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第4話 琴のこと

 陽が落ちてきて、軍営を出た僕らだが、タヒラ姉さんが寄りたいところがあると言って僕を連れまわした。


 それは国都の西。いわゆる下町として貴族以外の人たちが住む場所で、なんとなく見覚えがある通りに出ると、店の前で女性が1人。僕たちを待ち構えていた。


「遅くなったね」


 タヒラ姉さんがその人物に話しかけると、きさくな笑顔で答える。


「いやいいよ。よぅ、イリス。元気だった?」


「あ、トーコ……さん」


 言葉尻がしぼんだのは、別にトーコさんを忘れていたわけじゃない。元は僕と同じ学校に通っていた彼女だが、家庭の事情で辞めざるを得なかった西地区の居酒屋の少女。彼女とは去年の凱旋祭近辺で出会い、以降もそれなりに会っていたから人見知りしているわけでもない。

 そう、僕と彼女との間にいた人物――琴さんのことがあったからだ。


「琴は……残念だったね」


「うん……」


「はは、お前が泣くなっての。あいつもさ笑って送ってくれって思ってるよ」


「うん」


「それにしても約1年か……あいつと出会って、それでイリスと出会って。本当にあっという間だった」


「……うん」


 なんかもう相槌しか打てない。彼女のことを話すと、なんだか涙が止まらないのだ。よく考えたら帰国するまで大変すぎて彼女のことを思ってもやれなかった。いや、思ってはいた。けど誰かと悲しみを分かち合うこと、彼女の思い出話をすることは誰ともしてこなかった。


「トーコさんも、泣いてる」


「ん……あはは、そうだね。やっぱ、ちゃんと泣いてやらないと。コトも、あたしもちゃんとやりきれないからさ」


「イリリを守ってくれたんでしょ。数度しか会ってないけど、あの人は凄いね。感謝してる」


 タヒラ姉さんも珍しくしんみりした雰囲気。


「ってわけで、今日は無礼講! もう皆集まって始めてるから!」


 ガラッと店のドアを開けると、笑声が一気に外へと漏れてきた。


 何が、と思えばそうか。ここはトーコさんの店。居酒屋だ。

 開かれた扉からは、多くの人たちによる飲めや歌えやの大騒ぎが聞こえてきた。


「ほらほら、本日の主役だよ! あんたら道あけな!」


「おお! 彼女が例の!」「イリスちゃん、わし覚えてる? わし?」「ね、帝都ってどうだった!? 皇帝に会えたってホント!?」「わっはっは! 俺は思ってたぞ、イリスちゃんはいつか“やる”ってことが!」


 と、僕を見つけた店の常連っぽい人たちが一斉にまくし立てる

 その熱に、人見知り気味の僕としては少し引いてしまうわけで。ただ、その背中をタヒラ姉さんは押してきて、


「イリリはこういう騒がしいの苦手かもだけど、ま、今日くらいは頑張ってちょ」


「ん……」


 まぁ確かにそれほど得意じゃない。けど、今日は琴さんの見送り会みたいなことだし。


 それから2時間ほど。どんちゃん騒ぎの中に放り込まれた僕は、ここの常連さんと見知らぬ新人さんらにもみくちゃにされた。といっても、帝都のこととか今回のこととかを土産話的に話すだけだから、そこまで苦痛ではないのは助かった。


 久しぶりに酒でも飲もうかと思ったけど、横からタヒラ姉さんがひったくって、


『お酒は二十歳になってから! って、なんでだろう? 良く分かんなけどそうしなきゃいけない気がするから、イリリはダメ!』


 わけわからないことを言いだして僕の飲酒を阻止してきた。さてはもう酔ってるな。

 くそ。中身はもう成人してるのに、飲めないなんて辛すぎる。


 というわけで仕方なくジュースで琴さんに哀悼を示す。


 宴もたけなわ。外も真っ暗になり始めて、ようやくお開きになった。


「んじゃ、またねー。イリスならいつ来ても大歓迎だよ」


 そうトーコさんの明るい笑顔に見送られ、荷物を背負いながら僕は外に出た。


「あうー、飲んだー」


 荷物タヒラねえさんが僕の肩越しに酒臭い息を吐く。


「もう、どんだけ飲んでんだよ」


「えっとー、麦のしゅわしゅわを10杯にー、イース国印のブドウジュースを7杯。いや10杯だったかなー、忘れちゃったー。えへへ。あとは樽を一気飲みー」


 よくそれで生きてるな、この人。確か昔のアルコールって、あまり製造技術が発達していなかったから高いんじゃなかったっけか?


 はぁ、これで家まで連れて帰るのか。姉さんは痩せぎすに見えるけど、この国で最強クラスの武力を持つというから筋肉の量が半端ない。それに意外と上背があるので、かなり重い。

 頑張れないことはないけど、本気でタクシーが欲しいと思う今日この頃だった。


 それからタヒラ姉さんは意味がギリギリ分かることと、全然脈絡もないことをべらべらとしゃべったと思いきや、もうすぐ家というところで、


「あ、イリリにほうこーく」


「なに?」


「あたし、ゴサ行くから」


「…………え?」


 突然すぎて反応が遅れた。ゴサってあの東にあるゴサ国? 行くって、何しに?


「あ、はぁ。行ってらっしゃい?」


「なによー、それ。イリリも一緒に行くんだからねー」


「え、一緒って……」


「行くんでしょ? あのカタリアちゃんと。だからあたしもいくー」


 いや、いくーって簡単に言うけど、それでどうなるもの?


「使節団のごえー、ヨル兄に了承させた」


 ごえーって護衛か。

 まぁ確かに頼もしい……頼もしいのか? この酔いつぶれた人が?

 それにしてもそんな無理難題をやらされた兄さん。ドンマイ。


「うふふ、久しぶりのイリリとのりょこーだね。たのしみー」


 ああ、そういえば。僕がこの世界に来て初めて出会ったのがタヒラ姉さんで、ザウス国からの帰国を旅行とすればまぁ久しぶりってことになるのか。


「あははー、このてんかさいきょーのタヒラ様がいればー、ゼドラなんてがいしゅーいっしょくでありますから! 弓でも鉄砲でもかかってこー……うぅ気持ち悪い」


 あるいはこの人なら呂布や項羽に勝てるのか……?

 そう思ったけど、次の瞬間僕の肩で吐き出した姉さんを見て、こりゃ無理だと思った16の夜だった。

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