第26話 逃避行のこと
策は簡単なものだった。
まず千代女の分身が東から門に接近する。それに気づいた門番は5人を捕縛に差し向けた。それから数分して今度は西から同じく千代女の分身を門番に発見させた。再び5人が捕縛のために動く。
その時には門番の数は半減していた。そうなればこちらは4人、相手は10人。僕と繁長、千代女がいれば相手に声を上げさせるまえに倒すのは簡単だった。
それから千代女の分身が2階にある門の開閉所を制圧。開いた門から悠々と出ることができたというわけ。
門を出て少し行ったところで、サラたちと落ち合った。
案の定、ユーンは先ほど以上に、サンとムサシ生徒会長はぐったりと膝を落としており、サンはカタリアに対して、
「お嬢、恨むから」
とやっぱり文句を言っていた。
なんにせよ無事に国都から脱出した僕らだが、そこでサラーーもとい小太郎とは別れることになる。
「それじゃあ各国の状況をお願いするよ。それと……できればカタリアの父さんについて探ってもらえないか」
「ふん、イリスの割には鋭いことをしますわね。けど……お願いしますわ。お父様がいったい何をしようとしているのか。その情報を出来るだけ集めたいと思っていましたの」
「ですか。分かりました。……は? 小太郎! めんどくさいとか言わない!」
「えと、大丈夫ですの?」
「あ、大丈夫です。ちょっとそういう癖で……笑ってんじゃない、小太郎!」
「イリス、この子、大丈夫?」
「あー、大丈夫大丈夫。腕は確かだから」
「そう、ならいいのですが。できればあの女狐についてもお願いしますわ」
そうだ。そのことはかなり重要なこと。
とはいえカタリアたちには聞かれたくないので、サラに顔を寄せて小声で相談する。
「サラ、もしかしたらその父親についている女。もしかしたら僕らと同じイレギュラーかもしれない」
「! どこぞの英雄ですか。しかし女性ですか……ちっ」
「え、どうかした?」
「いえ。小太郎が美女なら自分がやるとかうるさいので」
「あー……うん、ごめん。サラが頑張ってくれる?」
「まぁ、なんとかしますが。え、楊貴妃とか小野小町じゃないかって? 分かりました。小太郎は表に出さずに私がやります」
「あ、ああ。頼んだよ」
サラも大変だなぁ。てか小太郎、そこまでチャラいか。
それにしても楊貴妃に小野小町か。あとクレオパトラで世界三大美女(日本準拠)なわけだけど、まさかそんなイレギュラーがここに来ているのか。
確かにイレギュラーだというなら、そういう方面から推測していくのはありだ。妖しい感じの魅力を持つ美女、すでに項羽に呂布がいるから虞美人とか貂蝉って可能性もなきにしもあらず。
けどなんとなく陰謀の感じとは無縁だよな。あるいは傾国の美女の系列はどうだろうか。先ほどの先の唐の楊貴妃に殷周革命の蘇妲己、春秋戦国の呉越の西施、日本だと室町の日野富子や豊臣政権の淀殿って感じか。
……どれにしても嫌な相手だ。イレギュラーでもなんでもない、この世界の野心家の女性が、というならまだスキルがない分なんとかなりそうだけど。そこはもうサラに頼むしかないな。下手に小太郎が手を出して、魅了された果てにダブルスパイなんてことになったら目も当てられない。
「本当に頼んだ、サラ。くれぐれも小太郎にはその女性は調査させないように!」
「わ、わかりました!?」
これだけ念を押しておけば問題ないだろう。
そうやってサラを送り出してから、すぐに歩き出す。真夜中でユーンをはじめとする跳躍メンバーが絶不調だけど、少しでも国都から距離を取っておきたかった。追手が来た時のためだ。
とはいえ、だんまりで歩きとおしというわけではなかった。少しでも沈黙が続くと、誰ともなしに話題を提供する。それもくだらないどうでもいいことだったり、特別派遣研修生の時のことだったり。
おそらく後ろから来るだろう追っ手に対する恐怖、国を離れて行先も不透明な不安が誰もの心にのしかかっているのだろう。沈黙すればそれをどうしても意識してしまうから、無駄と分かっても喋らずにはいられない。
