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第46話 グーシィン家の休日

 日曜日。

 この日は学校が休みで、久しぶりに早起きをしなくて良い日だったわけだけど。


「こりゃああ! イリリ、起きんしゃい! お外は真っ赤な太陽が昇るー! 今日も明日も昨日も昇るぅーっ! だから私たちは叫ぶー、朝ですよぉーっと!」


 意味が分からない歌(?)と共にたたき起こされた。


「ほらほらー、油を使わずとも明るいお日様があるうちに行動しないと、もったいないっての!」


「……なんでそんな元気なの?」


「だって朝だからね! ほらほら、もう朝ごはんの時間。皆いるよー」


 意味が分からなかった。

 けど陽キャに太陽は確かに似合うから、僕みたいな陰キャには苦手なのかもしれない。せっかくの昼まで就寝コースを邪魔されて若干卑屈な僕だった。


 というわけで、このまま二度寝しようにも、


「二度寝したら、あたしもイリリの横で添い寝します!」


 というタヒラ姉さんの妨害によって、断念せざるを得なかった僕は、仕方なく身支度を整えて朝食の場へと向かう。


 くそ、休日に昼まで寝れるなんてめったにないってのに……。


 それ以上にこの世界、というより時代の不便さが辛い。

 昨夜、父さんの書斎から借りた本を読もうとしたけど、この時代には蛍光灯なんて便利なものはない。ランプの灯りを頼りにしなくちゃいけなく、これが結構暗い。

 それでもって油は貴重なものらしく、勝手に使っていい量でやろうとすると夜の2時くらいが限度だった。


 それ以降はもう月明りくらいしかなく、そこまでして読みたいものではなかったから、あとは例のスマホの画面をちらちら見ているうちに寝落ちしていたわけで。

 そこはタヒラ姉さんが言ったように、太陽があるうちに行動した方が、色々と都合がいいのだろう。完全夜型の僕としては、生活リズムがかなり崩れる感じだ。


「おはようございます」


 すでに階下では父さん、ヨルス兄さん、あと謎のメイドさんが朝食中だった。トルシュ兄さんはいない。こないだのこともあったから少しホッとした。


「おはよう。珍しいな、イリスがお寝坊とは」


 父さんの中では、僕は早起きらしい。というよりイリスか。


「しかし珍しいこともあるものだ。イリスが歴史書に興味を持つなんてな」


「へぇ、あれほど歴史が嫌いと言っていたのに。どういう風の吹き回しだい?」


 ヨルス兄さんと隣のメイドさんがちょっと驚いた様子でこちらを見てくる。

 というかこのメイドさん、本当に誰だ? 当然のようにいるけど。侍従長ってやつ? あぁ、そういえばトウヨとカミュ、元気かなぁ。


「で、どれくらい読んだ?」


「まだ半分くらいですよ、父さん」


 このところ、この人を父さんと呼ぶのも慣れてきた。

 というより、そうでもしないとやっていけないというのが本音か。


「ふむ。あれはそれなりに難読なところもあったが、そうか。1日で半分読むか。ふふふ、もしかしたらイリスは未来の史家になるかもな」


 なんだか嬉しそうな父さんだ。きっと、娘が学術に興味を持ち始めたのが嬉しいのだろう。


 けど、僕はそういう興味から借りたわけじゃない。

 この世界の成り立ちを知らない限り、生き残れないから、色々不都合だからとりあえず読んでるだけで、史家だなんて地味な役職には興味ない。歴史ものは読むのが面白いのであって、作るなんて面倒なことはしたくない。

 なんてことを言えば色々都合悪いから、歴史に目覚めた、と言っておくけど。


 ちなみに簡単にこの世界の歴史を言うと、よくある統一国家が統治力を無くして各国で役人が半独立して太守になったのはあの死神モルスに聞いた通り。


 その統一国家がアカシャ帝国で、歴史書の序盤がその国家の成り立ちを紹介し、そこからどう統一していくかを書いている。もちろん小説形式ではなく、漫画でもないので、クソがつくほどつまらないけど、まぁ何も読む物がない中では我慢するしかない。

 それで各国と離合集散を繰り返し、今は大陸の半分くらいを制圧したところで終わっている。


 そこから全国統一していく様を見る限り、あの始皇帝によるしんという風に見れるが、その後に各国に役人を配置してそれに独立される現状を見る限りは周とか後漢、あるいは日本の室町幕府みたいなものだろう。

 要は主体となる国家は大きな領土や軍事力は持たず、各国を分断支配する。

 それはある程度、トップの力が強いとか、きちんとした支配体系がない限りは即反乱を起こされて滅亡するタイプだ。


 それでもこのアカシャ帝国は400年という長い年月(徳川幕府で約300年)君臨し、衰えたとはいえ、今もまだ厳然と存在している。そのため、その帝国に対する尊敬の念は強い。

 このイース国も、太守がアカシャ王国建国の忠臣の家系ということで、しかも特別に世襲制が許されてこの土地を支配していたが、100年前にアカシャの衰退とともに分裂。今の弱小国に至るというのは前に知った通りだ。


