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第9話 世界情勢のこと

「申し訳ありませんでした」


「ごめん」


 目の前で土下座をする2人の女忍に僕はやれやれとため息をつく。


 突然発生した忍者同士の争いに、僕は黙って見守るしかなかった。いくら軍神のスキルがあるにせよ、千代女の分身の術とか、サラの空中飛翔の人外バトルについていける気がしないし、何より傷つけずに止める自信はなかった。


 だからどうしたものかと手を付けかねていると、そこに乱入者が1人。


「はっ!!」


 黒い疾風が舞い込んだと思った瞬間、サラと千代女の体が宙に舞った。


「このグーシィンの庭で騒動を起こす不届きものは、この私が成敗いたす」


 2人を投げ飛ばした人物、それはグーシィン家の執事長ワイスさんだ。

 そういえばこの人、僕に稽古をつけるくらいには強いんだったっけか。それにしても最強クラスの忍者2人の争いに割って入って仲介するなんて。この人も化物だ。


 ワイスさんにぶん投げられ、敵意の収まったらしく2人して謝罪に至ったわけで。

 2人(分身も含めると数十人)に暴れられた庭はすぐにワイスさんの指揮で復興が開始。


 もちろんそんなところでお茶会の続きを楽しめるわけもない。

 今日はもうお開きにしようかと思っていると、ヨルス兄さんの奥さんであるミリエラさんが出てきて、


「あらあら、もうお菓子もなくなっちゃったのね。お茶と一緒にすぐクッキー焼くから、ちょっとだけ待って頂戴ね」


 庭の惨劇には何の反応も示さず、のほほんと言ってのけるミリエラさんはある意味最強かもしれない。

 というわけで、仮の場所として使われたのが僕の部屋。


「ま、まぁ。2人とも怪我無くてよかったよ」


「当然です。風魔がこんな山猿に遅れをとるはずもなく」


「神の加護もないそこらの雑魚に負けない」


 再びにらみ合いになったので、2人の頭に手刀をくれてやった。


「お前ら、一応今はイース国に所属ってことになってるんだから。頼むから仲良く……いや、仲良くしなくてもいいから、とりあえずもう騒動だけは起こさないでくれ」


 2人を抑えられないというのは、なんとも情けない話だけど、彼女たちとしても成り行きでイース国に所属するようになったわけで。実力でも敵わないのだから、こうやって頼み込むしかなかった。


 やがて2人はにらみ合っていたけど、どちらともなく殺気を消して、


「分かりました。主……いえ、イリスのためなら。歩きの。今は休戦よ」


「仕方ない」


 というわけでとりあえずグーシィン休戦協定が成立。

 胸をなでおろしているところに、ミリエラさんがやってきて紅茶一式と大量の焼きたてクッキーを持ってきてくれた。


「じゃあ、あとは仲良くねー」


「はい、ありがとうございました!」


 本当、この人はすごいな。ヨルス兄さんも頭が上がらないのはうなずける。


 というわけでティータイム再び。


 ミリエラさんが焼いたクッキーに舌鼓をうちつつ、話は物騒な内容に。


「先に報告いたします」


 そうサラが正座をしながら話し始めた。

 帝都から帰国する時、小太郎が別れたのは各国の情勢を見るためだ。もちろん1人(2人とはいえ体は1つ)でこの広い世界を見て回るには時間がかかりすぎる。一応、彼の所属はイース国の諜報部隊という肩書だから、当然少ないが部下もいる。それを全土に散らせて帰って来たのが先日のこと。

 その情報をまとめて今日、小太郎が持ち込んできたという。


 報告のまず最初はうちと旧ウェルズ国を挟んでにらみ合いをしているトンカイ国。


「トンカイ国は先日、軍師であり宰相を亡くしたため中央では少し混乱が見られたようです。ただ、ご存じの通りイース国と共に旧ウェルズ領を支配するに至っての軍部の動きは活発。今は我が国と対峙していますが、その国力からして今最大の力を持っているのは間違いないようです」


 トンカイか。

 その国と言えば、僕がこの世界に来た時に色々と世話になったわけで、確か小松姫がそこのイレギュラーとしていたはずだ。それに伝え聞いているところでは関羽と張良というビッグネームが2人。ただ亡くなったという軍師兼宰相の人物が、その張良だとしたら。偉大過ぎる人を亡くしたというか、隣国の僕らとしては助かったというか。あの楚漢戦争の張良相手に勝てるなんて自惚れはさすがにない。


