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第44話 国都探索

 土曜日は半ドンということで、午前だけの授業だった。

 てかもう土曜休みでいいじゃん。朝起きるの辛いって……。


 とはいうものの、午後に勉学から解放される解放感は何物にも代えがたいほどの充実感を与えてくれる。


 その日、僕はラスと共に国都の町を歩いていた。


 始まりはラスの言葉で、


『西地区に、美味しいアイスクリームがあるお店ができたんだって。放課後、ちょっと行ってみない?」


 正直、そんな気分じゃなかったけど、この世界のアイスというのにも興味があったので、二つ返事で了承した。


 というわけでラスと2人で午後の町に出かけたのだ。


 学校終わりの不自由から解放された時間、午後の陽気に誘われてのお散歩というだけでない。

 横に女の子がいるだけで、もうすべてが変わったような気がしてならない。世界がまるで新しくなったような感覚。我が世の春だ!


 まぁ新しくなったといってもまだ勝手を知らない異世界だし、今の僕は女の子だし。

 やめよう、むなしくなってきた。


 そんなわけで学校から歩いて10分ほど。

 店構えが多くなるにつれて、人通りが多くなる。友達を連れてぶらぶら歩く若者たち、買い物をする主婦、陽気に走り回る子供たち。店を構える店主は呼び込みに必死だし、荷物運びの人が行ったり来たり、屋根の修理をしている職人さんもいる。

