第43話 決裂のこと
「そんな……無茶苦茶だ!」
景春が語った構想。それは蟻が巨象に立ち向かうようなもの。
大陸の八大国に数えられるトンカイ国、そのトンカイ国より少し劣るが新進気鋭で八大国相当まで返り咲いたイース国。その二国に挟まれて表裏卑怯の動きで国を保とうとするザウス国。そのザウス国のたかが一地方豪族が、世界の8分の2を相手に戦いを挑もうというのだから自殺願望のある愚行としか思えない。
それを熱を込めて語った。
そんな無駄なことをするより、僕らと一緒に戦ってほしいと。いや、トンカイ国についてもいい。だからそんな自殺みたいなバカげた行為をやめさせたかった。それはこの長尾景春という一個の英雄を惜しむからではなく、それに巻き込まれる人々のことが哀れでならないからだ。
100%の死が待つ反乱。
よく「去りたいものは去れ。恨みに思わん」みたいな感じで、誰も去りませんでした、みたいな美談があるけれど。あんなもの美談でもなんでもない。実際、自分がその場にいたら本当にそこで去ることができるか?
答えはノー。僕は無理だ。どれだけ恨まないと言われても、恨む人間は必ずいるし、最悪、暴走した誰かにその場で殺されるかもしれない。義理とか人情とかで付き合わざるを得ない場合だって存在する。というかその場でノーと言えるほど強くあるわけじゃない。自分が謀反なんてしたいなんて思わなくても、その時その場所にいたというだけで死への行軍を余儀なくされるなんて、とてもじゃないけど付き合ってられない。
だからそんなものは、愚行に突き合わせるための君主のアリバイ作りみたいなもので、それに付き合わされる身としてはたまったものじゃい。
この男は、そんな人を量産しようというのだから、怒りよりなによりなんとかしないとという気持ちが先行するのだ。
だが景春はふっと笑みを漏らすと、
「どうかな。少なくとも俺が打診したところでは、立ち上がってくれるって言ってたがな」
「え……」
「旧デュエン国の臣。そしてトント国の旧来勢力。それが蜂起するだけであんたらの国の権力基盤はガタガタになるだろう。さらにゴサ、クース、ゼドラといった勢力にも周波は送ってる。ゴサはともかく、クースとゼドラは俺たちが起ったら呼応して攻め上がるみたいなことは約束してくれたぞ」
……なんてこった。
すでにそこまで水面下で進行しているなんて。
トント国はそこまで問題じゃないと思っている。なぜならほんの数か月前に現地勢力と協力してトント国を圧政から解放したのに協力したばかりだ。トント旧勢力が立ち上がったとしても、今トント国を治めている元反乱軍のタロンさんらとしては、反乱の芽をつぶさないと自分の身が危ないから必死になるだろう。
けどデュエン国はヤバい。
元々八大国の1つだったという自負心は誰よりもあり、イース国の下につくなんて耐えられないだろう。大陸中央で肥沃な大地という好立地による人口の多さから、反乱の規模は他の比じゃない。平知盛や山県昌景といった軍の指導者は失ったものの、数の暴力と地の利という2つでイース国とトンカイ国を相手取ることは可能だろう。
デュエン国の旧太守がイース国に亡命していることはなんの防波堤にもならないだろう。国を滅ぼした戦犯として、むしろ士気高揚に使われる可能性だってある。
それでももちろん、タヒラ姉さんを筆頭にしたイースの軍や、関羽を抱くトンカイ軍を相手に有利な戦闘を行えるとは思えない。この2人が東と西からしらみつぶしに鎮めていけば、反乱はまたたくまに収まるだろう。
だがそこでの景春だ。
「それで僕ら、か!」
「頭の巡りがいい女。嫌いじゃないぜ」
我が意を得たり、と景春がニヤリと笑う。
そう。そこでこの景春の暴挙が生きる。デュエン国と距離もある正反対の場所での少人数の蜂起だが、僕らにとっては背中をいつ脅かされるか分からない厄介な敵だ。しかも放っておけばザウス国に同調するものが現れて、ザウス国全体が反乱に走る可能性だってある。
ならこっちを先に、と思ってもここ周辺は山が多く、平地が少ない大軍を展開するのに向かない土地。さらに率いるのが何度負けても立ち上がりひたすら反逆を貫くという長尾景春だ。
そしてそこに武器としてあるのが僕らの存在。
先ほど挙げた、タヒラ姉さんと関羽という2人のエース。それに対して有効な人質が僕ら――もとい、僕と小松だ。
