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第5話 頼み事のこと

 1日考えて、父さんと話をした。


 内容はもちろんお見合いについて。今はまだイース国周辺も定まっていないし、はっきりとした答えは出せない。そもそもが、何事もなければ僕は1年後に死ぬ運命にあるのだ。

 だから今すぐ答えは出せない。そう言うと父さんは少し寂し気な顔をしながらも、


「そうか。それがお前の人生なら、無理は言うまい」


 大人しく引き下がってしまったけど、逆にそれが僕にとっては重荷に感じてしまった。実際には血のつながりもない他人の、しかもこの世界の人間ではない男に娘の人生を左右させてしまっているのだから。

 だからいつか、僕がイリス・グーシィンとは別の存在になれる……のか分からないけど、そんな時が来る時のために、彼女に何かちゃんとした世界は残していきたいと切に思う。


 そんなわけでとりあえず喫緊きっきんの家庭の問題については話がついた。


 あとは大きな世界情勢の問題。

 今もきっとラスは皇帝と共にゼドラとの闘いに明け暮れているのだろう。それを思うと、今すぐ飛んでいきたいと思う。飛行機とか新幹線があればそんなこと何不自由ないのに。翼があったら飛んでいきたい、という表現があるけど、そんなことないだろと思っていたころが懐かしい。本当に翼があったらと何度思ったか。


 ただ、イース国に動きはない。

 帰国してから1週間経っても、2週間経っても動きはない。


 その間、何もしてなかったかというと……そうでもない。


「イリス! お願いだ!」


 ある日の学校終わり、カーター先生から呼び出しがあった。算学研究室とかいう部屋で、数学専攻のカーター先生専用の小汚い部屋で、いきなりそう頭を下げられた。

 そのあまりに突然すぎた言動に、いぶかしさを感じてしまって思わず即答した。


「え、嫌です」


「話も聞かずにか!?」


「どうせ結婚してくれって話とかじゃないんです?」


「違うぞ! あ、いやお前と結婚したいのは違くないが、それは卒業してからのこと。しかしお前からそういう話をしてくれるなんて、先生嬉しいぞ」


「帰ります」


「あ、嘘。ホント、ごめんなさい。助けてくださいってのは別件で……」


 部屋を出ようとした僕を必死に手を引いて平謝りする先生。てか密室に男女が2人てこれ確実にヤバい奴だよな。つい自分が男の感じで対応しちゃうけど、ちょっとそこらは気を付けた方が良さそうだ。

 この状況、悲鳴とかあげれば確実に勝訴できるだろうけど、一応味方についているカーター先生を失うことになるし、あのカタリアに何を言われるかと思ったらデメリットが大きすぎる。


 まぁ襲われたとしても、返り討ちにする自信はあるし。寿命使うけど、少しくらいなら今は余力がある。だから少し距離を取りつつも先生の話を聞くことにしたわけで。


「経済復興対策室ぅ?」


「ああ、そうだ。この1年で我が国は大きく領土を拡大させた。だがそれに伴い、占領地への融和や慰撫がまったく行き届いていないのが現状だ。そこで国として、何をすべきか、どう収めていくかを話し合いながら決めていく、その部署が作られたんだ」


 なるほど。うちがすぐに帝国に援軍を出せない、その根本的原因に対し、何もしていないわけじゃないんだ。

 けど今更対策を話し合うなんて、かなり泥縄な対応だとは思う。まぁそもそもが領土の拡張は求めたものではなく、成り行きでそうなってしまったのだから、そこは責められるべきところではないのかもしれない。


「へぇ、でもそれが一体?」


「実はその部署に俺も特別職員として部署を任されることになった。その、俺も少しは数学者として認められてるからな」


 カーター先生は一応、下級ながらも貴族の人間だし、何よりこの名門の教鞭をとっているのだからそれなりに優秀だ。国家の危機に徴集されるのもまぁ分からないでもない。


「それはおめでとうございます」


「あ、ああ。だが酷い有様なんだ。職員は30人くらいいるが、何より計算が遅い。しかも物資を届けるとなった時にも、どこにどれだけのものがあるかの把握ができておらず……正直、このままだと何の成果もなく無駄に年月と費用を費やすことになってしまう」


「はぁ、それは大変ですね」


 確かにこの世界の教育水準は酷く低い。いや、そもそも時代背景的にはそれも致し方ないものなのかもしれない。現代日本が高すぎるというのは確かで、それはご先祖様に感謝したいところなんだけど。

 てか何の説明だ。いやなんだろう。すごい嫌な予感がする。


「頼む。お前の頭脳を国家のために使ってくれ!」


「…………は?」


「去年に見せたお前の数学的センス。計算の速さ。そして帝国の最新式の方程式を理解しているお前が適任なんだ! まさかお前があんなに勉強のできる天才だとは思っていなかった。それは謝る。だから頼む。その天才的頭脳を俺に……いや、この国のために使ってくれ!」


 すごい勢いで頭を下げ、というか膝をついて土下座までしましたカーター先生。


 ……天才。


 まさか自分にその称号が与えられるとは思ってもなかった。無縁の言葉だと思っていた。

 もちろん、この世界に来てグンと学力が上がったわけじゃない。むしろ逆だ。こちらの世界の学力がグンと下がった。それによって三流大学出身の僕の学力でも、この世界では天才と称されるレベルに相対的になったというだけの話。大人でも九九を暗唱できれば優等生。連立方程式なんて、学者が研究してやっとというレベルなのだから。


 だけど今。僕は掛け値なしの天才だ。


 呼ばれ慣れないその呼称に、少し優越感に浸るのも悪くないと思ってしまったのもあったわけで。そもそもが、カタリアパパの政策ですぐに出発はできない状態で、何もしないでいるのは苦痛だったのもあった。


「分かりました。少しだけですよ」


 腐っても国の機関。それほどひどくもなく、2,3助言をするだけでなんとかなるだろう。

 そう思って安請け合いしたのがすべての始まりだった。


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