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挿話3 本庄繫長(カタリア親衛隊?)

 なんつーか。暇だ。


 このわけの分からない世界に来て、わけの分からない戦いに巻き込まれて。いつの間にかこんなところに来ていた。


 戦うこと。それ自体はいい。むしろ大好きだ。

 だが目的も良く分からないままに振り回されるのは好きじゃない。

 上杉の姉御も大概わけの分からん御仁だったが、その存在自体が面白く、何より罵声を浴びせられるのが好ましすぎて、退屈や暇とは無縁のところにいられた。


 カタリアの嬢ちゃんは、どこかあの上杉の姉御に通ずる加虐な部分が大いにある。だからこそ同行することにしたのだが、連れて来られた場所は騒乱とはまったく程遠い、祭りだなんだの平和な国だった。

 平和が嫌いということはないが、どこか自分が生きているという感覚と遠ざかってしまうようで、現実と自分とのズレが感じられるようで、どうもしっくりこない。


 それならあのまま、あそこに残った方が良かったと思う。

 なにせあの時に戦った敵は、巴御前だとかいうじゃないか。しかも他に源為朝に項羽と呂布ときた。講話に聞く殺戮と破壊の化身。その武力に男として憧れないことはない。俺の力がどれほど通用するかというのも、大いに興味がある。


 それでもそこに残らずこのイースとかいう国に来たのは、ひとえにカタリアの嬢ちゃんであり、敗走――そう、敗走だ。住んでいた帝都とやらを追い出され、その主である皇帝と共に都落ちした哀れな敗残者。その中でもカタリアの嬢ちゃんは毅然として、動じた様子がない。そこも川中島で激戦の後の姉御の様子に似てもいた。


 だから所在定まらない身であることもあり、カタリアのお嬢についていくのをよしとしたわけだが。


 あまりに暇すぎだ。


 当のお嬢は、あれ以来。ふさぎ込むようになってしまい、それをおつきの2人がなんとか盛り立てようとしている。


「お父様は……お父様はわたくしを……」


「だ、大丈夫です! カタリア様を嫌いになんかなりませんとも! きっと愛の鞭です!」


「そーそー。そもそも家督は姐さんが継ぐんだろう?」


「ちょっと、サン! それは!」


「あ、やべっ。えっとー、お嬢なら勘当されてもどこだって生きてけるって!」


「ああ、お父様ぁぁぁぁぁ!」


「サンの役立たず!」


 元々の話では、カタリアの嬢ちゃんはこの国の軍を率いて再びあの帝国とやらに戻るつもりだったという。例の為朝らに再戦をぶちかましたいらしい。

 それは大いに結構。ただ、彼女の父親が国のお偉いさんらしく、それが出陣に反対しているらしい。しかもそれに抗議した嬢ちゃんは勘当を言い渡される始末。上杉の姉御で言えば、本庄か直江らが反対してるようなもんだが……あの御仁は家臣がどう言おうが、自分の感じるままに突っ走っちまうからな。


 そんなわけで、まだ出陣の時まで時間がかかりそうで。そうなれば武人である自分にすることはないわけで。

 お嬢の家の隣に住み込み用の部屋をもらったが、そこにいるのもつまらないので、適当にもらった小遣いを片手に街へと繰り出している毎日だ。


 右を見ても左を見ても、俺らとは異なった異国の人間ばかり。言葉も通じるのかと不安だったが、俺が喋る言葉で相手に通じるし、相手の言葉も日本の言葉と同じに聞こえた。

 どういう理屈かは分からないが、その理屈が分かったところで俺に何かがあるわけでもない。

 だから言葉が通じるのを幸いに、適当に道をぶらついてそこらにある露店で昼間から酒をひっかける。このイース国都の西地区には、酒やら女やらを色々買える場所が多い。俺にとってはすぐに馴染んだ。


 そんな数日が続いたある時だ。


「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」


 店の外で陽気を楽しみながら酒と干物で一杯楽しんでいると、物騒な声が響いた。

 いや、俺にとっては物騒というほどでもない。俺のいた揚北あがきた(越後北部)のあたりじゃあ、こういう言葉は日常茶飯事で、その大半が境目争いによるものだ。それを平定するために上杉の姉御は西へ東へと奔走し、一時は高野山に出家する騒ぎが出もした。


