第25話 城門突破のこと
突如現れた本庄繫長の登場で戦いの場は一気に優勢になった。そもそもがお互いに殺し御法度の味方の内乱だったのだ。そこに外来種のごときイレギュラーが来ればこうなるのは目に見えてはいた。
それにしても笛で呼ぶなんて、ランプの魔神か何かか。カタリアはどうやって手なずけたんだよあの猛将を。
とはいえ今はもう頼もしい。僕も彼の後を追って走る。カタリアと、ユーンを担いだサンも続く。本庄は身の丈を超すほどの盾を構えて猪突猛進に兵たちを吹き飛ばして進むから、その後を行くのは楽ちんだった。
包囲を突破した先。燃え盛る松明と喚声に近隣の部屋に灯りがともったが、戦いの気配を感じるやドアを閉ざしてしまっている。それはこちらには好都合。変に内乱の種をまき散らす必要もない。
あとはユーンの様子だけど、
「ごめんなさい、カタリア様……ごめんなさい」
「もういいから。走りなさい、ユーン! 話はそれから!」
まさかの友達発言には驚いたけど、意外とカタリアも面倒見いいからな。任せておいて大丈夫だろう。
そんな2人を見ていると、僕の横に並走するように大きな影が割って入って来た。
「おい、嬢ちゃんなかなかやるな!」
本庄繁長だ。今、こんな時にとは思いつつも、あの上杉家の猛将に褒められたと思うとちょっと嬉しいのもある。
「ん、もしかしてあれか? こないだのカタリアのお嬢と出会った時に派手に暴れてた?」
「え!? あ、はい……」
出会った時って、あの帝都からの退却戦の時だよな。確かに派手に暴れたといえば暴れたけど、なんかやんちゃ坊主みたいな言われようで恥ずかしい。
「へっ、やっぱりそうか! よし、嬢ちゃん。あとで一戦かまそうぜ。つかこの世界すげーな。女がこんなつえーとは思わなかった。あんな巴御前みたいのがゴロゴロ転がってると思うと、つまらねーと思ってたけど、随分おもしれー世界だな」
あー、それうちの姉さんくらいです。まさかアレと揉めたとかそんなこと、ないよね? ないよな?
てゆうか、やっぱりそっち系か。脳筋系かー。確か本庄繫長って内政でも優秀みたいな話を聞いた覚えがあるけど、そっちかー。イース国に今必要なのは頭脳系、特に政治に強い人なんだけど。こればっかりは仕方ない。
まぁ今この状況においては武力系が増えてくれるのはありがたいのは確か。
「あ、そうかホンジョーさんも来るのか。どうしようかな。6人の予定だったから、宿が……」
ムサシ生徒会長がこんな時にそんな心配をし始めた。
そうか。もともとは僕、カタリア、ユーン、サン、ムサシ生徒会長、そして千代女の6人での予定だった。それが本庄繫長が追加されたとなると、宿の数が足りなくなるわけだ。
「生徒会長が気に病む必要はありませんわ。これには犬小屋でも与えておけば十分でしょう。それが嫌なら叩き返せばいいだけのこと」
おおぅ。あの本庄繫長にその喧嘩腰。やっぱカタリアぱねぇ。てか無知って怖ぇ。
「うぅむ。さすがカタリアのお嬢だぜ。その毒、俺の胸にズドンと来るぜぇ、たまらねぇ」
あ、そういう人なの。うん、なんというか……まともな人ってなかなかいないね。
「で、どうすんだ、ここから? 追って来る奴はいねぇが、それともこっちから攻め込むってやつか?」
何も分かってない(というか誰も説明してない)繁長が、そう言って陽気に笑う。
「そんなわけないでしょう馬鹿。少しはない頭で考えなさい」
「おおぅ。そうだなぁ、うん。やっぱりこれがいい」
もしかしてこいつ、毒舌聞くためにわざと変なこと言ってないか?
