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第13話  完敗のこと

「お疲れさまでした」


 模擬戦終了の合図の後、兵たちは休憩に入った。騎兵は馬の手入れ、歩兵はやって来た補給部隊から受け取った調理具材で昼飯の準備。一部では鹿を狩りに行ったりして、辺りはにぎやかだった。

 そんな中、少し離れた位置にいた僕とタヒラ姉さんのもとに、馬に乗った大村さんがやってきて言った。

 結局、彼は最後の突撃にも参加しないでいた。それを腰抜けと見るかもしれないけど、僕としてはさすがと言いたかった。あの局面。僕ができるとしたら相打ちだった。けど、あそこに大村さんがいなければそれも狙えない。つまりどうあがいてもああなった時点で僕の敗け。完璧な勝利を求めるためで怯懦ではないということが良く分かる。


「負けました、完敗です」


「そうですか」


 そっけない言い方も、今は逆に気持ちいい。


「でも、こんな地形になってただなんて。迂闊でした」


「調べました」


「え?」


「3日あったでしょう。調べましたよ、地形。効率的に罠にかけるための」


「あっ……」


「それとあなたたちのことも」


「僕?」


「はい。これはさすがに3日は無理でしたが、ここ数週間、調べる時間はありましたので。去年から今年にかけてのこの国のこと。皆口を開けばあなたたちの話題でいっぱいでしたよ」


「……」


「それであなたたちの性格をある程度掴んだので、あとはどう戦いどう嵌めるかを考えればいい。武田信玄だと驕るつもりはありませんが、戦場はその答え合わせの場でしかありません」


 大村さんの言葉がグサリと胸に刺さる。


 何もしていなかった。僕は何もしていなかった。

 勝つために、とかなんとか言いながら、戦場となる土地も相手のことも何も知らずにやってきて、その場の行き当たりばったりで戦い方を決めた。そんなの、前々から準備していた大村さんに勝てるわけがない。

 例えるなら、しっかりその大学入試の傾向と対策をしてきた人と、なんとかなるだろと楽観で来た人の違い。後者でなんとかなるのは、本当に限られた天才で僕はそうではないのだ。もう30を越えた僕が今更自分を天才だとは思っていないわけで。


 恥ずかしい。皆を守るための戦いだなんだって言いながらも、何もしてなかった自分に。

 運が良かっただけで、一流の敵とも渡り合えると勘違いしていた自分に。スキルがあるだけで、天下無双と渡り合える気になっていた自分に。


「すみませんでした」


「何がです?」


「驕っていた自分が、です。戦場に立ってたった1年弱。それで名将と呼ばれた気になって、天狗になって。それなのにこんな惨敗をして」


「そんな、イリリは悪くないって! 悪いのはあんな策に嵌まったあたし!」


「違う。そこも考えて戦わなくちゃならなかったんだ。もし実践なら、あそこで姉さんは死んでた……」


「っ!」


 そう、死んでた。これが実践なら。僕も、タヒラ姉さんも。そして僕を信じて付き従ってくれた500人も。

 それほどの命を賭けていたにもかかわらず。僕は何もせずに、なんとかなるで突っ走って。挙句に死んだ。


 こんな僕に兵を率いる資格なんてないし、大村さんに師事するなんて恐れ多い。


「本当はもっと色々と教えてもらいたかったんですが。すみません、僕が間違ってました。だから大村さん、いや、大村先生。どうか姉さんたちをよろしくお願いします」


 今回の件でよかったことと言えば、大村先生の軍略に兵の誰もが畏敬の念を抱いたことだろう。彼の手足となった者はあのタヒラ姉さんを相手にああも圧倒的に勝ったカリスマとして。逆に僕たちについてフルボッコにされた兵たちは、恐るべき知将として。

