第１１３話 最強たるゆえん
呂布の右肩に渾身の力で鉄棒を叩きつける。とはいえ、そこはしっかりとした肩当てがされており、直接の打撃になったかは疑わしい。
「……」
呂布が無言で僕を睨みつける。そこにあるのは怒りとそれ以上の殺気。
――だが。
「ぐ、ぅ……」
わずかに漏れた苦痛の声。そして呂布の動きが一瞬にぶる。
効いた！
さすがに天下無双とはいえ同じ人間。痛みに耐えられる許容はある。
ならここが接所。一気に畳みかけて勝負を決める。
「だぁ！！」
突いた棒の逆、石突き部分を振り、呂布の顔面を狙った。
「がっ！」
クリーンヒット！
呂布が血を吐いてのけぞる。
いかに呂布とはいえ、痛みと強襲で防御が間に合っていない。
そう思ったのが間違いだった。
「喰らえ」
呂布の声。ゾッとした。
それは声に対してではなく、呂布の動きに。
そもそもが懐に入った時点で僕の圧倒的有利だったのだ。超接近戦では槍みたいな長物は扱いづらいデメリットになる。振り回すにも距離がないし、刀のように扱うにも勝手が違う。
僕の使うような棒ならば、短く持って殴る突くができるが、方天画戟はそうはいかない。
だからこのまま押し切れると思い、相手の顔面に一撃が入った時には勝ちを確信したんだ。
だが、呂布はやはり天下無双だった。
顔面にくらった一撃。だがそれにしては下半身が馬上に残っている。
常人なら意識が飛ぶほどの一撃を見舞ったはずなのに、なぜまだ馬にしがみついてられるのか。その頑丈さも呂布ゆえんのものだから、と言えれば簡単だが、事態はそうじゃない。
呂布の上半身が後ろに流れる。
それはつまり、僕との距離が開いたということ。懐に入れた僕とのけぞる呂布の間に空間ができたということ。その空間は、方天画戟の刃が僕の体を薙ぎ払うにはギリギリ十分という距離で。
つまり――
「っ！！」
咄嗟に鉄棒を下に突き出した。そこはちょうど呂布の右足の腿の辺りに突き刺さり、鈍い感触を返す。そのまま自分の体は空へ飛ぶ。
だが遅かった。
熱が下から来る。いや、痛みだ。叫び声をあげたくなるほどの、頭がおかしくなるほどの激しい痛みが僕を襲う。
空と地面が回転する。上も下もなく重力が定まらない。空に浮く時間。
いつだ。地面は。来た。体を丸めて頭を防御。衝撃。背中から落ちた。体がバラバラになるかと思うほどの衝撃に、一瞬息がつまる。そこでワンバウンドしてから、体は自動的に地面を定めて起き上がる。
立ち上がれはしない。いや、立ち上がろうとして失敗した。足。右足だ。よりによって。
「くっ……」
投げ出された右足。イリスの細い足の白い肌が今や泥と血でぐちゃぐちゃに汚れていた。そのふくらはぎのあたりからどくどくと血があふれてくる。
呂布の一撃は僕の足を斬り刻んでいた。真っ二つにならなかっただけマシと言えるけど、この状況だと傷口から腐って切断する状況になるかもしれない。それが良かったのか悪かったのか。そんなことを他人事のように思う。
「イリスちゃん！」
ラスが近寄って、ハッとしてすぐにポケットからハンカチを取り出して僕の右足の傷口を締め付ける。たちまちに白いハンカチは赤というか濃い朱に染まっていく。
「大丈夫……じゃないよね！？ どうしよう、どうしよう……」
ラスがうろたえて左右を見るが医者などどこにもいないし、医療道具もない。
「ラス、僕はいい。皇帝を連れて逃げるんだ！ さもないと――」
だが遅い。僕とラスの前には、巨大な馬の足。それは真っ赤に燃えるような赤の色をしていて、その鞍に乗る人物と共に死と恐怖をまき散らすのだ。
呂布は赤兎馬に乗りながら、背筋を伸ばしてこちらを見下ろしてくる。
右肩の銃創が開き、顔にも一撃をくらい頭部から血が流れているにもかかわらず、こちらを睨みつける瞳に力は失われておらず、むしろ凄みが増している。
背筋が凍る。
その姿はまさに天下無双、武神、飛将。歩く災厄とまで言わせたこの男の放つ圧倒的な死の気配に、僕ができたことと言えばラスの体を庇うようにしたくらいで。それでも２人揃って串刺しにされる以外の未来しかなく。
呂布の手にする方天画戟が僕らに向かって伸び――
突風が呂布の体を揺るがせ、
閃光が方天画戟を弾き、
横から突っ込んだ何かが赤兎馬を押しのけた。
その３つの異なる攻撃は声を伴い、
「我が妻を勝手に殺させるものか。ボクと彼女を別つ刻の鐘はまだ鳴っちゃいない」
「悪いが、こいつとは俺が先約でな」
「ったく、勝手に突っ走って勝手にやられてちゃザマねぇな」
僕の背後、左手、そして右手から現れた彼らを見て、
「琴さん！ 林冲！ 土方さん！」
呂布を包囲するようにして現れた３人のイレギュラー。
国を、時代を超えた仲間が今、最強に挑む。