 声の下方に目を向けると、そこでは屈強そうな男たちが5人ほど、それに対する相手も5人ほどでにらみ合っていた。

 肉体労働系の仕事についているのか、白い肌着から覗く肉体は陽に焼けて盛り上がっている男女で、年齢は30代から40代くらいだろう。陽に焼けるのが少ない越後では珍しい肉体美だ。

 対する男たちは、いわゆる婆娑羅ばさらな格好をした20代か、それ以下の若者。赤や金に彩られた羽織のようなものにひらひらがついたものを着こんでいる。派手で他を圧倒する迫力を出そうとしているのだろうがいかんせん、丈がまったく合ってない。ふと笑ってしまうほどの不均衡。今や何も怖くないという年代の跳ねっかえりどもが、労働に身をうずめる者たちに噛みついているようだ。


 その光景がなんとも青いというか、上杉の姉御に噛みついていた自分の姿を思い出して笑みがこぼれる。


「おい、てめぇ今笑ったな?」


「あん?」


 見上げれば、10人ほどの男女が俺の前に立っていた。その誰もが俺にいぶかしげ、というか怒りの視線を浴びせてくる。


「昼間っから酒たぁ、いい身分じゃねぇか、兄ちゃん」


「俺かい?」


「おめぇ以外に誰がいんだよ!」


 周りを見回せば、なるほど。確かに周囲に客はいない。もめ事を恐れて立ち去ったのだろう。


「なるほど確かに」


「舐めてんのか! 俺たちゃ、去年の戦争からこちら。崩れた外壁や家屋の再建のために馬車馬のように働かされてるのに、こんなとこでのんびり酒飲みやがって!」


「いや、こいつが笑ったのは俺たちの格好だ!」


「ああ、確かにそりゃ笑える」


「てめぇ! 俺らのソウルを馬鹿にしやがったな!」


 おっと、思わず本音が。

 それにしてもこいつらの語彙力ときたら。上杉の姉御に比べたら、そのやり方も手ぬるい。生きるか死ぬかのギリギリの責め具合は、やはりあの姉御の才能というものだろう。

 カタリアのお嬢ももうちょっと経験と階級を積めば、良い責め師になるだろう。


「聞いてんのか、てめぇ!」


 バンっと若者の1人が机をたたく。その揺れでカップに入った酒が倒れて中の液体が地面へと零れていった。


「あー、もったいない。てか、おたくら。いつから仲良くなったの?」


 ふと、肉体労働と婆娑羅の男女が一瞬目を交わす。ほんの数分前まで言い争っていたのが、完全に俺に向かって呉越同舟してかかってきている。


「はっ、こいつらは後回しよ。それよりおめぇの方が気にくわねぇ」


「なるほど、道理だ」


 越後の衆も、とりあえずは武田。それから身内での争いと境界は引いていた。


 ただ――


「弱いものいじめは嫌いなんだよなぁ」


「ぷっ、ぎゃはは! ああ、そうだよ。俺たちゃ弱いものいじめがだーいすきなんだ。だからよ、おっさん。金目の物出せよ。昼間っから飲んでんだ。よっぽど大金持ちなんだろうよ」


「いやいや、俺たちに小遣いをくれるために大金持ちになったんだろうよ!」


「俺は一発ぶん殴らせろ。労働者として、その腑抜けた顔は許せん」


 殺気立った10人が詰め寄せてくる。


 やれやれ。数を頼んでいるのか、あるいは奇特にも個の武に自信を持っているのか。

 今はこうも酒をかっくらっているが、舐められたもんだな。この本庄弥次郎も。


「おい、聞いてんの――」


 肩をつかみにかかった婆娑羅の男。その体が宙に舞った。短く響く悲鳴をあげて、男は頭から地面に落ちる。


「な、てめぇなにしやがる!」


「なにしやがるたぁどっちの台詞だ。上杉家臣が特攻隊長、本庄弥次郎繁長! 売られた喧嘩は全部買って来た。死にてぇやつはかかってこい!」


「くっ……相手は1人だ、やっちまえ!」


 10人、いや1人減って9人が襲い掛かる。最初の殴りかかってくる1人をいなして腹にこぶしを叩き込む、そのまま横にいた奴を蹴り飛ばす。誰1人として得物を抜かない。その心構えは立派。だがそれでとられる俺じゃない。


