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第34話 拠点の中のこと

 50人ほどの兵に連れられて山を登る。

 もちろんすんなり道案内してくれているわけじゃない。前後を槍を構えた兵が僕たちを挟み、逃げようとでもすればすぐに槍が飛んでくることになる。


「いやーVIP待遇だなー」


 そういう皮肉でも言ってやりたくなる待遇だった。しょうがないけどさ。


「なにがVIPですの。いいこと、イリス。何かあったらわたくしをまず逃がしなさいよ」


「へいへい」


「へいじゃなくてはいでしょ!」


「はいはい」


「はいは1回!」


 なんかこのやり取りも懐かしいな。サンはにやにやしてるし、その様子を見た反乱軍の人たちは眉をひそめている。


 それから10分ほど山登りをして、少し息が切れてきたころ。木々が途切れて開けた場所に出た。そこは外から見たあの大きな砦。どうやらここが反乱軍のアジトということらしいが。


 砦と言ったけど、若干(おもむき)が違いそうだ。何重もの柵や矢倉があり、中央には大きな広場があってそこに100人ほどの兵が並んでいた。さらに奥には大きな建物があり、その周囲に小さな小屋が林立している。

 どちらかというと村という雰囲気の場所に、どうも違和感がぬぐえない。


 ただそう感じたのは僕だけのようだった。他の皆は特に何も感じることもなく、兵に連行され奥の建物へと歩いていく。

 建物の中はそれほど凝った作りになっていない。もとよりこんなところで物資もさほどない場所だから、豪勢にしようにもできないのだろう。

 むき出しの地面にただ柱を立てただけの建物の奥。そこは30人ばかりが入れるほどの、大きな一室になっていた。そこはさすがに地面を板で覆い、清潔感のある広間になっていた。


「お頭、連れてまいりました」


 案内役が、部屋の中央に胡坐をかいて座る男に向かって声を張る。


 途端、ギョッとした。


 お頭と呼ばれた男は20代後半から30代前後の壮健な男性で、太っても痩せてもいない特徴のない体つきをしている。顔は少しえらの張った感じがあるもののいたって普通。誰もが振り返るイケメンのような顔でもなければ、鬼瓦みたいな恐ろしい感じでも、狂暴なでこぼこした感じでもない。髪型も普通で、どこにでもいるような見た目。


 ただギョッとしたのは、その男の顔形によるものではない。

 その男の顔――いや、瞳はこちらを睨むでもなく、かといって優しく迎えるでもなく、ただこちらを見ているだけのように見える。ただその眼差しから発せられる圧というか、迫力はただの男ではないと脳が警報を鳴らしていた。いや、危険とも思える。猛禽を思わせるほどに獰猛だ。


 だからその男が無造作に立ち上がり、こちらを睨みつけ――


「やぁやぁ、よくぞ参られた。イース国の騎士殿!」


 急に破顔した時には呆気にとられた。


「え……?」


「さぁさぁ、そんなところで止まってないで。こっちに座ってください。いや、どうも椅子というものは苦手でしてね。ほら、座布団を出しましょう。5人とはなかなかの大所帯だが、心配ありません。ここは2千以上の人間が暮らす場所だから5人くらい増えても問題はないのですから。はっはっは」


 カタリアと視線を交わす。

 さっきまでの圧はどこへやら。今ここにいるのは調子のいいお兄ちゃんといったところ。拍子抜けもいいところだ。どことなく粗野な感じの小太郎を思わせる。


「それじゃあ、遠慮なく」


 男の下手下手に出る所作に完全に毒気を抜かれた僕らは、彼が出した座布団にそれぞれ座る。真ん中がカタリア、右にサンと本庄繫長、左に僕、千代女となる。

 対してカタリアと僕の間の対面に座った男は、頭を掻きながらこちらに小さく頭を下げる。


「いや、申し訳ない。イース国の方に槍を向けるなど」


「はぁ」


「山登りで疲れたでしょう。今、お水をお持ちしますので。そちらのお方はお酒が良ろしいかな? お腹は空いていませんか? 今、昼飯を作っていますので、どうぞ食べていってください。いや、こんなところにあるものなので、味の方は保証はできませんが」


「おお、酒ならなんでも構わないぜ!」


 繁長が嬉しそうに答える。


 対する僕らは完全に拍子抜けした。それと同時に警戒もした。

 そう。そもそもおかしな話なんだ。彼らはザウス、そしてイース国に抵抗して反乱を起こしているのだ。そしてこの男がこの集団のトップということになるなら、この歓待はおかしい。


 何か裏があるのか。あるいは……。


「失礼いたします」


 と、右側にあった扉が開き、1人の少女が入ってきた。手にしたお盆に乗っているのは、2つのビンと6つのコップ。コップといっても木を削っただけのようなボロ――簡素なもの。ビンも陶器のようだけど、土気色して見栄えはよくない。


「ああ、これですこれ。いや、見てくれは悪いんですが、味はなかなか。どうぞ、喉を潤してください。ああ、そちらの方にはお酒の方を。いや、イース国の方にお出しするのは恥ずかしいんですがね。我々としてもそう裕福ではないので、このようなボロ茶碗しかないのですよ」


