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第42話 アイラブユー・OK?

 よく異性になるとか、転生するとかって漫画とかアニメであるけど、肝心な部分をごまかしたり語らなかったりするよね。

 あんまり詳しく書くと、色々問題になるからとか、どう書いていいか分からないってのもあるだろうけど。正直言うと、この体になって、色々不便なことがある。


 それはなんと言っても、男と女の違いであって、いまだにお風呂に入る時はドキドキしてしまうわけで。

 そしてこれはその最たるもの。


 トイレどうしようかな。


 家ならいい。

 ただ学校は。見知った人たちが一緒にいる空間で、しかもトイレでクラスメイトがくっちゃべってる空間で、用を足すというのはもうどうも……。


 一応、悩みに悩んだ結果、問題の解決はした。

 校舎1階の端、そこに小さなトイレがあったのだ。なんでも用務員さんたちが使うトイレらしく、生徒や教師は教室から遠いのであまり使う人がいないという。

 そこを使えば、変に気を遣うことなく用を足すことができたというわけ。ちゃんちゃん。


 はい、現実逃避終了。

 それでは現実へ着陸しましょう。


「お前が好きだ。結婚してくれ」


 …………いやどうしよう、これ。


 最初、何を言われたか分からなかった。

 いや、単語は拾えた。けどそれがどういう意味を成すのか、僕にどう影響するのかが理解できない。


 すき?

 それって田畑を耕すすき

 それとも僕が隙だらけという意味の隙?

 あるいは千利休とか古田重然ふるたしげなり数寄すき

 はたまた和名サカタザメの呼び名の“すき”?


 けっこん?

 はっ、まさかまた吐血した? 朝の軍師スキル発動が今頃に? それが血痕になって見られたのか!?


 ……いや、はい。分かってるって。

 好き。結婚。

 それが意味することも。求められるものも。


 告白された? プロポーズされた?

 あの死神も月にぶっ飛ぶほどの衝撃。人生初の超体験。

 ただ悲しいことに、それが男から、というところなんだけど。


 相手の様子をうかがう。照れも迷いもない。真剣な表情でこちらをじっと見つめてくる。

 あるいはそれは男の僕から見ても完ぺきなプロポーズの姿勢なんだろうけど……。


「どうだ?」


「どうだって言われても……」


 どうしろっていうのさ。


「……そうだな。お前の気にしていることは分かる」


「え?」


 まさか僕の正体のことを――


「確かにお互いの家格の差はあるだろう。そちらは大臣家、こちらも名門とはいえ、俺は三男でしがない雇われ教師だ。だが、俺はこの地位で終わるつもりはない。ここで結果を出し、経済大臣の椅子を掴むつもりだ。だから――」


「ちょ、ちょっと待った!」


 全然わかってなった。

 そりゃそうだ。好きな女の人ができました。けど実はその女の人は男の人だったのです。分かるわけがない。


 というか一旦、僕のことを置いたとしよう。

 そうして改めて見た時に、何よりもかなりヤバい事案があるというのに何でそこを放ったらかしにできるのか。


「教師と生徒でしょ!?」


「問題ない。お前ももう15で、結婚できる年だし、10くらいの歳の差なんてよくある話だ。それに私の前任のハバロさんこそ、生徒と結婚して退職された。だから問題ない」


「え、そうなの?」


 助けを求めるように、ラスに視線を向ける。


「そういえばそうだったような」


 いいのか、それで!?


 いや、落ち着け。

 確かに昔は15とかで結婚していたっていうし、教師と生徒の垣根なんてあってないようなものだろう。

 時代が変われば常識ルールが変わるのが当然なら、世界が変わればそうなるのも当然――なのか?


