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第122話

「抜けた! 抜けたぞ!」


 前の方から歓声があがる。

 それは帝国軍、いや、今や帝都を失い、それでも皇帝を報じて逃避行を続ける旧・帝国軍と言える彼らの声。


 巴の軍が撤退していってから。新手が来る前に僕らは、高杉さんが連れてきた3千と共に切通しの道をひたすらに歩いた。

 といっても僕と土方さんは満身創痍で馬に乗ることも難しかったから、先に進んだ皇帝軍の最後尾にあった荷車に無造作に乗せられて荒れた道をガタガタ揺れるのを我慢しながら、武器や食料と共に運ばれてきたわけだけど。


 その逃避行もついに終わりを告げた。

 切通しを抜けると、すぐ目の前には帝国とツァン国の国境となる大きな門が見えた。帝都に来るときには通らなかったから初めて見るけど、高さ30メートル、左右に1キロはあるだろう石造りの門はそれだけで見る者を圧倒する。


 そこは帝国管理の門番がいたので、ようやく、本当にようやく人心地がつき、敵の追撃に怯えることなく休むことができた。

 ほんの数日前まで平和だった世界が一気に崩れ去り、この2日間は本当に死ぬ思いで戦い続けてきた。それがようやく一息つけるようになった僕らは、守られている安心感からかそのまますぐに眠りこけた。

 皇帝も身分の差も何もない、みんなで雑魚寝だ。


 それから半日ほど、死んだように眠りをむさぼり目覚めてから。ようやく皆で無事を確認し合った。


「イリスちゃん! イリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃん!!」


 いつもの3倍は激しいラスの愛撫を受けるのも生きてこそだなぁ。などと半ば現実逃避。


「そう、コトさんが……」


 琴さんのことはカタリアも認めていたようで、彼女の最期に珍しく目を潤ませた。


 1つ、喜ばしいことは重傷を負っていたマシューが峠を乗り越えたことだ。


「無事……生きた」


「ああ。また会えた」


「……マシュー、頑張る。皆の、想い、背負って」


 カイヤとオルトナを失った彼女たちの心の痛みは、琴さんを失った僕らと同じかそれ以上のようで、大人しい彼女の中には静かなる闘志が燃えに燃えているように思えて、ちょっとグッときた。


 それからは逃げ延びてくる味方を収容しつつ、皇帝の下に集って今後の方針をすり合わせていた。そんな時だ。


「て、敵ッ!? 少なくとも1万!!」


 見張りからの報告で、一気に狂乱の渦に叩き落された。


 いくら休憩を取ったと言っても半日かそこらで回復するような状態じゃない。味方は戻って来た兵も合わせてまだ5千ほど。ここの門がいかに大がかりとはいえ、あの帝都の門を破ったという為朝がいる以上、安心できるものではない。


 だがその中で1人、


「あいや、待った待った」


 と呑気に大声を出したのは高杉さんだ。


「来たのは東から。あれはツァンの軍。お味方だ」


 本当だろうかと、土方さんをはじめとしてみんなで門の反対側、東の方へと出る。広々とした大地の向こうに、確かに軍勢らしき影が。その動きは軍事行動に入る速さではなく、戦いに入る前の闘気みたいなものも感じない。


 それにしてもあの軍。1万どころじゃない。2万はいる。

 さっき高杉さんは他に味方はいないみたいな言い方してたけど、合計にして2万3千もいるなら、僕ら残党と合わせてゼドラ軍と対抗できるくらいの兵力にはなる。

 この兵力があれば、ここまで退いてくる必要はなかったんじゃないかと、ちょっと恨めし気に高杉さんを見ると、


「ん、いや僕は本当に知らないよ。まぁきっとおそらく、どこまでも情報通で、どこまでも策謀家で、どこまでも功利主義なあの男が勝手に軍を動かしたんだろう」


 あの男、と聞いてピンと来た。


 僕らは皇帝を連れて門の前に出る。

 近づいてくる軍は、僕らから200メートルほどの位置で停止。そこから馬が5騎ほど近づいてくる。


 その距離が10メートルを切ると、先頭に乗る黒い平服を着た高身長の男が、ひらりと馬を降りると皇帝の前に立ち小さくお辞儀をする。


「お初にお目にかかる、陛下。“つあん国”宰相の高師直こうのもろなおです」


 敬意のかけらもない、ただ挨拶する必要があるからしただけ、というような言葉に、その場にいた誰もが絶句する。

 そんな視線をものともせず、師直はスッと視線を上げて皇帝を直視すると、


「早速ですが、陛下を利用……いえ、存分に使い倒させていただく。このたびの“ぜどら国”の蛮行、まことに許し難し。ゆえに陛下には全国を糾合し、反ぜどら軍を結成。一気に“ぜどら国”を滅亡へと追いやる策にご協力を。あ、ついでに陛下の帝都も取り戻しますので。お気遣いなく」


 そんな、聞く人が聞けば激昂、あるいは卒倒するようなものを一息に言い放った師直。


 その一言が、全国を巻き込む騒乱に発展すると気づいた者が、一体どれだけいただろうか。


 少なくともそれを気づいている男――高師直は不敵な笑みをその顔に張り付けて不気味に笑った。

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