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第2話 家族のこと

「ちょ、お嬢! どこいくんすか!? おい、ホンジョー! お嬢を押さえるぞ!」


「えー、俺も?」


「早く!」


「へいへい」


 政庁から外に出ると、幽鬼のような足取りでふらふらと自宅に戻ろうとするカタリアを、心配したサンが、そしてそれに急き立てられた本庄繁長が後を追う。


「そう、そのようなことが……。分かった、ありがとう。カタリア様は私たちが見るから」


 対するユーンは僕に事情を求めてきたので、軽く説明すると、そう言って丁寧にお辞儀をして去っていった。

 そんなカタリアの後ろ姿を見て、少し胸がスッとする僕は器が小さいのか、なんて思ってしまうわけで。


「それじゃあ俺もおいとまするわ。カタリアのことはしばらく放っておくといい。それよりお前との初めての旅行、楽しかったぞ。ちょっとスリリングにすぎたがな。まぁこういうのも悪くない。次の旅もまたできるのを楽しみにしてる。それじゃあお義父様によろしく」


「私もここで失礼する。今回は私も反省すべきところが多々あった。今度こそ、お前の役に立って身も心も私に差し出すようにしてみせるともさ」


 と言ってカーター先生とムサシ生徒会長も帰っていった。


「じゃあ、帰りますか」


 タヒラ姉さんがうんと背伸びをしながら


「あれ、姉さんは大丈夫なの。軍とか」


「そりゃあもちろん。せっかくイリリが帰ってきたんだもん。軍の仕事なんてやってられないっての!」


「わっ、ちょ。抱き着くなよ。皆見てるだろ!」


「見せつけてるのよ。あたしの最愛の妹はすごいんだぞって」


「は、恥ずかしいって……」


 てか当ててる? 当ててるよね! わざとか!? この姉は!


「恥ずかしいといえば、さっきの女なに? イリリの身も心も差し出すだなんて、許せない女狐なんだけど!」


「全然恥ずかしいとの関連性がないんだけど!? いや、恥ずかしい先輩だけど。あれはムサシ生徒会長だよ」


「ムサシ……」


 と、その名前を聞いたタヒラ姉さんが、急に力を抜いたので、その隙に僕は離れた。

 ちょっともったにないという思いとは別に、久々のスキンシップすぎてまだドキドキしてる。同性だっていうのに。いや、心は異性だからね。だからもったいないしドキドキしてるの。そうに違いない。


「ふーん。そう。へぇー、そうなんだ」


「なに? 知り合い?」


「いやー、別にー、全然ー、知りませんけどー」


 この姉は分かりやすいな。けどムサシ生徒会長と何かあったってことなのか? タヒラ姉さんの方が年上だから直接のつながりはなさそうだけど……。


「んじゃ、せっかくのお祭りだし、行きましょう!」


「え、でも父さんたちに挨拶……」


「あとあと! イリリも色々頑張って来たんだし、少しくらいリフレッシュしても罰はあたらないわよ」


 それは、確かに僕の身を案じての言葉だと伝わって、なんだか久しぶりに家族としての温かみを感じた。


「ぐぇっへっへ、せっかくのイリリとの大事な時間。楽しまなきゃ損ってやつ」


 あ、それがなきゃいいところだったのに。


 けどまぁ確かに姉さんの言うことにも一理ある。この2カ月、本当に気の抜けないような場面の連続で、何より死すれすれの毎日と言っても過言ではなかった。それにラスや琴さんとの別れもあって、少し気落ちしていたのも自分なりに理解している。

 それを察してか、タヒラ姉さんが気を回してくれたと思えばその気遣いをむげにはできなかった。


「じゃあ行こうか!」


「さっすがイリリ! じゃあ早速、そこのとっても素敵なベッドがあるホテルがあるから、そこでゆっくりとお姉さんに体を許していいのよ?」


「あ、そういうのいいんで」


 若干の気疲れはあったものの、国都を挙げてのお祭りはそれなりに楽しく、去年ラスと回った凱旋祭のことをちょっと思い出してしまったけど、充実して辛いことも忘れられた。


 そして夜。


「うぉぉぉぉぉん! イリス、よくぞ無事でぇぇぇぇぇぇぇ」


 そんな涙と鼻水全開の父さんの歓待(?)を受けて食事会になった。


「イリス、さっきも会ったけど公的な場だったからな。よく無事で戻ってきてくれた。それに、皇帝陛下をお守りしたなど聞いた時には驚いたが、さすが我が妹だと鼻が高くなる思いだよ」