 それにしてもトンカイ国は旧ウェルズ領をイース国と折半して国力を増しているとはいえ、去年の蘭陵王に続き、張良も失ったというのは人員面ではかなり大きな痛手だろう。確かに関羽という大きなところと小松姫がいるとはいえ、軍部に偏っているというのが今後にどう影響してくるか。


「続いてその西にありますクース国です。ここは内海を隔てての島国ということであまり情報が外に出ず、中に入り込むのが一苦労だったということですが、中で相当揉めているそうで」


「揉めてる?」


「はい。旧ウェルズ領を巡るいざこざは、かの国にも影響しており。どさくさに紛れて念願の大陸の土地を手に入れたことで国論が真っ二つになっているのです」


「ちょっと待って。クース国が大陸に侵攻してた? それは聞いてないぞ。えっと、地図は……」


「地図はこちらに」


 と、千代女がどこからかこの世界の地図を取り出して広げた。


「むっ、イリスど……イリスの邪魔をしないでいただけますか、変態巫女」


「どこで何をしようがわたしの勝手。報告という割に地図ももたない頭足らずのくせに」


「なにを」


「ふん」


「こら、2人ともいい加減にしろ」


 再び言い合いを始める2人にくぎを刺す。さすがに僕の部屋で忍界大戦を始められるのは困る。


「申し訳ありません。ええと、クース国が手に入れたのはここら辺かと。トンカイ国の支配地のど真ん中ですが、今のところ争ったという話は聞きません」


 サラが示した地図上の位置に、僕は筆でしるしをつける。

 確かに旧ウェルズ領の海岸側の一区画で、トンカイ国の支配領土に囲まれた位置にある。

 けどそれは非常に攻めづらい位置にあると言えた。まずクース国本土から一番近い海岸沿いだということで、クース国にとっては援軍を呼びやすい。また、地理的に陸路からの攻め口がほぼ1本しかないため防戦は容易だし、船でその背後に部隊を回されれば逃げ場のない侵入口で前後を挟まれて全滅コース。

 またそんなところに兵力を集中すれば、国境を接するようになったイース国(うちら)や、北の帝都周辺を制圧しているゼドラ国に後ろを襲われかねない。


 だからトンカイ国としては放っておくしかない。領土のど真ん中にある敵地という、トンカイ国にとってはのどに刺さった小骨のようなものだとしても、だ。

 クース国としては、なんとも絶妙なタイミングで領土を得たということだろう。


「けど、それで国論が二分されるって?」


「クース国にとって、大陸に領土を持つのは昔からの悲願だったとか。それでこのまま攻め入り領土を広げる革新派と、新しい陸地を維持したまま交易の道を守り繁栄する保守派で争っているのだとか。あそこは海軍が強い国なので」


 なるほど。新しい領土と海軍を使えば、トンカイ国を蚕食するのはもちろん、旧帝都まで攻め入ることも可能だろう。それを是とするか非とするかで真っ二つなわけだ。


「皇帝の檄に応じるかはまだ分からないということです。ただ、どうも最近。帝国御用達の商人から大量の鉄砲を入手したという噂があります」


「鉄砲を……」


 それは驚きだった。この世界で今、鉄砲に注目している人間はそういないはずだ。うちだってそうだったのだから。だから次代のメインウェポンを担う鉄砲を買いこむなんて。相当先が見えている人がいるか……あるいは鉄砲伝来以降のイレギュラーがいるか。

 去就の定まらない国というだけでもなかなかに要注意になりそうだ。


「続いて北の2国となります。キタカとエティンの2国ですが、この2国は大陸とイェロ河を挟んでいる影響もあり、隣り合って仲も悪く、国境争いを繰り広げているようです。ただこの数年で大きく軍備が改良されているらしく。キタカ国は三軍による徹底的な軍事調練を、エティン国は騎馬隊の増強を行っているようです」


「軍事指揮官が変わったってことか。屈強な歩兵と騎馬隊。やっかいそうだな」


「その二国も、中央に派兵するかは分からないようです。なにせどちらかが国を空ければ、その隙にもう片方が侵略するとも限りませんから」


 参ったな。結局、どこも自国の利益のために帝国を助けようなんてことは思っていないようだ。そう考えると、インジュインパパの方針もこの世界では間違っていないんだけど……それだと後々困ることになる。