 最初の3人ばかりを瞬殺して叩きのめしたくらいから、相手の様子が変わった。どこか怖気づいた気配を感じる。だがこちとら矛を収める理由はない。相手が売った喧嘩だ。倍にして返してやらないと俺が損する。


 腰の引けた相手を2人ばかり殴り倒し、完全に度を失った相手にさらに一歩踏み出そうとして、


「そこまで!」


 ピタリ、と足が止まった。

 背中に感じる武の気配。声の主なら、女だ。


「酒場で乱闘の報告があったが、そこのお前ら。そこを動くな。騒乱の罪で捕縛する!」


 捕吏か。めんどうなことになった。


 ――とは思わなかった。


 やりたりねぇ。やんちゃなガキと腰の引けた数人をぶっ飛ばしただけじゃあ、この不満の主は俺の体から出ていかない。やはり俺は戦場だ。戦場こそ、この本庄弥次郎が生きる場所。こんな檻の中の生活にゃあこりごりだと感じた。


 振り返る。

 そこで少し意外に思ったのが、捕吏かと思いきや軍装をした集団。軍だ。


 その先頭にいる長身の女。

 どっかで見た顔だ。いや、そんなことはどうでもいい。この女の放つ武の気配。とんでもねぇ上玉だ。見てくれもキュッとした体つきに女豹のような鋭い顔つき。たまんない。


「おい。あと5人分、てめぇがその埋め合わせしてくれんのか?」


「あたしに勝てるとでも?」


「俺に勝てるとでも?」


 その言葉だけで十分だった。それだけで通じ合えた。そう思った。

 足が動く。距離が縮まる。その距離は加速度的に縮まっていくのは、相手もこちらに向かって来るからだ。


 その距離が2歩の距離に近づいた時。お互いに足が止まった。

 ぶつかりあう、互いの気のようなもの。呼吸も心臓も止まったような気がした。一呼吸でも、心臓のいち振動でも動くきっかけとなりうる。そんな張りつめた空気。

 ここでビビったら負けだ。それは即、死につながる愚行。どちらが動くか。あるいは動かないのか。戦の駆け引きに似た刹那の邂逅。ああ、それにしてもとんでもねぇくらいにイイ女だ。カタリアのお嬢にはない色気ってものがぎっしり詰め込まれている。こんな女だったらむしゃぶりついて朝まで抱きたいくらいだ。まぁそれも、ここで一発ぶん殴ってからだ。


 空気が破裂した。


 左足を踏み込む。相手も踏み込んできた。

 放たれるのは必殺の右こぶし。相手も同じく渾身の力を叩き込んでくる。狙いは顔面。お互いに。恐怖。体が止まりそうになる。ビビったら負け。それだけが頭に残る。上杉の姉御の前に出ても貫いた俺の意地。それが体をさらに前へと倒す。同時、相手もさらに来た。打てる。そう思った刹那、何かが全身を駆け抜けた。死ぬ。それが分かった。相手も死ぬが、俺も死ぬ。それがどこか恐怖として俺の体を包もうとする。いや、違う。俺は死なない。相手が死ぬ。死んだ相手を飽きるほど犯す。それだ。そのために、俺はこの一瞬に命をかける。


