挿話52 白起(ゼドラ国大将軍)
崩落した帝都の西側は放棄した。
東は崩落の影響がなく、そこに兵たちを収容した。
負傷兵はそこで休ませた。
項羽も傷の手当てで休ませている。無理に動こうとしたので、呂布に倣って殴りつけて気絶させた。
東門に立ち、背中に落ちていく太陽を感じながら戦場に想いを馳せる。
そろそろ1日が終わる。長い、だが大いなる流転を生み出した1日が。
東に向かった呂布たちはまだ戻ってこない。
何やら手こずっているようだが、あの3人をしても仕留められないとは、この帝国にもまだ人材がいるようだ。
ただこれ以上は深入りしすぎだ。
もとより、皇帝の首などどうでもよいのだ。この後の展開を考えると、無用のことであの3人を失うわけにはいかない。
「呂布と鎮西八郎、そして巴に撤退命令を出せ」
「はっ!」
すでに勝敗は決した。これ以上の戦いは無意味だ。
帝国は本拠たる都を失い、敗残流亡となった皇帝は象徴にすらならない。
我々の出陣における第一弾の目標は達した。
あとは後続を待ち、それまでの間に帝都周辺の掃討を行うだけでいい。
いや、もう1つ仕事が残っていた。
「らうず。例の件の首尾は?」
「はっ。すでに」
副官の“らうず”が答える。
「そうか。ではそろそろだな」
北西の方角を見やる。
そこも平原が広がるが、その先に煙が上がっているのが見えた。それが何を意味するのかも。
「どうやら終わったようだな」
無感動につぶやく。
そう。問題など起こるはずもない。すでにこの国に軍事力はなく、遮るものは何もないのだから。
「しかし、よろしかったのでしょうか」
「皇帝の墓を焼いたことか」
「は、はい……」
らうずが恐懼して答える。
戦う相手であっても、その象徴である皇帝には怖れがあるものらしい。
1千の兵に命じて、皇帝の墓の焼却を命じたのは1時間前だ。あの様子だと守備隊も皆殺しにして、しっかり任は果たしたのだろう。
外の世界より来た自分にもとより皇帝に対する敬意も畏敬もない。もとより周王朝に意味を見出せなかった時点で、そんなことはどうでもいいことだった。
それに歴代の皇帝が眠る墓を焼くのは何も個人的な感情から来るものではない。
「すでに“あかしや”が支配する時代は終わった。それを天下万民に知らしめるためには必要なことだ」
「で、ですが……」
「お前は死んだ者が怖いのか? 死んだ人間はこの世に干渉することなどありえないのだがな」
「い、いえ! そ、そのような……」
言葉でそうは言うが声は正直だ。委縮してしまっているのが分かる。
「安心しろ。もし呪いや罰が降るとするならば、まずはこの白起からだ」
呪いや天罰というものがあるなら。とうの昔に自分はそれを受けているはずだ。
この身にまとわりついた数十万の死。それが今更、たかが数十人が加わったくらいで何か変わるものか。
「わ、分かりました」
「よろしい。では周辺の抵抗勢力を掃討しつつ、後続を待つ。この帝都は守備には不向きだ。砦を築く位置は選定してあるな?」
「はい。それはもう。この地に来る前から精査されており、すでに後方から送られてくる木材と、帝都に残る資材で砦の建設に移っております」
「さすが遺漏ないな」
褒められたことで“らうず”が顔を紅潮させる。
その顔に小さく笑いかけ、帝都の中へと戻る。
やることは多い。
抵抗勢力の掃討、周辺地区の鎮撫をはじめ、今後の兵たちの宿舎および食料の手配。さらにぜどら国本国への通達と、本隊の来往の手配など。
そして一番重要なのが、皇帝と隣国つあん国による反攻作戦への警戒および周辺国の同行の精査。
もちろん自分が手を動かすことはあまりないが、その指示と裁可は己の判断が必要になってくる。
秦の下ではそういった手配はすべて本国からの指示が届いてきた。その対応は的確で、范雎の優秀さは疑いようのないことなのは間違いない。
その時に比べれば自分が対応しなければならないことが多くなり、その代わりにその分、自分の戦いを描けるという自由さは今の方がはるかに上だ。
そう言った意味では、今のこのぜどら国は秦に比べたらまだまだ幼く、人――特に文官が育っていないのだろう。その点は不満に思わないでもない。
それでも。
やはり戦いの自由は何物にも代えるものではなく、何をしようが、どこまでやろうが文句を言われないのは素直にありがたいことだろう。麾下の武将も、項羽、呂布、為朝、巴と粒ぞろいだ。
これだけの陣容で、自分の好きにやらせてくれれば10年のうちに周辺諸国を平らげてみせる自信がある。かつての秦王では果たせなかった、大いなる野望。
「そうでもないか」
「?」
「いや、なんでもない」
思わずつぶやきが漏れていたようだ。“らうず”に頭を振って再び歩き出す。
岳飛という男。そしてあの少女を思い出す。
あのような存在がまだいるのであれば、この世界もまだまだ捨てたものじゃない。
戦えるのだ。
今も。そしてこれからも。あの時の、廉頗や四君らのような強大な力を持つ者たちと。
それが、何よりもこの世界で嬉しかった。




