第118話 最低の策
騎乗の状態で、草原に独り佇む。
僕に残された時間はあと1時間もないだろう。あのネイコゥの怪しいクスリの効果時間は。
土方さんたちは先に駆けていった。だから僕の前に5千の敵がいて、こちらは味方は1人だけ。
相手は何かの罠なのかと一瞬ためらいを見せている。その時間が貴重。
「源為朝!」
さらに僕は時間を稼ぐために大声をあげる。
「お前の弓は雑兵を射殺すだけのこけおどしか! ここにイース国重臣の娘にして、アカシャ帝国皇帝より副将のイリス・グーシィンがいるぞ! 自身の武勇に自身があるなら出てこい!」
保元の乱の時。源為朝は、挑発する敵方の武士を次々と射落としたという。
その話が本当なら。出てこないわけがない。
ただ、その間に呂布ら騎馬隊が逃げる土方さんたちを追おうとする。それが動く前に抑えて為朝が出てくるか。時間と意地の勝負だ。
いや、動いた。出ようとする呂布の脇から、一騎が前に出てくる。
最初、子馬に乗っているのかと思った。だが呂布の隣に出たその男は、乗っている馬もガタイも呂布と遜色ない偉丈夫。だがその胴体に乗っている頭部に張り付いた顔は、どう見ても10代の子供の顔という、アンバランスなフォルムが違和感と共に言いしれない圧を放っているように思える。
「お前が呂将軍のお気に入りだね。さっさと射って、さっさと皆殺させてもらうよ」
言いながら、その巨躯でも大きく見える弓を取り出し矢をつがえる。ギリギリと引き絞られる弓。そこから放たれる矢はまさに必殺必中。気づけば胸板に穴が開いて数メートル後方に吹き飛ばされる未来が見える。
けど、見えるはずだ。
さっきまで、来る感じがわずかながら感じ取れた。だから避けられる。そう信じて注視する。
だーるーまーさーんーがー……。
「転んだ!」
身体をよじって棒を振った。手ごたえ、あり。
ギャンっという音がして矢が吹き飛んだ。
腕にジーンと衝撃が残る。叩き落したのは奇蹟に近い。100回やっても、同じことが出来るのはわずか数回だろう。もう一度やれと言われても断固として断る。
けどその1回を最初に持ってこれたのは、持ってると言っていい。こんな状況でも運気が来ている気がする。
もちろんそんなことはおくびにも出さず、痺れを払うように棒を振り、
「はっ、へたくそ。こんな女の子1人討てないようじゃ、鎮西八郎の名が泣くな。じゃ、そういうことで」
言うが早いが馬を返して走り出した。
「……ぶっ殺す!」
「おい、為朝!」
為朝が、そして呂布が騎馬隊が釣れた。
超怖い。源為朝をあんな挑発するとか、どんだけ命知らずって感じだよ。
けどそれができるなら、相手に痛撃を与えることもできるはず。
走り出して数分。土方さんの部隊の最後尾が見えた。
その直後、背後から来る殺気。振り返りはしない。体を縮めて若干馬を斜行させる。
そして次の瞬間。
「っっっ!!」
頭上を何かが飛んで行った。それが為朝の放った矢だとは考えるまでもない。馬上での弓技も極めていたらしい。正直、侮っていた。
もう一矢をかわせるか。いや、こちらの方が早い。
左側に見える、取り決めの茂み。そこを越えた。
「今だ!」
「撃て!」
茂みから膝立ちになった鉄砲隊が現れ砲火を轟かせる。
敵がバタバタと落馬していくが、さすがに呂布と為朝は一呼吸遅くて当たらない。
「新選組、行くぞ!」
それだけに終わらない。
混乱した騎馬隊に土方さんが歩兵を率いて乗り込む。
さすがの呂布と為朝も、こうなっては不利だ。鉄砲による一斉射で200近い犠牲を出して停止した騎馬隊は、歩兵の餌食だ。もちろん呂布と為朝の武勇をもって打破することはできただろう。
けどその2人には土方さんと琴さんが当たり、動きを封じた。1対1で勝てるものではないけど、時間稼ぎくらいはできる。土方さんはしっかりと時間を測って戦闘から部隊を離脱。そこへ弾込めが終わった鉄砲隊がもう一射すれば、敵の騎馬隊は大打撃を受けて一時的に後退する。
大打撃を与えたものの、兵力差は依然として大きく縮まったわけではない。
まだ撤退戦には大きな難所が待ち受けている。
けれど負け続けだった一連の戦いで、一時的にせよはっきり勝利と言ってよい結果が出たことは、僕らにとっては喜ばしいことだった。




