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第126話 哀愁と郷愁と

 翌日、僕らは帰国の途についた。

 本当は準備にもっと時間がかかるはずだったけど、荷物はほとんど戦乱の中で失われたから、もらった旅費と適当な着替えだけだから準備もほとんどなかった。


 見送りには皇帝陛下とラス、アイリーン、岳飛将軍に土方さん。

 彼らはツァン国にある城塞に一時避難するということらしい。この巨大な関も十分な防備があるけど、一番に反対したのはツァン国の宰相、高師直だった。


『ここはゼドラとの最前線です。しかも我がツァン国の首都から7日の距離ですから、そこに皇帝陛下がいられてもはっきり言って邪魔――いえ、御身に危険があるかもしれませんので、とっととどっか適当で安全なところに移ってもらいたいと私、高師直は思うわけであります』


 ……本当、ツァン国を頼らないといけない状況でなければ、不敬罪で殺されても文句ないよな。てかマジで言ったのか、これを。あの男。


 というわけで僕らが出発した後に、彼らも出発するようだ。

 それはつまりラスとの別れも意味するわけで、何か忘れ物をしたような、もどかしさが胸をかき乱す。


「どうしたイリスくん。ラスくんが心配かい?」


「ムサシ生徒会長……ええ、そりゃ心配ですよ。だってあんな危険で、知ってる人もほとんどいない中に残るなんて。あいつ、寂しがりやなんですよ。それなのに僕がいないとこに行っちゃって」


「ふふ、そう言いながらも、寂しいのは君だろう?」


「なっ……そ、そんなわけないじゃないですか!」


「そうは言っても体は正直だ。ほら、ここもこんなに硬く……」


「セクハラ禁止!!」


「セクハラじゃないんだけどね。ほら、肩が硬いだろう? もっとリラックス、自分に素直になるんだよ」


「……ああ、そうですよ。ちょっとうっとおしいと思ったこともありましたけど、ラスがいなくて少し寂しいのは確かです」


「うんうん、それがいい。けどそれがラスくんが選んだ道だろう。君にも告げずに、たった独りで考えて決めたことに、寂しいとか言うのは筋違いではあるだろう。彼女の決断を褒めたたえるべきであって」


「……そうですね」


 確かに、あのラスが僕にも告げずにそう決めたのは少し驚いた。

 ラスを見下すわけじゃないし、自慢するわけじゃないけど、そういうのは一番に相談に来ると思ってたからちょっと意外だった。というか寂しかった。今、ムサシ生徒会長に言われて自分のもやもやした感情が良く分かった。


 まったく。色々あって忘れてた設定だけど、本来僕は彼女の倍くらい歳はいってるわけで。彼女が自分で選択したというのに、それを女々しくも倍活きてるオッサンがあーだこーだ言うのは、まぁ格好悪いよな。あ、今の時代はそういうのいけないんだっけ? いいんだ、ここは現代とは違う時代だから。うん。


「けどすぐにラスくんに会える方法があるじゃないか」


「え!?」


「……君は鋭いんだか鈍いんだか良く分からない時があるな。本当は次期生徒会長には君を推したいんだけど、そういうのだと私としても困るんだよね。どうだい、今夜にでもキミのその感度を数倍にする秘伝を伝授しようと思うが、どうだい?」


「せんせー、ここにセクハラ魔神がいるんで、ちょっと置いてっていいですかー?」


「分かった。分かったからその呼び方はやめてくれ」


「さすがにセクハラ魔神は嫌ですか」


「いや、セクハラは残しで」


「残すのかい!」


 もう嫌だ。ラスの猛烈アタックにもちょっと辟易としてたけど、その分、この人がパワフルなんだが。


「冗談だ。多分」


「多分って言った!?」


「それよりラスくんに会う方法だけどね」


「あんた、よくそのテンションを切り替えて真面目に言えるよな」


「ふふ、これくらいできないと政界ではやっていけないのさ。君の兄上も大変だろう」


 あー、ヨルス兄さん。そういうの苦手そう。ご愁傷様。てか政界ってこんなのばっかなの?


「で、答えは?」


「簡単なことさ。さっさと帰国して、ゴサ国を説いて戻る。それで一緒にゼドラを駆逐すれば陛下も安泰。ラスくんは晴れて自由の身だ」


 ああ。確かにそれしかないよな。うん。そこまで考え及ばないなんて、僕もどうやら相当参ってるみたいだ。


「まぁその後に陛下がラスを簡単に手放すかは別問題だけど」


「どういうことです? ラスを部下として使うってこと?」


「いやいや。当然だけど陛下は独身だろう? さらに叔父も亡くなって帝室を継ぐためには早く跡継ぎを作らないといけない。そうなった時に一番近くにいるのは、彼女かアイリーンだろう?


