あんたも覚悟を決めたみたいね」


「はぁ?」


「その目。目的のためなら他人を縊り殺すことをいとわない目。その目が気に入ったから、あんたはまだ生きてるのよ。あんたなんかあたしが引き揚げなかったらこんなところまでやれてないからね?」


「違いますー、実力ですー」


「そういうことにしておいてあげる。さっ、さっさと行くわよ」


 そう言って本当にさっさと陣幕から出ていってしまったタヒラ。


 ったく。本当に気にくわない。

 その気に入った目とやらは、あんたに向いてるんだって。いつか後ろから、ではなく真正面から殺す。その時のために、しかたない。イリスと愚妹を助けにいってやろうか。

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