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第27話 イース国南方面軍指揮官のこと

 南に進路を取って4日。

 ようやく目的の場所にたどり着いた。


 それまでの旅は、それこそ死に物狂いだった。それが緩和されたのが、3日目の昼。旧ザウス国の領土に入ってからだ。水はともかく食料も底をつきはじめたころ。発見した大きな街で馬車を手に入れたのが大きかった。

 問題はお金だったけど、それはカタリアが身に着けていた宝石を売った。


『ただの宝石ですわ。背に腹は代えられないでしょう』


 と言ったカタリアと、帝都での暮らしのために家宝の指輪を売ったラスとがかぶる。こういうところは、この世界の人たちはゆるぎないものを持っているんだな、と感心。


 とにかくそれで当面の移動手段と食料と水を確保できたのは大きかった。


 ただいいことばかりだけじゃない。


 街に買い物に行ったのは千代女とムサシ生徒会長。本当はカタリアが自分で行くと言って聞かなかったわけだけど、嫌な予感がしてその人選で僕が行かせた。

 そして思った通りの答えが返って来た。


「いやー、ところどころにお尋ね者の張り紙があったよ。カタリアくんを筆頭に、イリスくん、それからユーンくんとサンくんまで載っていた」


「な……」


 ムサシ生徒会長の報告にカタリアは完全に声を失っていた。


 この街まで僕らは3日かけたけど、国都から馬を飛ばせば1日もかからない。そうなれば先回りされて指名手配や検問というのもありえると思ったのだ。さすがに南の警戒は薄いからか検問はないみたいだけど(千代女偵察済み)、指名手配はされてたわけだ。

 いやー、元の世界ではありえなかった指名手配犯になるとは。うん、まったく嬉しくないな!


「まぁ私はカタリアくんたちみたいに大物ではないし、ユーンくんみたいに逃げたのがはっきしりているわけじゃないから気が楽だが。とりあえず君たちは顔が割れている。だからこんなものを買ってみたよ」


 と、ムサシ生徒会長が取り出したのは、色とりどりの布。


「まさかこれで顔を隠せと?」


「正解!」


「今、何月だと思ってます?」


「えー、いいじゃないか。きっと可愛いよ?」


 そういう問題じゃない。

 ちなみに今はすでに5月末。春の陽気から初夏に移り変わっている季節で、こんな布を顔に巻くなんて蒸してやってられない。


「てゆうか会長? こんなので顔をぐるぐる巻きにしたら逆に目立つのでは?」


「普通、帽子とか買って来るよねー」


「がーん! せっかくたくさん考えて買って来たのに……」


「ま、まぁ気持ちだけ受け取っておきますよ」


 というムサシ生徒会長のおちゃめな一面を見つつ、さらに馬車で1日。とはいえ自分の足で歩くのではないから、移動自体は楽ではあったが。

 ようやくたどり着いたそこでは――


「止まれ! 何者だ!」


 厳しい叱責で通せんぼされた。全身を鎧で覆って槍を構えた兵2人が立ちはだかるそこは、木の柵で覆われた陣地だ。

 今、トンカイ国とにらみ合っている最中の陣には緊張が漂っていて、仮にも一般人が近づいていいところではない。


 ただ、それに怖気づくこともなく、我らがカタリアお嬢様は馬車から降りると、その兵に向かって鷹揚に告げる。


「お姉さまに会いに来ましたわ」


「お姉さま?」


「イース国軍南方面軍指揮官、クラーレ・インジュインよ」


「あ! もしやインジュイン家のお嬢様……」


「もしかしなくても、このわたくしこそ隠れなき名家の次女カタリア・インジュインですわ!」


 お尋ね者がよくもまぁそう堂々と名乗れるものだよ。本当、そのクソ度胸だけは褒めてあげよう。


 対する兵たちは顔に困惑を浮かべて互いに視線を交わしている。

 おそらくここにも僕らの指名手配は来ているのだろう。けど、お尋ね者とはいえカタリアはインジュイン家の子女、さらに彼らの隊長の妹なのだ。下手に動いて捕縛して、隊長の怒りを買うのはどうかと考えてしまうのも当然だろう。