 千差万別。それでいてどこか明るい、それが王都の西地区だった。


「えっと、西地区の向こうだから。こっちから回っていけばいいかな」


 ラスが辺りを見渡しながら、方向を確認している。

 同じ都市なのに道を知らないのだろうか。


「えへへ、実はあまり西地区には来たことがないの。こっちは庶民の街だからあまり近づくなってお父様が」


 あー、そういう。

 東地区、今僕たちが暮らして学校に通う地区は要は貴族街で、西地区は下町みたいな感じなのか。

 東地区にはない活気があると思ったら、そのせいらしい。


「本当はこっちに来るのはお父様に禁止されているんだけど、こっそりね。来ちゃった」


 はい『来ちゃった』いただきましたー、かわいいー。

 シチュが違うけどそれもまたありってことで。


「あれ、どうしたの? 顔真っ赤だけど、熱でもある? 今日はやめようか?」


 ふとラスが心配そうに顔を寄せてきた。

 そして手を額に寄せてくる。


 あまりの急激な接近、そしてピタッと吸い付くような小さくひんやりとした手の触感。

 それが僕の心臓を早鐘のようにガンガンと打ち鳴らし、


「い、いや! なんでもないさ! さぁ、行こう!」


 さすがに動揺を隠しきれなかったのか。そりゃそうだ。女の子とこんな接近したことは一度もない。そんな学生&社会人生活だったんだよ、うるさいな。


 だから僕は顔を逸らして、ラスから逃げるように歩き出す。


「確かこっちだよな」


「あ、そっちは――」


 足早に向かったその先。

 本来ならもっと考えるべきだったんだ。


 なぜ西へ伸びる道があるのに、ラスはわざわざ回り道をしようとしたのか。

 そのことを疑問に思わなかった。それほどに平常心を失っていた自分を呪う。


 周囲から音が消えた。いや、大通りの喧騒が嘘のように静まり返ってしまっているようだ。

 むしろ陽の光さえもこの路地のようなところには差し込まないように思えるほど薄暗い。


 そしてその場所で初めて人間を見た。

 いや、見た、というべきなのか。


 薄暗くてじめじめした路地、そこにうずくまるようにしているのは男か女か、大人か子供かも分からない人影。それほどに暗く、痩せていて、髪もぼさぼさ。

 それも1人や2人じゃない。10人規模の人間がそこらにうずくまっている。転がっている。


「ここは……」


 あまりに違う。違い過ぎる景色。

 ここが同じ世界なのか、いや、国なのか、と疑いたくなるような落差。


 そしてその極めつけは――


「イリス、ちゃん……ここは……って、え?」


「来ちゃだめだ!」


 叫ぶ。

 だがもう遅い。


「おぅおぅ、これは可愛らしいお嬢ちゃんがまた増えたなぁ!」


「くへへ、こりゃ上玉だ。みろよ、ソフォス国立学園の制服だぜ!」


 2人組。

 路地を封鎖する形で現れた。

 その姿、はっきり言ってチャラい。いや、チャラいという言葉にすら失礼とも言える。

 1人はタンクトップ姿のドレッドヘアー。もう1人は上裸(結構マッシブ)でスキンヘッド。

 どちらも10代後半から20代前半という年代で、その服装や態度、そして言動から見て、東京の街中で見つけたら真っ先に関わりたくないタイプの人間だ。


「よぉお嬢ちゃんたち。もしかして俺らに会いに来たぁ?」


「それともこっちかなぁ? うへ、うへへ。金持ちのパパからいっぱいお金もらってきたんだろぉ?」


 無理やり作る猫なで声が気持ち悪い。

 何よりスキンヘッドの方がいいながらズボンのポケットから取り出したのは、何かの包み。振られたその中からサラサラと粉状のものが入っている音がする。


 うん、嫌な予感しかしない。

 こういうのとはかかわらない、回れ右だ。


「ラス、逃げよう」


「う、うん」


 いまだに現状を把握しきれていないラスの手を引き(あ、手を握っちゃった)そのまま回れ右してもと来た道を戻ろうとして、


「はいはい、こちら通行止めだよん」


 逃げ道を塞がれた。

 3人目、ピアスを顔面中につけた男に。


「さすがギュンダー。いいタイミング」


「へっへ、ま、逃がさねーわな」


 後ろからも男たちが来る。挟まれた。


 くそ、こんな単純な挟み撃ちに引っかかるなんて。

 どうする。

 いや、もう四の五の言っていられない。『軍神』スキルでも使うしかない。


 けど、そうしたら……。


 ちら、とラスを見る。怯え切って、完全に声が出ていない。


 寿命がどうこうという問題じゃなく、この狭い場所、しかもラスという連れがいる状態であのスキルを使うと“やりすぎてしまう”かもしれない。

 トウヨとカミュを守った時とは状況が違う。近すぎて狭すぎる状況。ラスに危害が及ぶ可能性がある。


「ほら、怯えないで。こっちきてお兄さんとイイことしようぜ」


「ふへへ、お前が言うとそれ、犯罪だぜ」


「いーんだよ。どうせ俺たちゃ捨てたらた人間だ。せいぜい“捨てた側”の人間から搾取して何が悪い」


「そういうこと。それじゃあお嬢ちゃん、こっち――へ?」


 腕を伸ばしてきたドレッドの男の姿が舞った。

 こちらに触る前に投げ飛ばしてやったのだ。


 スキル『軍神』。

 もはやなりふり構っていられない。最小最低限の動きで相手を制する。やるしかない。


「てめぇ、何しやがる!」


 残る2人が血相を変えて殴りかかってくる。


 何しやがる? こっちのセリフだ。


「そっちこそ、何しやがる!」


 ピアスの男に踏み込み、殴りかかってくるのを潜り込んで肘を胴体に叩き込む。汚い唾を吐いて男が悶絶する。

 すぐにその場から離れて、残るスキンヘッドに跳躍からの蹴りを叩き込んだ。

 倒れた3人。よし、十分。

 ラスは……いた。脇にへたり込んでしまっているが、無事のようだ。


「大丈夫か、ラス。早くここから――」


 この日は、どこか自分の調子が良くなかったのかもしれない。

 だから変なことで取り乱すし、いけない雰囲気にも関わらず突っ込み、こんな頭の悪そうなやつに挟撃される。


 そしてこの時も。


 衝撃。

 背後。後頭部だ。


 フラッと体が泳いで、そのまま膝をついた。

 痛い。頭。何? 殴られた? 体が、動かない。


「おいおい、なにしてくれちゃってんのー、これは」


 頭を抑えながら首だけで振り返る。

 そこにはぞろぞろと、まるでGのようにガラの悪い男たちが沸いてきた。5,6……10、いや、15はいるか。


 増援……。

 くそ、3人だけだと思って完全に油断していた。


「イリスちゃん!」


 ラスの悲鳴。

 そこに男たちの下品な笑いが重なる。


「っはっは! イリスちゃんだってよ! うーん、麗しき女同士の友情だねぇ」


 ボス格の男のセリフに、再びドッと笑いが沸く。


 怒りがこみ上げる。だが起き上がろうにも体が鈍い。

 この怪我、この人数はさすがにヤバい。

 せめてラスだけでも。やれるか。いや、やるしかない。


「ラス、行って。今なら、逃げられる」


「ダメだよぅ。友達からは逃げるなって、お父様にも言われたから」


 それはたぶんシチュエーションが違うかな。とは思うけど、その言葉はありがたく受け取っておく。

 それだけで、無理する理由にはなりえるから。


「大丈夫だ、僕もすぐ行く。だから先に行ってくれ」


「で、でも……」


「行け!」


 体の底から繰り出した叫び押され、ラスはよろよろと立ち上がり、転がるように逃げていく。


「逃がすわけねーだろ、ばぁか!」


 当然、相手方もそれを呑気に待っているわけがない。

 やるしかない。こいつらを、僕のすべてを使ってでも止める。


 だが、予期せぬことはさらに後方で起こっていた。


「あっ!」


 ラスの声。

 何かに驚いた声で、それで彼女の足跡が途絶えたのが分かる。

 何やってんだ、逃げろ。


 だが――


「やれやれ、女の子2人がこんなところに入り込んで、不安に思って来てみたらこれって」


 背後から女の声。知らない人だ。

 それでも振り向けない。今、振り向けば、僕はこの15人の暴漢に飲み込まれる。


 だが、その女性の声がこの状況を一気に打破する力となるのだ。

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