「それでイリス。本当にここからどうしますの? このままだと周囲は敵だらけになるし、門を封鎖されたら本当に袋の鼠ですわ。あなたはわたくしの軍師なのですから、しっかり考えなさい」
本当に丸投げばっかだな、こいつ。てか軍師ってのは下僕と違うからな。
ただ、カタリアの言う通り、ここで時間を費やしている暇はない。できればさっさと国都から出たいところだけど……その術を持つ2人が戻ってこない。
「千代女か小太郎、てかサラか。それが戻れば……」
僕もカタリアにならって笛でも使えるようにしておけばよかったかな。
と思った時だ。噂をすればなんとやら。前から走ってくる、見覚えのある影が2つ。
「イリス殿!」
「戻った」
「サラ! 千代女!」
よかった。来てくれた。
この2人がいないと脱出も何もない。それに千代女に預けた手紙のこともあるし。
「遅くなり申し訳ございません。松明の炎に笛の音に喚声。何かが起こっていたことは明白なのですが、この山猿が……」
「は? 自分の無能を棚に上げて責任転嫁しないで。そっちが道を間違えたからでしょ」
「ぐっ……本拠地である国都の道を間違えるなど風魔の名折れ。ここは潔く腹を……」
「そこまでしなくていいから! それより早く行こう。きっと今の騒ぎで門はさらに警戒を強めたと思うから」
他の返事を待つより先に走り出す。
ほんの数分で国都の南門にたどり着いた。確かに門の前に20人ばかりの門番がかがり火を焚いて完全警戒態勢になっている。ただこちらはまだマシなはず。
門が見えるギリギリの家の影に入ると、そこで皆が追い付くのを待つ。
「千代女、荷物を」
「ん」
「ありがとう」
一応、中身をチェック。よし、問題なし。疑うわけじゃないけど、自分の眼で見ないと安心できないからね。
あとはこの門をどう突破するかだけど。
思考に身をゆだねていると、ユーンを引っ張りながらカタリアたちが到着した。
「まったく、さっさと行くんじゃありません。こちらは色々と大変なんです」
「すみません、カタリア様」
「いいえ、ユーンが謝ることじゃありません。すべてはこの空気読めなさんが勝手に行ってしまうのが悪いんです」
勝手な言い分だ。とはいえ、確かにユーンの状況を考えたペース配分をすべきだった。そこは反省。
「それで? あの門を強行突破するんですの?」
「いや、お嬢違うぜ。俺はあいつらをぶちのめして正面突破するに限ると思うぜ!」
なんで僕の周りには強行突破か正面突破するしか考えないんだろうか。
もちろん正面からは論外。いや、正確には違うな。結局は門から出る必要があるから正面から行くしかないんだけど。本庄繁長に任せれば怪我人が続出するし、それに今のこちらにはユーンとムサシ生徒会長という戦闘にからきしという不安の種もある。
その状態で20人もの門番をすぐに突破できるなんて思えない。少しでも手間取れば、増援が呼ばれて袋のネズミだ。
だから結果として最終的には正面突破はするものの、迅速、そして果断に、かつ味方の犠牲はゼロで門を突破する必要があり。そのための方策は色々考えないといけないわけで……よし、まとまった。
「サラ。ユーンとムサシ生徒会長、それとカタリアを連れて門を飛び越えられる? そのほかの人間は陽動を使ってあの門を突破する」
「3人なら大丈夫かと」
「あ! いえ、わたくしは門の方に回りますわ。サン、ユーンを頼みましたわよ」
カタリア、逃げたな。さっきの跳躍は彼女なりのトラウマになったのだろう。何もわかってないサンは快活に頷くけど、後で文句を言うに違いない。
「よし、じゃあ残った僕とカタリアと千代女……あと、えーと、本庄、さん?」
「おう、気軽に繁長って呼んでくれよ! 俺もお前はイリスでいいよな?」
なんつーフランクな。諱って気軽に呼んじゃいけないって確かあった気がするけど。ま、本人がそう言うんだったらいいか。
「じゃあ繁長の4人で門を突破する」
「結局強行突破なわけ?」
「いや、違う。千代女。そのためには君のスキルが必要だ。頼めるか?」
「頼むなんて言わなくていい。ただ命令して」
命令なんてしたことはほとんどない。だからそう言われると尻込みしそうだけど、時間はないし、そっちの方が彼女としても良いのかもしれない。
「分かった。千代女、使ってやってくれ」
「ん、頑張る」
無表情ながらにやる気に満ちた千代女の様子に、頼もしさを感じながら、僕はもう門を出た後のことに思考を飛ばしていた。
国都を出た後。それからどうなるのか。
それは神ならぬ、あの自称死神の連中にも分からないだろう。漠然とした不安を胸に、僕らは国都を出る。