 僕は何もラスの身を案じてだけ言ってるわけじゃない。ゼドラ国のあの軍容、白起、項羽、呂布、源為朝、巴御前というラインナップを見たうえで、もしツァン国を滅ぼすまでいかずとも半分の領地を取れば。さらにクースとうちに挟まれ身動きの取れないトンカイ国の旧ウェルズ領になだれ込めば。

 彼らを止めることができる軍はどこにもいないことになる。その後はなし崩し的に各国が各個撃破されてこの世界はゼドラ国に統一されることになる。

 幸いというかその光景を僕は見ずに済む。なぜならあの自称死神の言う通りなら、僕はイース国滅亡と共にこの世界から退場させられるからで。ただそんな世界を、ラスや家族に残すのかと思うとゾッとする。


「最後にこれからイリスが向かうゴサ国ですが」


「聞こうか」


「はい。ただどうもここはかなり難しく」


「難しい?」


「海外との交易を基盤にした商人の国ということは分かるのですが、情報を聞き出すにも金がかかり、その情報も真贋定まらないものが多くなんとも定まらないのです。数年前に現れた人物により、政治も軍事も強大になって今やこの世界で一番の軍事力と経済力を持つまでに成長したとか」


「ふっ、所詮田舎者にはその程度」


 割って入った千代女がサラを鼻で笑う。


「海すら知らない山猿が何を」


「すでにわたしは去年のうちから調査を開始してる。情報が遅い」


「くっ……」


 屈辱的な顔つきで千代女を睨むサラ。その確執はどうにかしないといけないと思うけど、今はそれより千代女だ。


「どういうことなんだ、千代女」


「知盛が東に勢力を伸ばすって話が出てから、ゴサ国のことは調べるよう言われてた。だからすでに配下を放ってある」


 さすが知将だ。イース国やら周辺4国を滅ぼすのに、トンカイ国だけじゃなく東のゴサ国にも手を伸ばしていたのか。あるいはその後にゴサ国も支配下に収めようとしていたのかもしれない。なんていったって平家といえば海軍だ。


「それで、その内容は?」


「といっても情報がまとまり始めたのは今年の頭。その時には知盛もいなくなったから、この情報を伝えることはできなかった。ゴサ国は海外との交易だけじゃなく、イェロ河を遡っての帝都との交易も深く過去最大の経済成長を遂げていた。その背景には屈強な海軍、そして鉄砲や大砲による砲術。そして何より海軍を率いる女神の存在」


「近代戦闘の見本市じゃないか。けど女神ってなんだ?」


「さぁ。その女神が海軍を率いてるって噂。けどそれらをすべて差配したのがあの男。ヘーセイセーと呼ばれる宰相の誕生」


「ヘーセイセー?」


 誰だ。あるいはイレギュラーと思ったけど、そんな人物は聞いたことないな。この世界の人間か。


「…………」


「千代女?」


 急に黙り込んだ千代女に不審を覚える。その顔は、無口で無表情な彼女にしてはかなり暗く沈み込んでいたようで、そんな表情をするとは思えなかったからだ。


「この情報を知盛に伝えられなかったのは、良かったのか悪かったのか。分からない。けど、そういう運命だったと思えば、あるいは良かったのかもしれない。あのままイース国が潰れて東にデュエン国が広がっていけば、必ずぶつかりあう間だから。わたしとしても、知盛が親子で殺し合うのは見たくなかった」


 それは確かに。デュエン国がイース国を飲み込めば、そこはもうゴサ国と国境を接するわけで……いや、その前に!


「ちょっと待った。親子!? 平知盛の親って、まさか――」


「そう。ヘーセイセーもとい平清盛。あの平家の頭領にて、太政大臣の男」


 ヘーセイセー。平清盛。なるほど、音読みすれば確かにそうだ。

 平安時代の巨人。平家の栄華を手に入れた、当代の英雄。


 土方さんや岳飛さんに言われたようにゴサ国はなんとしても味方に引き入れないといけない。けどその相手があの平清盛とは。


 報告を聞きたいと思ったのは僕自身だけど、この時ばかりはその内容に頭を抱えざるを得なかった。

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