 堅苦しい風に言うのはヨルス兄さん。

 その横ではミリエラさんがニコニコと笑っている。


「ほんと、この人は四六時中イリスちゃんのことを心配ばかりして。少し妬いちゃいます」


「それは悪かったよ……」


「いいえ。家族1人心配できないような人だったら、軽蔑してこの家から追い出しています。本当、無事でよかったわ」


「お、おぅ……その無事でよかったのはイリスかな? それとも……」


 相変わらずミリエラさん強いな。


「無事だったんだ。いいけど」


 とはトルシュ兄さん。

 梁山泊に襲われて、それを伝えるために先に帰ってもらったけど、そのことにお礼を言うと、


「別に。ただボクのすることを果たしただけ。それが無駄になったとしても文句は言わないよ。


 確かに梁山泊は何もしてこなかった。というのも帝都で林冲に会ったことからも証明されている。林冲が頭領を探しているということは今、梁山泊は機能していないということだ。だから清河八郎が目論んでいたイース国のへの侵攻はなくなったわけで、北の旧ノスル領の河川を警備していたことは無駄になったと言ってもいい。


 けどその代わりに旧ノスル近辺の河川の治安は良くなって、少しずつ船を持つ商人が増えたという話らしいから、結果オーライということだろう。


 ただそんなトルシュ兄さんにも驚く変化があった。

 それは話が琴さんのことになった時だ。


「そうか。魂の友(ソウルメイト)はそのようにしてヴァルハラへと旅立ったのか」


 そうぽつりと言うと、そっぽを向いてしまった。その瞳が少しうるんでいたのは、僕の見間違いじゃないと思う。


 そういえば琴さんと通じ合ってたっけか。

 本当に人の死というものは色々な人に影を落としていく。いい意味でも、悪い意味でも。


 そんな感じで和やかに始まった食事会も、一部、暗いところを残しながらも慎まやかに終わった。

 久しぶりでの実家での食事。ラスのところに戻らなければ、という焦りはあるものの、明日のことや戦いのことを気にせずにいられる貴重な時間。


 現代にいた時はこれが日常だった。いや、ちょっと嘘をついた。家族とご飯を食べたことなんてここ十数年なかったわけで。

 ただ明日のことをあまり気にせず食事を楽しむ余裕はあったし、何より人の生き死にを考えることもほとんどなかった。


 それがこの世界に来て、あり得ないことばかりに遭って家族や友達というものの大切さを知った。


 だからこの和やかな時間がいつまでも続けばいいな、と思ってしまうとしてもそれは決して許されないことではないと声に出して言いたい。


 ……わけなんだけど。


 食事後。ちょっとひと悶着あったわけで。


「あー、イリス。そういえばなんだが」


「ん、なに父さん?」


「お前ももう今年は16だ。それでその、去年の頭に言ったこと、覚えて……ないかな?」


 去年? それなら……って、違う。僕がこの世界に来たのは6月ごろ。年始に言われたなんて覚えているどうこうより、知るはずもない。

 ただ若干気になるのは、父さんの態度。なんでそんな卑屈、というか娘に対して揉み手でもしそうなほど下手したてに出てるんだろうか? それに横にいた兄さんたちも何か動きがおかしい。


「ボクはちょっと明日早いから」


「待ったトルシュ! 行かないで、ね!?」


 部屋に下がろうとするトルシュ兄さんを父さんが必死の懇願で引き留める。なんなんだよ。


「まー、イリリがまた暴れられたら大変だからね?」


「僕が?」


「ん? あれ、イリリ怒ってない? 前はふざけんなクソ親父! とか超激怒してたじゃん」


 なんで僕が怒らないといけない。本当、なんかみんな変だぞ。てか下品だよ、イリス。


「お、覚えてないならいいんだ。うん」


「変な父さん。いや、もとから変っちゃ変だけど。さっさと言ってよ。怒らないからさ」


「怒らない?」


「怒る理由もないし」


「ほんとにほんと?」


「本当に本当」


「嘘じゃなくて、ほんとにほんとのほん――」


「ああもう! そっちの方が怒りたくなってきた!」


「分かった! じゃあ一度だけ。うん。イリスが乗り気で助かるな、いやーよかった」


 一体何の話だ。そこまで父さんがもったいぶるなんて。まさか国難に関する重大事?


 そして父さんが口にするのは、


「お見合いしない?」


 一瞬、室内が凍り付いた気がした。

 そして――


「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺の絶叫が2カ月ぶりにグーシィン家を襲った。

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