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第4話 死あわせについて本気出して考えてみた

 死というものをこれまで意識したか、というと。

 少なからずあるのは当然だ。


 なんせもう30歳。人生50年の半分は過ぎてしまっている。

 だから今更、どうこう思うわけでもない。


 いや、1つだけあった。


 小学校の同級生。

 彼は生まれつき体が弱く、入学したもののほとんど学校に来なかった。来れなかった。


 そのころは彼のことを、


『可哀そうだなぁ。でもいつかは学校に来るだろう』


 そんなことを思っただけで、彼のことは繰り返される日常と平々凡々な学生生活に埋もれてしまい、半ば彼のことを忘れた。


 そして5年生の時。

 彼は学校に来た。

 車椅子に乗って。


 入学してからほぼ会っていないし、交流もなかったのだから、彼がそうだと言われてもすぐにピンとこなかった。

 それでも彼は笑顔で、ほぼ初めて会うようなクラスメイトと交流して、楽しそうだった。


 その数か月後だ。

 彼が亡くなったと聞いたのは。


 その時の感情はよく覚えていない。

 亡くなったと聞いても、本当に? と思うほどに現実感がなく、嘘だろう、と思いたいほどに理不尽だった。


 だって、彼は1日しか学校に来ていないのだ。

 たった1日しか、学校に来れていないのだ。

 そのほとんどを、病室でしか過ごしていないのだ。


 なのに、死んでしまった。


 それが、とてもショックだった。

 親しかったわけじゃない。

 仲が良かったわけじゃない。


 ただ、怖かった。


 死というものが、そうも簡単に人をいなくさせることができるのだと。

 それを知って、怖かった。


 けどその感情もすぐに消えた。


 だってそう日常茶飯事的に、命が消えるなんてことはこの平和な日本という国においてはありえない。

 少なくとも、僕の周りにおいてはあってはいけない。


 ――ましてや、自分の身に降りかかるなんて。


 だからその怖いという感情は消えていたのだ。


 だが消えたわけじゃなかった。

 ただ檻のように心の奥底に沈殿しているだけだった。

 何かのきっかけで浮かび上がって、それでいてすべてを支配するほどのおぞましさを持っている。


 そしてそれが急浮上した。


 自分が死んだ。

 そう告げられたこの瞬間に。


「僕が……死んだ?」


「イエス、ザッツライト! その通りだよ」


 死神と名乗った男――モルスと言ったか――が指をパチンと鳴らしてこちらを指さす。すごい不愉快だった。


 いや、それでもやっぱり納得はできない。

 訳の分からない男が来て、君は死にました、なんて言われても。

 しかもこんな現実感のある光景を見せられて、ここが死後の国だとでも言うのか?


「死因は?」


「それは……えっと、デリバリーの中に毒が入れられてて、それを食べたから、とか?」


「アバウト! てかその風評被害ありそうなヤバい感じはよそう!?」


「じゃああれだ。隕石が落ちてきて、当たったんだ。うん、それ。それに決めた」


 決めたって……そんなモンスターを呼び出すような風に簡単に言うなよ。


「そんなのありえないだろ。隕石に当たる確率なんて」


「50%だよ」


「は?」


「当たったか、当たらなかったか、で考えれば50%じゃないか」


「それは詭弁!!」


「じゃあこう考えよう。隕石が地球に当たるコースを取る確率が50%、それが突入角を守って大気圏に突入する確率が50%、それが地表に落ちるまでに燃え尽きない確率が50%、それが君のいる日本に落ちる確率が50%、それが君の頭上に来る確率が50%、そして君に当たるかどうかで50%。それらを合わせると……約1.5%だね。ほら、10連ガチャで目玉を引く確率より高いだろう?」


「それは……まぁ、そう、か?」


「しかもそれが毎秒、いや、毎フレームごとに計算されているんだ。君がこれまで生きてきた年月分、1.5%を引かずにここまで来たんだから、大した幸運だと思わないかい?」


 確かに。

 毎フレームごとにその1.5%を引かないで生きてきたら、それはもう幸運と言って――


「いや、話がずれてる!」


「ちっ、気づいたね」


「そりゃ気づくわ。てかなんだ、その確率論! 滅茶苦茶すぎる! ……いや、もういい。証拠を見せてくれ。僕が死んだって証拠を」


「証拠ねぇ、けど君が死んだかどうかなんて、誰にも分かるわけないじゃないか。悪魔の証明だよ」


「それをお前が言う!? てかそう言うお前が悪魔だし!」


「悪魔じゃない! 死神だ!」


「似たようなものじゃないか!」


 人間に害をなすという意味においては。


「いや、違う違う。悪魔はそれこそ人間を陥れる魔の存在だよ。死神は腐っても神だ。死にゆく人間が、ちゃんと道に迷わず天に召されるよう案内するちゃんとした神様なんだよ。死という恐怖に対する偏見が、死神は忌むべきもの、恐ろしいものという風に定義づけられてしまったわけだけどね。さっき言ったように、まさに風評被害なのさ」


「ふぅん」


 そうか。死神ってのも、本当は悪いわけじゃないんだな……。


「じゃなく! そんなことはどうでもいいんだよ!」


「そんなこと!? 死神一族の沽券こけんにかかわることをそんなことだって!? 君まで妹と同じようなことを言うのかい! 君を見損なったよ!」


「知らねーよ!」


「ダメだよ、勇者は赤面しなきゃ」


「太宰かよ!」


 つかどんなツッコミだ。太宰かよ、って。

 一応、ボケの補足しておくと『走れメロス』です。


「はぁ……疲れた」


「む、それはいけないね。いや、もとより失礼したね。お客にお茶を出さないなんて、礼儀知らずにもほどがある」


 と、グリムは円形のテーブルに近づくと、その表面を撫でるようにすると――突如、ティーポットとティーセットが2客現れた。

 あまりのことに目を疑うとはこのことだ。


「手品?」


「ひどいなぁ、種も仕掛けもない。ただの魔法だよ」


 モルスは紅茶を注ぎながら言う。


 なんか色々間違っているような気もするけど……。


「さ、どうぞ。やっぱり紅茶はアールグレイだね。気分を落ち着かせるにはちょうどいい」


「……変なものとか入ってないよな?」


「死んだ後になっても健康に気を遣うのかい! 干し柿はたんの毒ってことだね。うん、なるほど、面白い」


 いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど。

 というか干し柿って。石田三成いしだみつなりかよ。


 とはいえ疲れたのは確か。

 それに香ってくる紅茶の匂いが、腹立たしい気持ちを溶かしてくれたような気がした。


 モルスが先に紅茶を飲むのを見て、僕はようやくティーカップを取って口に入れた。

 ウマい――かどうかは分からないけど、激しく声を出した後にこの紅茶は喉に染みた。


 その様子を見てニコリと笑った彼は、


「さて、それでは本題を話そうか」


 そう言って、ティーカップをテーブルに置いて語り出した。

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