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間話1 トンカイ国

2章は前回で完結となります。

これより各国の情勢を描く間章を挟み、3章の開始を想定しております。

※今回より、読みやすさを重視して国名、地名、人名をカタカナ表記で統一します。


少し構想に時間をかけたいため、間章は9話で隔日更新を予定しており、3章開始は2月中旬を予定しております。

楽しみにしていただいている方には申し訳ないですが、必ず3章以降も続けますので、今少しお待ちください。

 トンカイ国はイース国の南に位置し、昨年にはデュエン国と共にイース国へ侵攻。しかしデュエン国の裏切りに遭い、時の将軍・蘭陵王らんりょうおうを失った。


 それからトンカイ国は東寄りのイース国方面に勢力を伸ばすではなく、西に勢力を伸ばす方針に切り替えた。つまり蘭陵王の仇であるデュエン国だ。


 イース国の逆襲によって劣勢に追い込まれたデュエン国は、トンカイ国の侵攻も相まって一気に滅亡の危機を迎える。デュエン国の過半を手中に収めたトンカイ国は、逃げ回るデュエン国の太守をあと一歩のところまで追い詰める。


 だがここでトンカイ国に悲劇が訪れる。


 すなわち、トンカイ国の宰相にて大軍師・張良ちょうりょうの死である。


 宮殿から棺桶が外に出る。そこにはかつての智謀の士であり大軍師の張良その人の体が入っている。

 その左右に並んだ文武百官が涙ながらに見送るのを、参列していた本多小松ほんだこまつは苦々しく見守っていた。


(軍師殿を殺したのはお前らだろうに)


 元々体の強い方ではなかった張良を酷使し、寿命を削ったのはあの無能どもだと彼女は考える。

 大陸の八大国に数えられていて、その中でも指折りの富裕国であることの慢心がそうさせたのか。確かにトンカイ国は北を山岳に、南を海に挟まれた国だ。それゆえに攻められることは少なく、温暖な気候で暮らしやすく作物も育てやすい。さらに海路による交易で巨利を得ることができる、かなり立地に恵まれた国だ。


 それゆえに重臣たちは誰もがお気楽で、他の国のように必死さが足りない。小松はそんな風にこの国を見ていた。

 その気楽さが、去年のデュエン国の陰謀を察知できずに蘭陵王を死なせ、そしてすべてを差配し国の立て直しを図った張良の寿命を縮めた。そうとも考えていた。


 だから棺の中のかつての大軍師を哀れに思いつつも、それに涙する無能どもを1人ずつ殴ってやりたいという衝動に駆られていた。もちろんそんなことをすれば大問題になるから、決死の覚悟で思いとどまっているが。


子房しぼう(張良)殿が亡くなられて、この国も大きく変わるな」


「義父上」


 小松が顔を上げると、そこには2メートル近い偉丈夫がいた。ただその巨体以上に目を引くのは、なんといっても胸元まで届く黒く長い髭だろう。毎日の手入れが届いているのか、手ですけるほどさらさらとしている。


 関羽、字は雲長うんちょう

 三国志演義の主人公、劉備りゅうびの義弟で、張飛と共に戦乱を駆け抜け、蜀漢の成立を助けた五虎将軍の筆頭。最期は味方の裏切りにより殺される結末も相まって、中国における人気は圧倒的。神とされて彼を祀る関帝廟かんていびょうは中国各地だけでなく、華僑により日本にももたらされている。


 その偉大なる男は、同僚の死に憤慨しながらも、今後の国の行方を憂いている様子だ。

 涙を流さないのは、元から彼が名士と呼ばれる連中を毛嫌いしていたから、張良もその同類とみなされて、そこまで深い友誼を結んでいなかったからだろう。それが彼の最期に影響するのだが、この時点では深く考えていないようだった。


「北はどうなりました?」


 小松が聞くのは、関羽はこれまで北のデュエン国に攻め込んでいたからだ。


「うむ。デュエンはもはや死に体だ。だがイースの侵攻が思ったより早い。さらに西からクース国が海軍を率いて乗り込んできた」


「え、クースが!?」


 クース国はトンカイの西にある島国だ。国土的にはそこまで広くなく、平地が少ないために豊かさではトンカイの足元にも及ばない。

 だが島国ゆえか、その国民は水に親しみ、海軍は全国で随一の精強さだという。大地に希望を見いだせなかった海の民ということだろう。さらに海からの道を持つ彼らは火薬を積極的に取り入れ、大砲や鉄砲に精通している側面も持つ。

 その海の民が待ちに待った念願の時。すなわち大陸の平地への侵攻ができると聞いて黙っているわけがない。


 その結果もたらされたのは、イース、トンカイ、クースの三すくみ状態。その中央にデュエン国の太守が滅亡の縁にいるわけだが、3匹の虎狼に囲まれた鹿というべきか、そんな三すくみが行われているがゆえになんとか生き延びている奇異な状況を生み出しているのだった。


「うむ。それゆえにこうして私が戻って来たのだ。もちろん、子房殿の別れにも一応立ち合いたかったしな」


「しかし、今にも戦闘が始まるというのに、前線をあけて大丈夫なのでしょうか?」


「当分は始まらんよ。どこかが動けばそこが隙になる。決して打って出るなと副官には申し伝えている。なに、あいつは優秀だ。私が徹底的に鍛えた男だからな。私不在でも、万が一のことはあるまい」


「そうですか」


「それに、1つ大きな情報を得たのでな。その真偽を確かめるために戻って来たのもある」


「大きな、情報?」


「大声を出すなよ。アカシャ帝国の帝都が陥ちた。やったのは西のゼドラ国だ」


「っ!」


「そして落ちのびた皇帝陛下は全国に檄を飛ばした。皇帝の名のもとに、ゼドラ国を滅ぼせと」


「まさか!」


「静かにせよ。それが真実ならば、私は3国と停戦し、さらに北にいかなければならないだろう」


「ならば私も!」


「それはいかん。お前まで抜ければ、誰がこの国を守るというのだ」


「しかし……」


「我が軍の主力がこぞって北へ向かう。それはつまりここが手薄になるということだぞ。万が一、どこかが攻め寄せた場合には、お前が国を守るのだ」


「! そんなことが」


「さもありなん。かつて董卓に対し、各国の太守が集結して戦ったことがあった。だが本腰を入れて戦ったのはわずか数名。残りはのらりくらりと戦いを避け、何もせぬまま連合は解散。その後は国を賭けての存亡の争いになったのだ」


「それが、今回も起きると?」


「皇帝の下に参上すると偽って、留守の我が国を襲うくらいのことをする者がいないとは限らないだろう。特に、隣のクース国はな」


「…………分かりました。義父上の留守は、私が預かります」


「うむ。お前ならば安心して後顧を任せられる。頼んだぞ」


「はい!」


 関羽が小松の頭に手を置くと、小松は嬉しそうにはきはきと答える。

 葬式の最中にそのような声を聴いて回りの者が眉を顰めるが、隣に立つ関羽の姿を見てさっと目を反らした。


 そんな連中には興味はないのか。関羽は空を見上げる。

 そのはるか向こうに、わずか雷雲が見える。それが自らの行く末を暗示しているようで、


(董卓に対する連合。あの時だ。あの男と出会ったのは……。虎牢関。まさか此度も同じような波乱が待ち受けているというのか。兄者、翼徳。私に力を与えてくれ)


 そう思いながらも、関羽は己の弱気を叱咤した。

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