 まぁこれが前に考えたカタリアが役立つだろうことの最たるものだったわけだけど。


「わ、分かりました。しばらくお待ちください」


 どうやら効果は抜群だったみたいだ。

 これが僕とかだったら、いくらクラーレに気に入られているっぽいとはいえすんなり行かなかっただろう。


 それから待つこと1分弱。

 駆け戻って来た兵が慌てて柵をどかして、僕らの馬車を陣地内へと入れた。そこで僕らは馬車から降りて、兵たちに先導されるがままに陣の奥へと案内される。

 もちろん先頭はカタリアで、ユーンとサンが後に続き、それからムサシ生徒会長、僕、千代女、殿しんがりは繫長だ。


 陣は大きさに比べて兵の数が少ない。おそらく外で練兵か、あるいは偵察に出ているのだろう。いくら停戦交渉を行っているといっても、それですぐに戦いが終わりました、ということにはならない。停戦交渉を盾にして、奇襲を企てると言えないことはないのだ。そしてここを抜けば、イース国国都まで大きな障害はなくなる。だから停戦が完全にまとまるまでは、気を緩めることができない。

 それでも残った人数の兵たちが、何事かと興味深そうな視線を向けてくるのが痛い。


 案内されたのは、陣の中央あたりにあるひと際大きなテント型の陣幕。そこにクラーレがいるのだろう。案内の兵は僕たちをその入口の前で止めて、幕の前で声を張った。


「将軍、お客をお連れしました!」


「入れ」


 久しぶりに聞くクラーレの声。

 思えば帝都に出発する前のトント国攻めの時以来だから、もうかれこれ4カ月は会っていないのか。


 クラーレといえば、あのボンテージファッションで、超がつくほどのドSなお姉さま、という感じだったけど。

 今の声を聴く限り、なんかすごい重厚感のある雰囲気を感じた。


 幕が開けられ、中に通される。そこはクラーレ専用の居室兼指令室となっているらしい。中央に僕が3人くらい寝られる大きなテーブルがあり、そこに近辺の地図が広げられている。その地図の上には、赤と青の人形らしきものが散らばっているから、それで敵味方の位置を表しているんだろう。


 そのテーブルの奥。黒のレザーのボンテージファッションの女性が背中を見せている。背中がばっくり開いていて、すさまじくエロティシズムを感じさせるが、そこにあるのは白い肌ではなく隆々とした筋肉に支えられた肌黒い肉質。いや、これもある意味ちょっとエロいけど、さすがは最前線の将軍という圧を背中から感じ取れる。


「お久しぶりです、お姉さま」


 カタリアが礼にのっとって頭を下げる。


「カタリア、それにイリスか」


 あれ、と思った。

 確か僕のこと『イリスちゃん』とかって呼んでなかったっけ? 呼び捨てなのはまぁいいけど、その声がやっぱり違う。いつものどこかおちゃらけた感じもなく、真面目一点張りの口調。


 そしてそれは彼女がこちらに振り向いてより衝撃となった。


「お姉さま……」


 カタリアが絶句する。そしてそれは千代女と繁長を除いた、以前の彼女を知っている者も同様だ。


 クラーレに目がなかった。

 いや、あるはずだ。だけどその左目に黒いアイパッチをしている。海賊が使ってそうな眼帯だ。

 もともと髪の毛で目は見えないようなものだったけど、それは外側からのことで、彼女自身両目は存在していた。けど今はその髪もあげられて、むき出しになった瞳と共に武骨なアイパッチが彼女の“らしさ”の一切を消し飛ばしてしまっている。

 そこにいるのはSMボンテージの超ドS変態のクラーレ・インジュインではなく、片目を失いながらもトンカイ国と互角に戦い、南の重しとして君臨し続けた将軍クラーレというもの。


 そのあまりの変貌に僕らは言葉を失い、さらにその風貌が醸し出す圧に押され気味だった。


 ――ぷっ。


 何かが噴き出すまでは。


「やぁーい、引っかかった引っかかった!」


「へ?」


 突然、その眼帯の女将軍が破顔した。さもおかしそうに。眼帯の将軍がしないような顔をして。


 呆気にとられて何も言えない僕らをけらけらと笑う女将軍は、アイパッチをむんずと掴むとたくし上げ、その無事な瞳を見せて邪悪に哂った。


「カタリアちゃんにイリスちゃん。ハロー、元気ぃ、2人ともー。あー、元気じゃないか。お尋ね者だもんねー。うふふ、ならお仕置きしなきゃねぇ。それにムサシちゃんもいることだしぃ。さぁ、今日は寝かさないわ……ううん、寝られると思ったら大間違いよ」

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