 平均寿命も短く、乱世という明日をも知れない世界なら、早いうちから結婚というのも頷けなくもなくもないような気もしないでもない可能性が微レ存あるようなないような……。


 けど、やはり抵抗が出る。

 やっぱり結局コンプライアンス的な話を気にしてしまうところが僕の器の小ささなのか。

 それ以上に、今は女の子の体をしても僕は男ということで。

 精神的な男である僕と、身も心も男の先生とではやはり難しいと思う。

 同性同士の結婚がノーというわけじゃなく、やっぱり僕は女性の方が好きで『黄金の女性』と結婚したいと思ってるから。


 けどここで、


『僕は男なんです! だから先生とは付き合えません!』


 と言えるような状況でもない。


 僕がなんと言おうが、イリス・グーシィン自体は女の子で、結果として求婚を断るということであれば。それは“断るために無理やりでっちあげた方便”と受け取られても仕方ないだろう。

 確認するまでもなく、相手の真剣な態度を見る限り、ドッキリとかでもなんでもなく、ただただ純粋に本気なだけだというのは僕レベルでも分かる。

 だからその真剣な想いを、勇気を出しての行動を、適当にあげつくろった言葉で逃げるのは、先生にとって失礼でしかないし、そんな酷いことをする人間ではありたくない僕の矜持を傷つける行為でしかない。


「先生は、なんで僕のことを? 嫌っていたはずなのに」


 だから聞く。

 相手の想いを理解するために。


「ああ、それについては本当にすまなかった。俺の目が曇っていた。お前を外見だけで判断していた」


 まず丁寧に頭を下げ、心からの謝罪を伝えたうえで先生は続ける。


「この学校は、まぁよくも悪くも最低の場所だ。いいところの坊ちゃんお嬢ちゃんが集まって、身勝手で自分勝手で自由奔放、わがままの限りを尽くす場所でしかない。それに対し教師は基本格下。格上の家のお子様相手だからな、ご機嫌取りやこびへつらいなんて日常茶飯事だ」


「だいぶぶっちゃけますね」


「着飾ってもしょうがないだろ」


「あ、いえ。その僕たちに対して」


「ん、ああ。そこらへんはさ。違うと気づいたんだよ。朝のあの行動。お前らは違ったんだよ、イリス・グーシィンにラス・ハロール。お前らもそこらのと同じ有象無象でイリス・グーシィンは家や学校に不満爆発の不良娘。ラス・ハロールはカタリア・インジュインに付き従う大人しい子だと」


 それが豹変したわけだ。まさしく。今朝。


「けど違った。お前たちは確固たる自分というものを持っている。踏み出す強さを知っている。これでもお前らよりは大人だからな。確固たる自分を貫くことがどれだけ難しいか、踏み出して失敗することの怖さを知ってるつもりだ。だからイリス・グーシィン。お前が、なんというか、羨ましい。そうだな、言葉にすればそんな気持ちだ。羨ましくて、同時にかけがえのない存在になったんだ」


 聞いていて体がもぞかゆい感じがしてくる。

 大人と言われても、たぶん、僕はあなたより年上だし。


「ま、あとは頭だな。これまではさっぱりだったけど、それも爪を隠してたな。この時のためか。だとしたら大したもんだ」


 あ、いやそれは全く別。というか別人。

 てか、これまではさっぱりだったのかぁ……九九もできなかったのか、イリス。残念な子め。


「そうだな、だからそんな確たる自己、とっさの機転、俺とためを張るくらいの地頭の良さ、そして他人を思いやる気持ち。それらが俺の中で混ざり合って昇華して、はじめはわかんなかったよ。2限、3限と進めているうちに、ああこれが愛だと気づいた。授業中もお前しか見えなくなった。だからイリス・グーシィン。改めて言う。俺はお前が好きだ。だから、一緒になってくれ」


 ……マジか。

 こうも理由を聞かされて、改めて求められると「はい」と咄嗟に出そうになる。


 だって、嬉しかったから。

 ここまで自分が――切野蓮という人格が褒められたのは。


 そもそも今朝の行動なんて、そんな評価に値することはない。

 僕が状況を打破しようともがいただけ。しかもそのために先生を陥れようとした。コストカットしようとしていた。

 先生が言う通り、身勝手で自分勝手で自由奔放、わがままの限りを尽くしただけでしかないんだ。褒めるどころか責められても仕方ないと思っていた。


 だから後ろめたい部分もあり、肯定の返事をしてしまいそうになるのだが……。


 いや、ない。

 やっぱり僕は男だ。体は女の子でも僕は男。


 小さく深呼吸。

 断る。振る。袖にする。

 たとえ鬼畜生と言われようと、それが僕の答え。

 くそ、告白するってのも勇気いるもんだけど、断るのもめっちゃ勇気いるぞ!