 交錯した。


 痛みは、ない。

 顔面にも、こぶしにも。


 右を振り切った形で、お互いの右肩がぶつかるくらいに接近していた。

 肩越しに女の顔が見える。相手も俺を見てくる。視線が遭った。それはまさに遭遇した、という意味合いに似た衝動。


「ホンジョー! ステイ!!」


 ハッとして、俺はこぶしを引くと、一歩後ろに下がった。

 カタリアのお嬢だ。外見はまだまだ子供だが、こういう通る声は、本当に支配者のそれに近しい。そこは好ましいところだ。


 振り返れば、カタリアのお嬢がこちらに駆けてくるのが見えた。あのユーンとサンとかいうおつきも一緒だ。


「ホンジョー! あなた! なにやってるの!」


「ん? いや、別に」


「別にって……ああ、タヒラお姉さま! ご無事でしたか!? うちの野犬が失礼を!」


「ああ、カタリアくんか。うん、いや別に問題はないよ。ただの挨拶みたいなものだし」


 アレを挨拶と言いやがるか。そうだ。この女。あの時、このイースとかいう国に来た時に迎えに来た奴だ。

 なるほど、お嬢がお姉さまと呼ぶわけだ。そうやって他人事のように思えるのも、どこか一瞬の攻防ですべてを出し切ってスッキリしたからかもしれない。


 2人が何やらしゃべっている間に、女の連れてきた兵が動く。倒れた男たちを起こすようにして、残った男女はそのまままとめて連れていかれる。


「タヒラお姉さま、彼らは……」


「なに。ただ往来を騒がせただけ。ちょっと調書を取って即時解放するわ。二度目はないけど」


「ありがとうございます。彼らも悪気があってのことではないと思ってます。うちの野犬が騒がしいだけで」


「おいおい、俺のせいかよ」


「どうせお酒でも飲んで絡んだんでしょう」


 まぁ半分合ってる。そしてこの世は半分合っていれば、それは合理的になるのだ。


「本当に、あなたは言うこと聞かないわ、勝手なことするわ。もっとわたくしのことを考えて動いてくださる?」


「カタリアのお嬢。俺は別にあんたに仕えてるわけじゃない。いや、仕えていたとしても、俺に出来るのは戦のことだけだ。それで敵をぶちのめして、お嬢を守ることはやる。それが俺のできることだからだ。だが、その場がねぇんじゃ、酒をかっくらって寝るくらいしか能はないのさ。その場が作られねぇなら、俺は抜けるぜ」


 お嬢の罵倒もなかなかのものだが、この女の武には別に惹かれるものがある。どつき合いで俺を屈服させる女なら、進んで足だって舐めてやろうってもんだ。


「なっ、貴様!」


 お嬢のおつき――ユーンだっけか――が色を成す。だがそれをカタリアのお嬢は腕を上げて制した。


「ホンジョー、あなた。何が言いたいの?」


「ま、それほど大したことじゃねぇ。ただお嬢、ぐだぐだと泣いて見せても事態はまったく変わらないんだぜ?」


「な、泣いてなんかいませんわ! 何を知ったようなことを!」


「俺は知らねぇよ。お嬢のことも、政治のことも、この世界のことも。だがな、これだけは知ってる。本当に“やる”って時には周りがなんて言おうが行動する。それがすべてじゃねぇのか。言い方は悪いがお嬢は子供だ。その子供が勝手をやろうって思うなら、まずは行動しないと道は開けねぇぜ」


 俺も幼少に家督を継いだ。周りは俺を飾りのように扱い、父上の成したすべてを奪おうとした。だから滅ぼした。10をいくらか越えた俺が、実権を奪おうなんてことは周りの大人からすればありえないような出来事だったのだろう。けど俺はやった。まず俺がやろうとしたからだ。それから後に大人たちがついてきて、それで叔父の独裁を防ぐことができたのだ。


 上杉の姉御だってそうだ。病弱の兄上の代わりに自ら進んで陣頭に立ったからこそ、越後守護への道が開けた。姉御の言葉じゃないけど、死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死ぬものなのだ。


「…………」


 カタリアのお嬢は衝撃に目を見開いた後、少しうつむいてしまう。


「カタリア様……」


 ユーンが心配そうにカタリアのお嬢を見つめる。だが再び顔を上げた時には、最近の鬱屈とした眉をしかめるような表情はなく、どこかすっきりとした顔をしていた。


「確かに、わたくしはいくらか大人しすぎたようですわ。すでにお父様は決められている。けどそれにわたくしが従う必要もないのです。わたくしはわたくしが思う最善をすればよい! それがカタリア・インジュインですわ! ユーン、サン! 早速、動きますわよ!」


「おお、カタリア様が覇気を取り戻された」


「お嬢が治った! 治った!」


 おつきの2人がカタリアに命じられて嬉しそうに跳ねまわる。


「……それにしてもそれをこの駄犬に悟らされるなんて、屈辱この上ありませんわ」


 カタリアのお嬢の顔つきが少し変わった。ような気がした。

 それは好ましい変化だった。罵倒の言葉と合わせて、そう思った。

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