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第24話 裏切りのこと

「な、なぜ……」


 20メートル四方の小さな公園だ。それを囲むように、松明の灯りがこれでもかと昼のように周囲を照らす。

 そこに駆けてきたのはサン。荷物もなく身一つで激しく息を切らせながら言う。


「はっ……はっ……裏切りだ。ユーンが……あいつ、裏切った!」


「ちょ、どういうことですの!? ユーンが? 裏切った? ユーンはどこですの?」


「だから……ユーンは、裏切って、それで……」


 まったく要領のつかめないサンの言葉に応えたのは、まさかの人物だった。


「わたしはここです、カタリア様」


 ユーンの声が響く。そして公園の一方の入り口から小さな影がこちらに近づいてくる。月明りに照らされ映し出されるのは、確かにユーンのもの。


「ユーン! なぜ、あなたが!」


「カタリア様、申し訳ありません。わたしにはインジュイン家を裏切るわけにはいかないのです」


「何を言ってますの! インジュイン家というなら、わたくしのことですわ!」


「いいえ、違います。インジュイン家はお父君のこと。残念ながらカタリア様のことではありません」


「ユーン……」


 カタリアが愕然とした表情でつぶやく。

 それもそうだろう。これまでずっと一緒にやってきて、子分というか腹心のつもりで接していた相手がこの土壇場で裏切った。しかもその仕えていた相手が自分でなく父親だったと言われれば。自尊心の塊のカタリアには辛いだろう。


「ユーン、あんたがお嬢の屋敷を出る前にここを伝えた。あたしは信じられなかったよ。あんたがまさかお嬢を裏切るなんて」


「サン。あなたとわたしは違う。あなたにはお兄さんがいるからまだ好き勝手できるけど、わたしのところはわたししか子供がいない。うちみたいな貧乏貴族は、なんとしてでもインジュイン様に忠誠を誓わないといけないの。カタリア様がおかしなことをしたら伝えなきゃいけないの!」


 ユーンの決死の叫びに、貴族にも色々あるんだな、という淡白な思いを抱きつつ、カタリアが心配だった。カタリアは呆然と立ち尽くしたままで、何も動こうとしない。まるで蝋人形になってしまったかのようで、それほどにユーンの裏切りがショックだったのだろう。


「まだまだカタリア様の傍にいたかったですけど……これまでです。カタリア様。投降してください。ここはもう包囲されています。今ならお父君も許してくれるはずです。さぁ、わたしと共に帰りましょう」


 確かに公園は四方の隙も無く包囲されている。こんな小さな公園だから、二重にも三重にも包囲できるわけだ。

 もちろん僕のスキルを使えば突破はできる。けどそのためには本来味方である兵を傷つけなきゃいけないし、何よりカタリアがフリーズしてしまって逃げるどころじゃない。サラを外に出したことを、ひたすらに後悔した。


 いや、もうこうなった時点で終わりか。完全にフリーズしたカタリアを連れて脱出したところで、その後の旅がどうにもならない。どこから引き出してるのか分からないほどの自信と勝気は、周囲を振り回しつつも旅の中心としては必要なものだったし、何よりインジュインという名を役立たせるためには必要だったのに。


 どうする。ここで大声を出してサラを呼ぶか。いや、各方面に散った千代女を探し出すとなると、すぐに戻ってこられる場所にいるのか分からない。こんな大仰な包囲をしているからすぐに見つけてくれる気もするけど。ダメだ。他人のことばかり当てにしてられない。あるいは数秒後に相手が包囲を狭めて押し包んでくるかもしれない。そうなったらサラが来ても無意味だ。混戦の中では皆を助けることなんざできやしないだろう。

 となると中央突破か。けど相手は何人いる?炎の数から各方面に100人ほどと思うけど、それ以上の数が出ている可能性だってある。ましてや突破したところで追撃にあうのは間違いないし、そうなったらサラや千代女と出会うことも難しいだろう。


 そうなったが最後。僕らはこの閉じられた王都の中で数百人との鬼ごっこに付き合わされることになる。それは負けだ。いや、ここに追い詰められた時点で僕らの敗けは決まったということか。


「ユーン、君はそれでいいのか。カタリアを裏切るようなことで、君は」


「なにも言わないでイリス。わたしにはもう、こうするしかないから」


 ユーンの声には覚悟と意地、それ以上に諦念と悲痛の色がにじみ出ている。彼女も選んだのだ。カタリアか、それとも家族か。そして後者を選んだ。それだけのこと。

 けどそれはカタリアを大きく傷つけたはずだ。彼女とユーンとサンの関係、それは僕が知るよりもはるかに深く長いものだと、部外者だった僕自身がよく分かる。


 というかあのカタリアが何をするにも引き連れて、何をするにも相談しているのだから相当の信頼をユーンたちにおいていたことは間違いないだろう。僕に当てはめるなら、ラスやタヒラ姉さんから裏切られたようなものだから。


 だとしても、だ。


「悪いけどユーン。君の境遇には同情をしても共感はできない。だから無理にでも押し通らせてもらう」


「わたしも退くわけにはいかない。たとえカタリア様の意志だとしても」


 本当に敵対するしかないのか。そもそもがカタリアも父親と対立し、そして一番頼りにしていた者とも対峙する。そんなことがなぜ起きているのか。分からない。いつの間にかそうなって引き返せないところまで来ていた。

 何かがおかしい。そうは思いつつも、ここでこれ以上時間は費やせない。取るべき選択肢が強行突破しかないのだとしたら、今はそれをするしかないんだ。


「サン。カタリアを頼む」


「ちょ、イリスっち! ユーンをどうするつもり!?」


「悪いけど手加減している場合じゃないんだ。このまま強行突破で――」


 と、決意を語ってみたわけだけど、誰かが僕の体を無造作に押しのける。不意をうたれて思わずたじろぐ。そしてそんなことをするのはこの場に1人しかいない。


「あなたがユーンの処遇を語るんじゃありませんわ」


「カタリア」


 カタリアは僕を押しのけてユーンの目のまえに立ったかと思うと、しっかりと前を、ユーンを見据えて言い放つ。


「あなたをどうするか。それを決めるのはわたくし。そうでしょう、ユーン。だって、わたくしたちは、友達だもの」

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