「えっと、その、なんていうか」


 うまく言葉が出てこない。

 ええい、朝みたいな時にはスラスラ言えたのに!


「……そんな風に、思ってくれるのは嬉しい、です」


「じゃあ!」


「けど、いきなりというのもやっぱり……困ります」


 まずははっきりと伝える。

 自分の想いを。そこからなんとか相手に伝えようと思ったんだが……。


「そ、そうだな。……うん、まずは文通か。そこから愛をはぐくんで、いや、それより前にご両親に挨拶が先だな」


「違うから!」


 なんで文通より両親に挨拶の方が先だよ。てかこの人、さっきから愛だ愛だって恥ずかしいな!


「じゃあどうすればいい?」


 え? どうする?

 まさかそっちから聞かれるとは思っていなかったので、さらに動揺が深まる。


「えっと、いや、その。ちょっと待ってほしいというか」


「分かった。返答は待とう」


「いや、待つとかじゃなく……」


「ああそうだな。こっちからいきなり一方的に喋って、それでいきなり答えをくれというのも失礼な話だ。それにお前の立場もあるだろう。お義父さまの都合や、家族の都合……はっ、そうか。トルシュ・グーシィンは俺の義兄になるのか!?」


「いや、しれっとお義父さん呼びしないで。ってか、そこらへんちょっと微妙だから黙っててくれないかな!?」


「分かった。気持ちがはっきりするまで、しばらくはこのことは伏せておこう。トルシュ義兄さんも今は微妙な時期だから苦悩させたくないというお前の優しさ、素敵だぞ」


 だから違うってぇ!

 この人、他人の話を聞かないタイプだな。


「それにカタリア・インジュインのこともあるな。少し様子を見たほうがいいのは分かる。うん。よし、そうだな。じゃあ少し考えておいてくれ。大丈夫だ、俺はそれなりに気が長い。数日と言わず、1週間でも2週間でも1カ月でも半年でも。その間に俺のすごいところを色々見せて、その気にさせてやるから。ま、長くても1年以内には返事をくれると助かる」


 どの気にさせてくれるのやら。


 しかし、1年、か。

 それを聞いて妙に意識してしまう。寿命のこと。

 来年まで引っ張って、僕はこの人にちゃんと答えを言うことができるのだろうか。


「ああ、そうそう。いつまでも先生、先生と呼ぶのもちょっと変な話だな。クロード・カーターだ。カーター先生でもいいが、クロード先生と呼んでくれ。いや、むしろクロードと呼び捨てか、クロ、クロちゃん、いや、クロにゃんもありだな!」


「はいはい! 分かりました! だからカーター先生は出てって! もうすぐ昼も終わりますよ!」


 なんかもう色々限界だったので、話はここまでと打ち切ることにした。


「むぅ、仕方ない。あ、それから屋上は一応立ち入り禁止だからな。俺以外の教師に見つかるなよ」


 なんて言いながらもクールに去っていくカーター先生。ちょっとイケメンっぽいような雰囲気をかもし出したのが、イラっとした。絶対ファーストネームで呼んでなるものか。


 とにかくカーター先生が去った屋上は、嵐が過ぎ去ったようで、ようやく静寂が戻った、と思ったが、


「すごいね、イリスちゃん! プロポーズだよ、プロポーズ! ね、なんで受けなかったの!? もしかして好きな人いる!? 誰!? ね、ね!?」


 ラスが騒ぎ始める始末。

 さすがの僕も疲れ果ててしまって、ぞんざいな相手しかできない。

 つか昨日まで会話らしい会話もしたことがないだろう相手に、ここまでぐいぐい来るラス。コミュ力半端ないんじゃ? それともこれが恋愛脳っていうやつか?


 はぁ、しかし。軍師ってもっと頭いい感じなのかな、と思ったけど、今のこのやり取りははっきり言って下の下もいいところ。

 ここまでこっぱずかしい目に遭わされるなんて思ってもみなかったから、家出の計画を立てて盗んだ馬車で走り出したくなる。

 そんな15の昼だった。


 切野蓮の残り寿命282日。

 ※軍神と軍師スキルの発動により、31日のマイナス。

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