 男が少女に指示しながらべらべら喋る。少女はこちらを見ようともせず、ただ黙々とビンの中の液体をコップへと移していく。


「ささ、どうぞどうぞ。毒など入っていません、と言っても信じてくれないでしょうね。ではこちら、自分が先に飲みますから。ん……ん……ぷはぁ! これが美味い!」


 ああ、美味そうだなぁ。山登りなんて運動した後だから、酒もうまい……いや、僕はまだ学生だからお酒は飲めないなー、残念だなー。


「はっは! 毒なんて俺は気にしねぇよ。んじゃいただくぜ!」


 繁長は豪快に一気に飲み干す。カタリアとサン、それに千代女もコップに口をつけた。

 毒というのが気になるけど、確かに今この男が飲んでたし。それに初夏の山登りでさすがに汗をかいた。そこに他人が飲んでいるのを見れば、僕も喉が鳴るというもの。

 何より忍者の千代女が飲んだんだ。僕なんかよりそういったものには精通してる彼女が飲んでるなら問題ないということだろう。


 一口。天然の石清水か、と思うくらいに澄んだすっきりとした味わいが口に広がる。どうやら想像以上に水分を欲していたらしい。一気にコップの水を飲み干していた。


「で、あんたは何が目的なの?」


 喉を潤して舌が回るようになったのか、カタリアが佇まいを直して男に問い詰める。


「いえ、目的など。こちらとしてはイース国にぜひお近づきになりたいと」


「イース国に反旗を翻す連中でしょ」


「それが誤解なのですよ」


「誤解?」


 ええ、と前置きをして男は説明を始める。


「我々は確かに。イース国に降ったザウス国の上層部に良い感情は抱いていません。国民に何の説明もせず、イース国に降ったから言うことを聞けといきなり言われても困ります。これまで争ってきたイース国にいきなり頭を下げろと言われて、わだかまりがそう簡単に解けるはずもありません」


「だからあなたたちは――」


「はい、ですが本気で反乱を企むなどということは考えておりませんでした。気づきませんでしたか。我々が、この反乱軍を構成する町や村がザウス国都から離れていると」


「当然気づきますわ。それほど、本国に対する忠誠心がなかったということでしょう」


「違うのです。国都から遠い。それはすなわち他国との境にあるということです。これがイース国側の方でしたら問題ありませんでした。ですがここにいるのは南のトンカイ国との境にいる者たち。我らは脅されたのです。反乱を起こさなければ、山ごと焼き払うと。そうなれば我々は生きていられません。さらにトンカイ国は我らの中から人質を取り……ですからこれは仕方なくなのです」


「ふぅん」


 カタリアが鼻を鳴らす。


 そういうことか。彼らとしてはイース国に対する不満から、というだけのものじゃなかった。トンカイ国による調略の一種。離間、そして破壊工作という諜報戦の一環だったようだ。

 やっぱりこの反乱の裏にはトンカイ国があったということがはっきりした。それが分かったところで事態は変わらないんだけど、1つ良い点としては、この反乱の首謀者のこの男がトンカイ国のやり方に反感を覚えているということだろう。

 そこをうまく誘導してやればこの反乱は逆にトンカイ国を追い詰めるための切り札になりうる。そう感じた。


「けど、それならザウス国に頼むべきでしょう? イース国に完全に併合されたわけじゃないのですから、今はまだザウス国がしっかりと守らなければならないはず」


「それはもちろん。本国に何度も使いを出しました。しかし帰ってくるのはなしのつぶて。もちろん貴国にも送ったのですが、そちらはトンカイ国の本隊に対しなければならず、こちらまで兵を出してくれないのです」


 出してくれない、というのは厳密には違うだろう。イース国としては、ザウス国を完全に滅ぼして支配下に置いたわけではない。降伏と言ってもまだザウス国としての独立性は保っているわけで、そんなところにイース国の軍を入れたらザウス国にとっては面白くない。それを理由に降伏を反故にしてトンカイ国と共にイース国を再び襲うなんてこともあり得る。


 だからそこはザウス国が対処してもらう必要があるんだけど、やる気がないのか静観しているのか何の対応もしていないのだから彼らとしては自分たちの生活を守るためにトンカイ国に従ったということになるようだ。


 それからカタリアが相手の男に色々と質問をする。たとえば構成員の数だったり、所持している武器の量だったり。軍資金や兵糧の数も聞きだした。さらには、


「トンカイ国からは2名が来ました。ひょろながい痩せぎすな男と、少し意志の強そうな女性ですね。え、髭? いえ、そのような髭はありませんでした」


 関羽じゃないということでとりあえずホッと一息。

 カタリアが質問をほぼほぼ出し尽くした頃合いを見て、僕は口を開いた。


「カタリア、ちょっと僕からいいか?」


「ええ。あとはあなたに任せますわ」


 色々聞き出したはいいけど、どこをどう攻めてこの反乱を終わらせるか。それをやるのは性格上カタリアには無理だ。というわけで僕が軍師という立場で相手の説得に入ることにする。

 ここで説き伏せれば、そのままゴサへの道が開ける。その思いを抱いて、小さく深呼吸。さて、どうやってこいつを説得してやろうか。

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