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第18話 父のこと

 自宅の地下室で、椅子に座って父さんと向かいあう。そんな光景がどこか滑稽で、奇妙でいて、不可思議だった。思えばこうやって面と向かって父さんと話をするのは数えるほどあったくらいか。1対1なのはいわずもがな。

 だから若干、緊張していた。対する父さんが弱々しくせき込めばなおさらだ。


 去年の凱旋祭でのトント国の侵攻。それとあわせて行われた、イース国重臣を狙ったテロ。その際に父さんは傷を負った。表向きにテロを認めるわけにはいかないから、病気と称して自宅での療養およびヨルス兄さんの代行という形をとったわけだけど、傷は予想以上に深かったらしい。その後も政庁への出仕もままならないくらいに弱り、今年の初めには本格的にヨルス兄さんに家督を譲渡。父さんは政治の世界から引退した。


「いやぁ、イリスは寝巻も可愛いなぁ」


「エロ親父」


「おほぅ、それこそイリスよ」


 本当に弱ってるのか?

 わざとらしく杖なんてついてるけど、そこまで老け込むような歳でもないだろうに。


「それで? こんな時間のこんなところに何の用?」


「まぁまぁ。そう邪険にせんでも。お主のゴサ行きのこととかちょっと、な」


「っ……」


 やっぱりそうか。兄さんが知ってるくらいだ。父さんにも話が行って当然だろう。大方、無駄なことはやめてとかいう話になるに――


「行きなさい」


「へ?」


 想像していたのと全く違う答えが返ってきて、馬鹿みたいな返答をしてしまった。それほど言われたことは衝撃的で、想定の真逆のことだった。


「その反応って、イリスはわしが反対すると思ってたってことか。ショックだ」


「え、いや。それは……だってグーシィン家の当主だし。国に無断ではね」


「だって、わし。引退したから今はもう当主じゃないし」


 それはそうかもだけどさ。これまでインジュインパパと双璧を成していた責任とかさ。


「一応、思惑もあるぞ? 最近、キースのやつの動きが気になってな。あ、キースってのは、あれだ。カタリアのお嬢さんの父親な」


 あ、キースって名前なんだっけか。インジュインパパは。


「奴の動きがなんともつかめん。何かを企んでいるようだが。ヨルスもそれに気をつけろとは言っていながら、なんともまだまだ経験不足か。あいつに丸め込まれておる」


「そんなことが……」


「ま、そういうわけだ。こういう状況になってしまったのは、わしのせいでもある。そんな大人の都合でお前に不自由はさせたくない。何よりお前の行動が、お前だけのためのものでもないのは分かってる。お前は勝手に好きにやりなさい」


「……ん、ありがとう。父さん」


「いやいや、しかしイリスがこんな決断をするとは。うん。見てるか、お前。イリスはこんな立派に育ったぞ。末娘だって、可愛がり過ぎたと思ったけどそれが良かったのかなぁ。イリスが行きたいところには連れて行ったし、欲しいものはなんでも与えた。誕生日にわしの石像を10体あげたら怖いとか言って蹴られたのは良かったなぁ。あとお姫様と召使ごっことかは良かったな。イリスは鞭の使い方が上手くて。あれからイリスは言葉遣いが荒くなってははは。それから一昨年くらいに、一緒にお風呂に入ろうって言ったら、イリスは嬉しかったんだろうな。ふざけんなクソ親父って言ってフォークを投げてきて。あれも良かった」


「父さん……」


 それは感動に対しての言葉じゃなく、6割以上引く意味での呼びかけだった。なにやってんの、あんた。他人の親だけど、これだけは言える。この変態クソ親父。


「ま、そういうわけだから勝手にやりなさい。いや、それにしてもあのインジュインの娘とか。ははは、わしも小さい頃はやんちゃでね」


「あ、それ長くなる?」


「うぅ、イリスが冷たい。けどその冷たさが逆にいい!」


 ああ、変態親父ここに極まれり。さっさと引退して正解だったんじゃないか。


「けど、勝手にしろって言われても。兄さんにここから出るなって言われてるし」


「ははは。そこはどうとでもなるだろ、お前なら」


 バレたか。

 正直、兄さんがいなくなって何度となく抜けだす方法を考えていた。そしてそれは今も進行形で、この状況、その好機が来たとも言える。


「もしかしてイリス、野蛮なこと考えてない?」


「ないない。父さんをボコって脱出するとか、人質にして政庁に殴りこむとか。全然まったくこれっぽっちも微塵たりとも考えてない」


「ひどい! 家庭内暴力だ! わしはそんな子に育てた覚えはない!」


「過去に父さんがしてきたことを思うと、何しても許せると思うんだけど?」


 てかよく殺されなかったな、この人。実の娘に。いや、イリスがああなるのも仕方ないと思う。


「はぁ、まったくいい娘を持ったものだよ、わしは」


「この状況でそれが言えるのがすごいな」


「いやいや、わしなんてそれだけのもんだ。お主に比べたらな」


「誉め言葉として受け取っておくよ」


「ははは。ではそろそろお暇するかな」


 え、本当に何しに来たんだ? まさかこれを話しするだけ? それとも人質になりに来てくれたのか? そんな馬鹿な。それでこの時間にこんな場所に来るはずもない。


「本当に、これだけ?」


「ああ、お前の愛らしい顔を見れて満足だよ」


 その言葉に、少し影が見えたような気がしてどことなく落ち着かなくなる。まるで父さんが消える。そんな気がして。


「それじゃ、お休みイリス」


「あ、うん……」


 僕が虚を突かれて戸惑っている間に父さんは立ち上がり、扉の方へと歩き出していた。そして扉に手をかけると、何か思い当たったのかふと振り返り、


「あ、そうそう。これを聞くのを忘れていた」


「な、なに?」


「イリス……いや、お主は何者だ?」


 その言葉が、そして相手を貫くような戦人いくさびとの視線が、僕の胸に突き刺さった。

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