僕はもちろんタヒラ姉さんの妹という立場だし、そういえばだけど小松は関羽の養女となったみたいな話を聞いた覚えがある。だからこちらを先に潰そうとタヒラ姉さんや関羽が来たとしても、僕らという人質を前に有効な手立てを打てずに時間を浪費する、という目論見だ。
この場合、時間は反乱軍に味方する。同調者が出るかもしれないし、何より内を固められないうちに外から攻められる可能性がある。それがゴサ、クース、そしてゼドラの3国。
景春の話ではゴサは色よい返事がなさそうだったけど、クースとゼドラの2国が動くと本当にヤバい。
クースはトンカイを挟んでイース国とは真反対の島国だからうちらにはあまり影響はないけど、ゼドラ国は陸続きで、先にトンカイ国が抑えた旧デュエン領を通過しないといけないものの、そのままこちらになだれ込んでくる可能性だってある。
しかも率いるのが白起、呂布、項羽、為朝、巴御前といった猛将たち。彼らが旧デュエン領を駆け回れば、反乱軍たちは活気づき、むしろゼドラ軍に味方することだってあり得る。
そうなれば終わりだ。
なし崩し的に領土を奪われて気づけば元のイース1国になってるなんて未来が見える。そしてその時はゼドラ国の獰猛な刃の前にさらされることとなるだろう。
「…………いや、ない。ありえない。そんな確率の低い賭けに出るなんて」
必死に頭を動かしてそこまで考えたところで否定した。
そう、それは全部が上手くいった場合のこと。
もしかしたら誰も立ち上がらないかもしれないし、立ち上がっても現地の軍ですぐに叩き潰されるかもしれない。ゼドラ国も土方さんらの抵抗でうまく動けないかもしれない。タヒラ姉さんや関羽に僕らの人質が通じない可能性もある。総じてあまりに賭けの要素が多すぎるのだ。
「かもな。だが勝率が低かろうが、俺にはそんなことは不利じゃない。味方なんて誰もいない。それでも道灌殿に立ち向かわなくちゃいけなかったあの頃と比べれば。今はなんとでもなるほどだ」
一体、彼に何があったのか。その歴史を知らない僕にとって、彼が何をそこまで追い詰めたのかは分からない。
「それでも、なんとか思いとどまってくれないか。せっかく、こっちの方も争いがなくなりそうなんだ。これ以上、戦いを広げるのは、それこそ民のためにならないんじゃないのか?」
これが最後のお願いだった。ここが接所。ここで説得できれば、トンカイ国との和睦も含めて世界が良いように回り始める。
そんな僕の懇願に対し、景春は少し目を見開いたが、
「…………もういい。放たれた矢は的に向かって飛ぶしかない。お前は駒だ。俺が飛躍するための。駒は駒なりに、黙って戦局を眺めていろ」
それだけ言うと景春は部屋の外に出ていった。相変わらず吊り下げられた状態での放置プレイかと思ったけど、すぐに兵たちがやってきて倒れた小松を縄で縛って運んでいった。
僕に対しては、髪の毛が数本しか見つからない、腰の曲がったしわくちゃの老人が手当てをしてくれた。ひどく不安だったけど、手際は良くて消毒と包帯で止血という処理をサッとこなしてくれた。傷も深くなさそうだから、とりあえずは大丈夫だろう。ちょっと庇うようにはなるけど。
それから兵に囲まれたまま、再び牢に戻された。服装はそのままだったから恥ずかしいったらありゃしない。縛られた手は若干うっ血していたけど、それでなんとか前を隠すしかなかった。
はぁ、それにしても憂鬱だ。あれだけ大見得切ってカタリアに脱出の準備をとか言っておいて怪我をして再び虜囚の身になるなんて。一体どんな嫌味を言われるか……。
「イリス! 無事でしたの!」
僕を見つけたカタリアが鉄檻にしがみついて叫ぶ。なんだかんだ心配してくれたのか。いや、あいつのことだから、どうせ次に来るのは叱責の一言だろう。
「……って、なんですの、その格好に、傷!」
おや、まさか僕の体の心配の言葉が出るとは。これは明日は雨じゃないのか。失礼なことを考えてるな、僕。これでも仲間思いだったりするんだよな。多分。
「イリスっち、無事?」
「ああ、サン。なんとかね」
牢に入れられたところでサンに答える。
「ちょっと、なんでわたくしには答えないのです?」
「はいはい。大丈夫だよ、カタリア」
「……ま、いいでしょう。それで、この女は誰ですの?」
と、カタリアが牢の奥に目を向ける。
そこには気を失ったままの本多小松が倒れていた。




