第32話 反乱のこと
一揆。
そう聞けば、大概の人は武器を持った農民の反乱、というような光景を思い浮かべるだろう。歴史もののドラマとか漫画とかからそういうイメージを植え付けられていると思う。
ただしそれはいわば『百姓一揆』というもので、江戸時代の農民たちが起こす蜂起として捉えられることが多い。しかもその実態は刀狩りと身分制度で武器を禁じられた農民たちが奉行所などに押しかけるデモのようなものだと研究されている。
それなら一揆なんてものは結構平和的なものなのかというとそうでもない。
江戸時代以前、つまり鎌倉、室町の時代などにさかのぼると、農民も普通に武装しているから武装蜂起は当たり前。さらに武士や浪人を交えて本格的な武装勢力として登場したり、『加賀の一向一揆』で有名な宗教勢力も入り込んだりする。
つまり何が言いたいかというと、この中世――国や世界は違えど同じような時間軸だろう――の世界において、一揆というのはただの農民のデモではなく、一種の武装勢力による破壊活動といっても過言ではないものになるのだ。
ただそれが分からないのが、なぜイース国の陣地を襲おうとするのかだけど。
「ま、要はそこが大人の戦ってことよ」
敵襲騒動からようやく落ち着きを取り戻したクラーレ麾下の陣地では、今は少し遅めの昼食となっていた。すでに陽は傾いているけど、周囲の警戒や被害の確認、トンカイ国の軍勢の同行を見たりしているとこの時間になってしまったのだ。
パンとクリームシチューにハムという簡素な食事を済ませながらクラーレが僕たちを集めて語った。
「トンカイ国の宣戦布告を受けて、困ったザウス国はイース国に心中することにした。それは国が生き延びるために、まぁそれなりに適した処世術だと思うわ。少なくともザウスの国都は安堵したらしいって聞くしね。祝賀祭みたいのも開かれてたし」
一気に滅亡の縁に立ったかと思いきや、今や八大国に名乗りを上げた新進気鋭のイース国を味方につけた、しかもトンカイ国と真正面から戦ってくれるんだから御の字ということだろう。
「けど、それってほんとに皆が望んだことかな?」
「あ……」
そうか。僕はまだまだ頭が固い。というか人を見ていないということか。
平定したノスル、トント、ウェルズ、そしてデュエンの統治が大事だと思ってたのに。そこにすぐに行きつかないのは、確かに子供と言われても仕方ない。
ただデュエンやトントのように力で収めたのではなく、ノスルやウェルズというように自ら進んで傘下に入ったという例から見てあまり問題視していなかったのかもしれない。そう、ノスルやウェルズと違ってザウス国は絶賛敵対中で、しかも太守が亡くなったり、軍が壊滅したりもしていない。
「まだまだザウス国は戦えるのに、なんでイース国なんかに臣下の礼を取らなくちゃいけないんだ」
「イース国には和睦で十分だろう。それでトンカイを打ち破って逆に侵略して、力をつけてからイースとも雌雄を決すべきだ」
なんて声が上がらないわけがない。
いや、うちとの和睦なんてそう簡単にできるわけないとはいえ、ザウスが滅びると困るのはイース国も一緒。そしてイース国は麾下に入った土地の鎮撫であまり外に兵を割けないとなると、和睦、もとい停戦くらいで収めることもできたかもしれない。
人間は未来が見えないから、自分ならこうする、ということが間違っていても、その結果を体感しない限り過ちを見ることができない。ABテストといっても、その場その時その瞬間その人たちに起こりうることがAかBか同時に計測なんて、真実はできないわけで。Aもいいかもしれないけど、もしかしたらBの方が優れていたんじゃ。いや、きっと優れていた。Bの方が圧倒的に優れているのに、なんでAを採用したんだ。みたいな感じで、あり得ない未来を信じて暴走することだってあり得る。
それが今。
この時、この場所で起きている出来事。
「つまり、ザウス国の中にイース国の傘下に入ったことが許せない人たちがいて、それがここに攻め寄せてくると」
