第112話 イリスVS呂布 再び
跳んだ。
敵は呂布。三国志最強の男。
それに真正面から、思い切りぶつかる。
ゲームでは自殺行為と言っても過言ではない愚行。
ただこれは現実。現実だろうとゲームだろうと、愚行は愚行。
でもこの状況を見て。
倒れた仲間を見て。
黙ってられるほど、僕は人間ができていない!
「おあぁぁぁぁぁ!!」
得物は槍。いや穂先はないから鉄棒で、これまで使っていた赤煌より若干長くて細い。
林冲が持っていたものを借り受けたのだ。けど、彼曰く僕のために作ったものらしい。どうやら僕とガチで戦うことを想定して持ってきたということだが、なんとも複雑な気分だ。
けど、それが今活きる。
「我が武の前に散れ!」
呂布が方天画戟を振り上げ、叫んだ。
方天画戟。
呂布といえば方天画戟と言っても過言ではない必殺の武器。
2メートル近い槍の穂先近辺に、左右に三日月の刃が2つついている武器で、突く、斬る、薙ぐ、叩く、というすべてに対応したまさにオールマイティな武器だ。
呂布の活躍した時代には、関羽の青龍偃月刀と同様に存在しない(製鉄技術が進んでいない)とされているが、呂布と言えばこれだ。
その方天画戟。ただでさえ穂先を含めて2メートル以上の長さを持つものだが、それが巨躯の呂布が持てば倍近いリーチになる。その圧倒的なリーチが、天下無双とも言える武勇を発揮した一員とも言える。
さらにそこに最強の馬である赤兎馬が加われば、もはや高速で動く殺戮機械。10メートル四方に近づいたら死ぬ球体が、戦場を縦横無尽に走り回ると考えれば、その無双ぶりも分かるというものだ。
けどその無双ぶりも、今、この場では十全に発揮されない。
それには4つの要因がある。
まず1つ。それは赤兎馬。
呂布がここにいる目的は当然皇帝だろう。殺すのか拉致するのかは分からないけど、彼を狙いに来たのは間違いない。ならばこの場所で赤兎馬を走らせるいわれはない。ターゲットから離れてしまうからだ。
さらに周囲は敵と味方が入り乱れて混戦状態になっている。そんなところで赤兎馬を走らせれば、不慮の事故を起こしかねない。
仮に今から赤兎馬を動かしたとしても、最高速に達するのは、馬だろうが人だろうが機械だろうがある程度助走が必要なのは自然の摂理。
もし、初速が並みの馬の最高速度と同じくらい出せる化け物じみた馬だとしても――いや、その場合は余計に都合が悪い。
僕と呂布の距離はもう方天画戟を振るえば届く距離。だがそこで赤兎馬を動かせば、大きく目算が狂う。というより逆に懐に入られて呂布の攻撃は当たらないことになる。
赤兎馬で僕を蹴り殺そうというなら話はもっと別だが、それは直接決着をつけたいと考えている呂布の性格を考えればありえないだろう。
だから無双となる要因の1つ。赤兎馬による高速の移動は封じられている。
そしてもう1つ。
それはやはり赤兎馬関連になるのだけど、呂布が赤兎馬を降りないことだ。
この世界に来て。馬に乗るなんて初めてのことをするときに、タヒラ姉さんから教わった。
『騎馬で止まったらだめよー。歩兵に突き殺してくださいって言ってるようなもんだからね。それに馬上で戦うならやっぱり槍より剣よ。槍はそのリーチの長さも相まって騎兵にピッタリって思うけど弱点もあるの。それは相手の左側。それは剣でももちろんそうなんだけど、槍の場合は右から左に武器を持ち替えるだけでも一苦労でしょ。こう、よいしょって槍の穂先を上にあげて左側に移さなくちゃいけないから。下手したら馬の頭を傷つけちゃうしね。剣もそうだけど、短い分取り回しは効きやすいでしょ。だから騎兵を倒すなら相手の左、こっちの右側から攻めること。いいね? じゃあ早速実地訓練と行きましょうか! さ、イリス。お姉さんが手取り足取り股取り教えてあ・げ・る。あー、ちょっと、イリスー、どこ行くのよー』
最後の方は、今はシリアスな展開だからカット。
けど、たとえ最強の呂布とはいえその摂理から逃げられることはない。槍にさらに刃がついて殺傷力を上げている方天画戟だ。取りまわすのにより注意が必要で、持ち替えは楽ではないだろう。
さらに3つ目。
呂布は先ほどの戦闘で銃撃を受けている。ほかならぬ僕の手によって。もちろん僕だけじゃなく、ジャンヌがあそこまで傷つきながらも戦って得た成果だけど。