「ラスが皇妃!?」


 あのラスが? イリスちゃんイリスちゃん言ってる、ちょっと頭がアレで残念な彼女が……皇妃!? 大丈夫か、この世界?


「ちょっと、生徒会長! 今聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけれども!!」


 僕らの会話を聞きつけたカタリアが話に入ってきた。うるさいな。今それどころじゃないんだよ。


「で、でもまだラスは15歳じゃあ……」


「別に珍しくもないさ。歴代の皇室では12とかで結婚して子供を産んだなんて話しもあったわけだし。家柄から言っても、イース国の捕吏長官の娘とそれなり。それに元はラスくんの家系は帝都にいたわけだろう? なくはないと思うな」


 そうだったー。この時代は中世とかそういうのありなんだー。

 織田信長の家来の、子だくさんで有名な前田利家は、12歳くらいの妻がもうその……子供を拵えたとかいう逸話があるわけだから……ううん! この道徳観のない世界!


「ふん、わたくしだって皇帝直属の命令を受けるほどの人物でしてよ! それにあの子より家格は上! つまりわたくしこそが皇妃にふさわしいに決まってます!」


「……カタリア、お前。皇妃になりたいの?」


「それはもう当然! 陛下の寵愛を受けて、次期皇帝となる子を産めばこの世の権勢はわたくし、そうインジュイン家のものですわ! そうなればあなたなんて塵よ塵! インジュイン家の未来をわたくしが切り開くのですわ!」


 そういうのが傾国って言われて、暴君悪女の名をほしいままにするんだよなぁ。

 けどなんつーか。うらやましいな。こいつの思考法と生き方が。


「なんですの、その目は! ははーん、分かったわ。あなたのその胸じゃあ陛下を篭絡できないと思って唖然としているのね。ふふーん。やっぱり男女おとこおんなですわね」


「大きさでラスに勝てないくせに」


「ぐっ! こ、子供にはまだ大きさは分からないんですわ。そう、必要なのは母性! すなわち包容力! それに決まりですわ!」


 はいはい、ブーメランブーメラン。てか心底どうでもいい。


「ううむ、しかしもったいないことをしたなぁ」


「どうしたんです、ムサシ生徒会長」


 ムサシ生徒会長はなにか顎に手を当て真面目な表情で悩んでいる。


「いやね。もっとラスくんとは早く出会いたかったな、と。あのなまめかしい体があの子供のものになると思うと……ううん、もっと開発しておきたかったな」


「開発とか言わない!!」


 もう嫌。こいつら。まともな奴が1人もいない。ラスは色々違うところもあったけど、この中では比較的、ある一点を除いて常識人だったことを考えると……。


「おい、てめぇ。かたりあの姉御になに喧嘩売ってんだ、あ?」


 ああ、それともう1人。めんどくさい奴も増えてた。


 本庄繫長。言うまでもなくイレギュラーであり、なぜかカタリアを姉御と慕う男は、


『あ? かたりあの姉御が行くなら俺も行くに決まってるだろ。おら、さっさと案内しやがれ』


 ということで、なぜかパーティ入りしたわけだけど。

 まぁ使い方を間違わなければ、強力な戦力が加わったと考えればまだいいか。


 琴さんを失った穴は、決して埋まらないわけだけど。


「……琴さん。ラス」


 空を見上げてつぶやく。


 イース国を出る時にはいたのに、イース国に帰る時にはいない。その空虚さと寂寥の混じった物悲しい気持ち。

 季節は春。なのに気分は冬。


 ……いや、ダメだ。それはダメだと昨夜、林冲に叩き込まれたばかり。

 別れた人たちを想うのはいい。けどそれに呑まれないよう。


 生きよう。

 この戦乱ばかりのくそったれな世界。それでも生きるために、皆が必死で戦うこの世界。

 その中で託された者が、託し合った者が血を吐き泥をすすりながらにも生きていく。


 結局、ラスとは話す機会はなかった。

 最後に目を合わせたくらいだ。けどそれでいい。その時はそう思って、ラスの目もそう言っていた。ような気がする。


 だから生きよう。

 ラスと再び出会うまで、琴さんに胸を張って報告できるまで。


 生きよう。


 そう心に誓って、いとしい家族が待つ我が家へとその歩を進めるのだった。

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