「攻め寄せるなんて格好いいことじゃない。火矢を撃ち込んできたり、柵を倒したり嫌がらせレベルよ。これまで10回くらいあって、怪我人は出たけど死者はゼロよ」
うぅ、人的被害はないとしても、この嫌がらせは辛いな。
「お姉さま、なんでそんな不届きものを放っておきますの? イース国に服したのなら、平身低頭、頭を下げるのが道理でしょう? そのような者、わたくしが罰してあげますわ!」
ふつか――いや風邪から復活したらしい、カタリアが得意満面に言い放つ。
いやいや、そう簡単に行ければ誰も苦労はしないんだろうけどさ。
その証拠に、クラーレは笑みを濃くしてカタリアを睨みつけ、
「うふふ、その考え足らずの言葉を発したのはその舌かしら? それとも足りていないのは頭の方かしら? その頭をすり潰してスープにした方がいいんじゃない?」
「ひっ……」
「おおぅ、カタリアの嬢ちゃんの姉御……なかなかいいこと言うじゃねぇか。俺に言ってくれないかなぁ。あの人を家畜のように見る冷めた目線。ゆくゆくは上杉の姉御に劣らずの加虐の達人になるに違いないぜ」
カタリアの横で変態が1人。はぁ……。
「で、イリスちゃんには分かってるんじゃない? この馬鹿が言ったようなことができない理由を」
おっと、ここで僕に振って来たか。やれやれ。この後の展開を思うと憂鬱だけど、ここで脳が足りてないと思われるのは癪だ。
「考えられる動機は3つ。傘下に入ってきた国の農民を殺した、となればイース国の権威が失墜する。次にせっかく傘下収まったのに、イース国の残虐性にザウス国が心変わりする可能性がある。それと『虐殺されたザウス国を救うため、トンカイ国がザウス国を保護してイース国を討つ』という風にトンカイ国に大義名分を与えるのが3つ目。そんなもんでどうです?」
「ま、及第点でしょう。あとは責任を追及されてわたしの首が飛ぶ、ということで最悪の選択ね。あなたは姉のわたしを殺すつもり?」
「う、うぅ……」
すっかり気おされてしまったカタリア。これでもう少しちゃんと考えて発言してくれるようになってくれればいいな。
「……イリス、勝った気にならないで欲しいですわ!」
まぁそうなるよなー。それがカタリアなんだけどさ。
けど民衆が敵か。そんなこと、今まで考えたこともなかったな。反感は持たれるかもしれないけど、まさか明確に敵対行動を取ってくるなんて。
「でも、どうする。このまま放置するには、問題が大きすぎる。けど討伐はできないのが辛いよな……」
「うーーーん? そうねぇ」
あれ、もしかしてこの反応。
首をかしげるクラーレに、嫌な予感がした。
「さぁ、分かんない」
「ノープラン!?」
「じゃあイリスちゃん考えてよ」
「なんで僕!?」」
「だって軍師なんでしょ? カタリアちゃんの」
「だ、だからってなんでここで丸投げ……」
「だってカタリアちゃんの軍師ってことは、わたしの軍師でもあるってことでしょ?」
「そうですわ! イリス! あなた、お姉さまのために考えなさい!」
「それがインジュイン家のやることか!」
「インジュイン家だからできるんですわ!」
くそ、売り言葉に買い言葉。けど確かに民衆の反乱があるのは問題で。それを放置してトンカイ国経由でゴサ国なんて行けやしない。
あー、もう!
「分かったよ、分かりました! やりゃいいんですよね、やりゃ!」
「さすがイリスちゃんだ。わたしが最初に目をつけただけある。カタリアちゃん、これ、くんない?」
「ふふ、お姉さまには渡しませんわよ。これはわたくしの物ですので」
「じゃあ半分こにしよう? 上下だとアレだから、そうね、じゃあわたしは左側でいいわ」
「仕方ありませんね。わたくしは右半分で我慢しましょう」
「半分って左右に何する気!?」
怖すぎた。この姉妹、怖ぇよ! しかも躊躇なく実行しそうだし。
くそ、なんで僕ばっかこんな役目に。さっさとゴサ国に行かなくちゃいけないのに、こんなところで道草を喰ってる場合じゃないのに。一仕事がずっしりと肩にのって憂鬱な晴れ渡る午後の日だった。
 