銃創がほんの1時間足らずで治るわけない。今は応急の手当てをして痛みをこらえているのだろう。
常人ならうめくほどの傷だとしても、天下無双の呂布になればそれも気にならないのかもしれない。
けどいくら気にならないとはいえ、肉体というしがらみから脱出できるわけがない。傷を負った。そうなればわずかながらに反応は鈍るはず。
つまり今までほどの速度による攻撃は来ないとみていい。まぁ元がチート級だから、ようやく達人級になるレベルの差かもしれないけど。
そして最後の要因。
それは僕だ。
僕がこうして思考を回していることにある。
今戦っている僕。それは表の僕だ。表の僕は、マシューらを殺された怒りで血気にはやっている。
ただそれに反して、今の僕。あちらを表と言うなら裏と言うべきだろうか。
その裏の僕は、恐ろしく冷静に僕と呂布の戦力を分析し、さらに過去に一度だけ言われたことをリプレイして勝因を弾き出している。
後先構わず怒りに我を忘れて呂布に突っ込むのが軍神の僕。
全ての事象を計測し必勝の方法を考え抜くのが軍師の僕。
その2つが、今、ピタリと重なった。
「はぁぁぁぁ!!」
呂布。天下無双がなんだ。飛将がなんだ。
こいつは敵だ。許されざる、ただの敵。
だから倒す。
それだけ。
呂布が方天画戟を振り下ろす。
真正面から向かう僕を、左肩から右腰にかけて袈裟に両断する軌跡。
僕が脳内で描いた軌跡と寸分たがわず、呂布は僕を両断するだろう。
けどかわせる。そう確信していた。
僕のスキル“軍神”。それは敵の弱体を行うだけじゃなく、自身の強化も行われる。最強だが傷を負ってパラメータの落ちた呂布。対して凡庸だが強化のかかった僕。
上回ることはないとしても、悪くて互角レベルまでその差が詰まっているとしたら。
「っ!!」
真正面から突っ込む体を、思いっきり方向転換させた。暴走する表の僕というF1カーを、裏の僕がシステムによって強制的に操縦しているような気分。
体が動く。右へ。相手の死角となる左へ。
だが。マズい。呂布が反応した。方天画戟の軌道がわずかにこちらに向く。斜めから横なぎの一閃へ。
しかも赤兎馬が若干動く。呂布が操ったのか、あるいは赤兎馬自身がそう判断したのか。左へと向かう僕に対し、反時計回りに自身の体を回転させる。
それはつまり、僕が相手の左に入るのに時間が加算されることで、呂布の方天画戟が加速するということ。
鉄棒で防ぐ。無理。棒ごと切断される。
ヤバいヤバいヤバいヤバいどうするどうするどうするどうする。
無理だろ。これ。
詰んだ。
終わった。
死んだ。
死ぬ。
死――――
「これを、待ってた!!」
重なった軍神と軍師の僕。
それが真価を発揮する。
跳躍。跳んだ。
自ら逃げ場のない空中に逃れるのは愚か者のすること。呂布なら反応して、方天画戟を下から上にして、空中の馬鹿を両断するだろう。
ならその攻撃を防げばいい。いや、むしろ僕の味方にすればいい。
横なぎの方天画戟。それが一瞬、速度が落ちる。僕の反応に呂布が反応したのだ。
その一瞬を突いた。棒で。方天画戟の左右に刃がついているといっても、上下の部分には何もない。そこを鉄棒で文字通り突いた。
「ぬっ!」
呂布の顔色が変わる。
突いた槍の穂を起点に、僕は反発力でさらに跳躍する。仮に呂布が叩き斬ろうと方天画戟を跳ね上げれば、僕の体はその力を得てさらに跳躍することになる。
つまり必然、呂布は何もできない。だから僕は跳んだ。
そしてそこは赤兎馬に乗った呂布の目の前。
斬ってすてたと思った相手が、なぜか目の前に現れている。その事実が幻のようで、一瞬では判別がつかないようだ。
その一瞬が左右した。
「これが、人の怒りだ!」
僕は振り回した鉄棒を、呂布の右肩――先ほど銃弾で貫いた場所を思い切り叩きつける。
『あ、そうそう。あたしならだけど、騎兵が突っ込んできたら、ジャンプで攻撃を避けてそのまま蹴り飛ばすけどねー。見せたげようか? ふふ、じゃあイリスがかかってきて。そのままジャンピングキャッチホールド大好きキッスで――』
あの馬鹿姉のことを思い出したのが、とてつもなく癪だったけど。
とにかく呂布に。あの呂布に、直接一撃を加えた。
それが反撃の狼煙になるのか。それはまだ、誰にも分らなかった。
12/20 エピソードタイトルを修正させてもらいました。