 という感じのところまでは読みながら分析できたものの、これがどう役立つかは、まだなんとも言えないところ。


「うむ、とりあえずお前も朝食を食べろ。話はそれからしよう」


 父さんがそう促してくる。どうやら娘と歴史談議ができるのが嬉しいらしく、いつにない笑顔だ。


「父さん、そんな時間もないだろう? 今日は太守様のもとで会議がある日だ」


「そうだったか……うむむ、インジュインめ。イリスとの楽しいひと時を邪魔するために、わざわざこの日に会議の日程を合わせてきたなぁぁ!」


「今日やるって決めたのは父さんもだろ。まったく……」


「まーね。父さん、決めるとこうだから。あたしより頑固」


 そう言って皆で笑う。

 なんだろう。この感じ。落ち着くというか。


 みんなで朝食の席を囲んで談笑する。

 そんなこと、ほとんどしたことないから。それがどういうものか扱い兼ねていたところもあったけど、その感情が行きつく先をようやく見つけた感じだ。


 今この時、この場では、国のいさかいも、学校の人間関係の憂鬱も、自分の寿命のこともない。

 ただ心安らぐままに過ごせる。そんな空間。


「ほら、イーリリ。いつまでぼっとしてんの。食べよ」


「う、うん」


 タヒラ姉さんに背中を押され、自分の席につく。

 出されたのは焼いたパンに目玉焼きとサラダ。これ以上ない簡素なものだけど、もともと朝は食べる方じゃないからこれくらいでちょうどいい。

 いや、ダメだ。やっぱり目玉焼きには醤油、そしてサニーサイドアップ(片面焼き)。塩でターンオーバー(両面焼き)なんて邪道だ! この目玉焼きを作ったのは誰だぁ! と厨房に殴り込みしたい。


「どうしたの、イリスさん?」


 と、そこで初めて例のメイドさんが僕に話を振って来た。

 だから誰なんだ、とも直接聞けるはずもなく、目玉焼きをじっと見つめてしまっていたのも皆が見ている中でごまかしようがないので、素直に白状することにした。


「あー、いや。この目玉焼きなんですが……」


「まさか、気に入らなかったですか? すみません、作り直してきます!」


「い、いや! そういうわけじゃなく……あー、これはこれで美味しいなぁ、もぐもぐ」


 ……うん、塩のターンオーバーも悪くはない。いや、美味しい。けど、けど違うんだよ。

 てかやっぱりこの人が料理を作ってたのか。となると侍従長……が作業するわけないから、ただのメイドさん? にしてはなんでこの席にいるのか。うぅん、マジで分からない。


 と、そこにヨルス兄さんが助け舟を出してくれた。


「もしかして目玉焼きの焼き方じゃないか、ミリエラ? 前に同僚に聞いたことがあるんだけど、目玉焼きには色々な焼き方があると聞いた」


「なんと……そうでしたか。すみません、これは義妹の好みを知らずして、あなたの妻でいるなんて……」


 ……ちょっと待て。今色々と聞き捨てならない単語があったぞ。

 いもうと、そして妻。


 もしかしてこの人……ヨルス兄さんの妻! ワイフ! 結婚してたの!?

 いやそれ以前に! なんでこのグーシィン家という国でもナンバー2に該当する名門の、それも長男の奥さんが、メイド服着て料理作ってんの!?

 いや、確かに奥さんならこの席に座ってるのは納得だけど。本当のメイドさんとか執事がいるんだから、これはおかしいよね!?


「どうかしました?」


 僕がじっとヨルス兄さんの奥さん、えっと確か名前はヨルス兄さんが言ってた……ミリエラさん、だ。彼女を見つめていたため、戸惑った様子で聞いてきた。


「あ、いえ……」


 言葉に詰まる。

 これは聞いていいのか?


「あ、この格好ですか。言ってなかったでしたっけ。うふふ、そうなんです。わたし、料理とか家事が好きで。そうしないと落ち着かないの。それで結婚して3年になるけど、いつの間にか執事とかメイドの差配をするようになっちゃったの」


 ただの家事好きだったー。しかもこの人が執事とかメイド管理してたー。めっちゃ有能じゃん!


「そうそう、ミリ姉さんの料理はすごい美味しいからね! いやー、またあのハバ鳥のお腹に野菜とかキノコを突っ込んで焼いた丸焼き食べたいなー」


「おお、そうだな。久しぶりに今日はハバ鳥の丸焼きにするか! うん、これであの馬鹿者とやり合う力が湧いてきたものだ! ミリエラさん、お願いできるかな」


「まったく、父さんは現金なんだから。ま、私からもちょっとお願いしようかな。あれは私も大好きだ」


「あらあら、それじゃあ今日はお買い物しないとねぇ」


 3人の無理難題に対し、ころころと笑顔を浮かべながら頭の中では献立が浮かんでいるだろうミリエラさん。


 なんでもない朝食の一幕だが、この世界に来て、この家族に出会えて、本当に良かった。そう思ってる自分がいた。


 その夜。出された鳥の丸焼きは、皮はぱりぱりに焼かれてそれだけで美味しく、腹の中で温められた野菜と鶏肉が抜群の味付けされていて、皆は狂ったように貪り食っていた。


 てかこれ、中にご飯を入れたらめっちゃ美味しいんじゃないか? どっかでそんな料理があるって聞いたぞ。今度提案してみよう。てか米が食いたい!


 切野蓮の残り寿命276日。




 だが――その平和を破る事件が起きた。

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