 もちろん、ここにいる1千だけでイース国全体の指揮官になれるのはまだまだ先だろうけど、今はタヒラ姉さんの軍師として徐々に信頼を勝ち取っていけばいいだけのこと。

 そうなればきっとこの国の軍は強くなる。イース国が滅びず、家族は無事でラスたちの帰れる場所もあって僕も死なない、いいことずくめ。


 だから僕なんかがここにいるより、断然そっちの方がいい。


 ああ、さっさとゴサで用を済ませてラスのところに行きたい。いや、行こう。うんそうだ、帝都に行こう。


「なにを言ってるんです?」


 なんて思ってたら水を差された。もちろん大村先生の抑揚のない言葉で。


「言ったでしょう。あなたたちを調べたと。イリス・グーシィン。その年齢で兵たちの信頼も得て、何より先頭に立って戦い続けてきた。それは誰にもできることではありません。そちらのタヒラ・グーシィンさんもお若いのに猛将として各国に知られている」


「でも、僕は戦いの経験なんか全然なくて――」


「それを言ったら私も同じです」


「へ?」


「40を過ぎるまで、幕府軍の侵攻を受けるまで、私は戦場に一度も立ったことがありません」


「…………あ」


 そういえばそうだっけ。大村益次郎先生。彼はずっと講師とか翻訳とかはしてたけど、歴史の表舞台にたったのは四境戦争の時。そしてそれが初陣だったという。しかもそれで圧倒的兵力差の幕府軍に勝ったって。……化け物か。


「え、ちょっと待って。今なんて言った? 40を過ぎる? あんた、ちょっと何歳……!?」


「えっと、数えで42です」


「えぇぇぇぇぇぇ!? なのにその格好……え、魔女の呪いでも受けた!?」


「姉さん、失礼すぎ」


「いや、でも、え、だって……えぇ……」


 まぁ分からないでもない。だって見た目、完全に小学生だもん。髭も生えてないし、感情も表に出ないし。ロリババァならぬショタジジイだな。


「そんなことより、私の方は合格ですか?」


「そんなことよりって……」


「私はそのために今日、ここに呼ばれたわけですから。否とされたらまた書庫に戻るだけです」


「そりゃもう! あなたみたいな人がいてくれたら、イリリも助かるしあたしも助かる! オームラさん、いえ、あたしも先生って呼ぶわ! 先生! よろしくお願い!」


 軽いな。けどタヒラ姉さんが気にいってくれてよかった。

 どっちかっていうと力こそすべてな姉さんだから、こういった奇策とかの類は嫌いと思ったけど。


「ふっふ、イリリはまだ甘いね。あたしは敵をぶちのめすのが好きなの。過程や方法なんてどうでもいいのよ!」


 なんか悪役みたいなノリで言われた。


「僕からもお願いします、大村先生」


「分かりました」


 顔色を変えずこくりと頷く大村先生。いや、もっと喜ぶとか。ま、いっか。


「それじゃあタヒラくん。あとを頼みます。私は色々とやることがあるので」


「え、あとって、あ、はい。けどやることって」


「引っ越しです。軍営の近くにいた方が色々と都合がいいでしょう。ああ、ただし書庫には通いたいのでその近辺で。それから豆腐はありませんか? できれば豆腐屋の近くにも……え、そうですか。ない。仕方ありませんね」


 やっぱりこの人、変人だ。てかなんで豆腐? めちゃ無表情にがっくりしてるけど。好きなのかな。

 タヒラ姉さんもだんだん分かって来たのだろう。姉さんには珍しく、なんと言ったらいいか困ったような顔をしていた。


「あ、それからイリスくん」


「は、はい!」


「私は弟子は取りません」


「え、ええぇ……」


 この流れでそれ言う?


「私は寅之助とらのすけ(吉田松陰)のように私塾を開いているわけではありませんので。ただし教師として教えることはできます。聞きたいことがあったら軍営まで来てください。時間に空き……はないので、調練を通じて教えます」


「あ……はい! よろしくお願いします!」


 片手間という感じだけど、それでも何もないより全然いい。しかもあの天才大村益次郎先生の軍略なんて、そんじょそこらで見れるものじゃない。

 これはつきっきりで学んでみよう。


 なんて、何十年ぶりかの勤勉意識に燃えはじめた僕なわけだけど。これでめでたしめでたしと、世の中そううまく回るものではないらしい。


「タヒラ様!」


 面倒なのが来た。

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