僕も覚悟していたとはいえ、国から追われる身になったのは心にズンとくるものがある。幕末の脱藩浪士ってこういう感じだったのかなぁ。その身になって分かる人の辛さと悲しみよ。
「ふぅ、そろそろここで休憩しようか」
と、ムサシ生徒会長が言ったのは、かれこれ1時間近く歩いてのことだった。
さすがにここまで何もなければ追手も僕らを見失ったのだろう。ここで無理して明日に動けなくなるより、少しでもしっかりと休んでおくのが良いという判断は悪くない。
ムサシ生徒会長は、自身の背負った大きなリュックから大型のシートを取り出すとそれを敷く。サンがすかさず石の重しをのせるのはさすがだった。
さらにムサシ生徒会長は自前の水筒を取り出すと、それをみんなに回し飲みさせた。それに加えて小さな小袋から小さなかけらを1つずつ渡してくれた。何かと思ったら塩の塊だった。
そのさすがの気配りに、そして緊張の果てにからからに乾いた喉を潤す水と塩のもたらす活力に誰もが人心地をついたころだ。すでに繁長は草むらに寝転がっていびきをかいている中で、カタリアがふと思いついたかのように声をあげた。
「それで、これはどこに向かっているんですの?」
「え、カタリアくんが先導していたんじゃないの?」
ムサシ生徒会長の言葉に、繁長以外の全員に緊張が走る。
「え!? わたくしはユーンの面倒と犬のしつけを……じゃあわたくしたちはどこへ向かってるんですの!?」
やれやれ。どこまで適当なんだよ。いや、突然のことで身も心も準備できていなかったということにしておこう。
「大丈夫だよ、向かう方向は間違ってないよ」
「なんであなたが仕切ってるんですの、イリス? 方角なんて分からないでしょうに」
「むっ……前に姉さんに教えてもらったんだよ。星の読み方を」
「あら、タヒラ様の言うことなら間違いありませんね。それを使う人間が問題ですが」
「どういう意味だよ」
「あら類人猿には難しすぎたかしら?」
こいつ、ちょっと一度黙らせた方がいいんじゃないかと思って立ち上がろうとしたところに、ムサシ生徒会長が後ろから僕に抱き着いてきた。
「よし、とりあえず落ち着こうかイリスくん」
「生徒会長」
「ふふ、君はなかなかに直情的なんだね。いつもはクールぶっているけど。帝都への旅でも思ったが、少し落ち着くことを覚えた方がいいかな。さもないといつか取り返しのつかないことになりそうだ」
「はぁ……そうですか」
「ふふ、そういうことだ。私は君のことをちゃあんと見ているからね」
「1つ質問いいですか?」
「なんでも聞いてくれたまえ。生徒会長は生徒の質問には必ず答えなければならないからね」
「なんで説教しながら僕の胸を揉んでいるんですか?」
「ん……ああ! 全然気づかなかった! いや、これはイリスくんが悪い。こんなところにあからさまに胸があるのが悪い。だから私は悪くない。それに知らなかったかい? 胸を揉むことはリラックスと共に性的興奮を引き起こす。さぁもう夜だからそこの茂みに行こうじゃないか!」
「行くか、この変態痴漢!!」
「違う、痴女だ!」
「もっと悪い!」
完璧な気配りを見せたかと思いきや、こんなセクハラをそしらぬ顔で行う。この人の本気が全く分からなかった。
とりあえず邪魔な会長を引きはがすと、僕は説明を始めることにした。
「南門を抜けた時点で皆分かってるかと思ったけど、僕らはゴサ国へ向かってない」
「なんですって!? あなた、自分が何をしようとしているか分かってますの!?」
まぁカタリアならそう言って怒鳴ると思ってたよ。想定通りすぎて草も生えない。
「最後まで聞けよ。ゴサ国には直接いけないってこと。お前の親父さんも、僕らの目的がゴサ国ってのは分かってるだろ。だから東と港のある北には網を張っているはずだ。そこにうかうかと入り込んだら、今度は1千人とかの軍に包囲されるぞ」
「む……それはもちろん分かってます! けどそれならあなたはどうするって言うんです」
「東も北もだめ。西は問題外。そうなるとあとは1つ、南だけだろ」
「南ってもしかして……」
「そう。トンカイ国からゴサ国へ向かう」




