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第41話 お昼休み

「つっかれたー」


 授業終了のかねが鳴り、僕は机に突っ伏した。

 かれこれ3時間。ぶっつづけで授業を受けてようやくの昼休み。


 学校ってこういうところだっけ? いや授業は簡単だったよ? さすがに算数――じゃない、数学の授業はなかったけど、国語と地理というだけで、普通に聞いていればいいレベル。


 それ以上に最初が色々ありすぎて脳を高速回転しすぎたせいか、疲労感がヤバい。寿命も減ったし。


 というわけでもう昼休みは寝て過ごそうと思ったが、


「あ、あの……グーシィン、さん?」


「へ?」


 顔をあげるとそこにはラスがいた。

 何か言いだそうとしているのか、もじもじとした後に、


「その……一緒に、ご飯食べ……食べませんか!?」


 ぐはっ。


 心の中で吐血した。クリティカルヒットだった。

 女子に昼ご飯を誘われたという初体験に加え、はにかみながらも、上目遣いに言ってくるラスにきゅんと来てしまったわけで。


 これはもう行くしかない。男ならやってやれ、だ。


「喜んで」


「よかったぁ……」


 心の底から安堵した様子の彼女を見て、先ほどの友達の誘いを断らなくて本当に良かったと思う。

 ま、悪い子じゃないんだろうし。

 友達と言った手前もあるし。


「じゃあ、行こう。グーシィンさん」


「ん……てかイリスでいいよ」


「あ、そっか。お兄さんと、間違っちゃうものね」


 いや、そういうわけじゃなく。

 そしていきなりファーストネームで呼び合おうという、コミュ力MAXの異常行動でもなく。


 ただ単に、グーシィンって呼び名、慣れてないんだよね。

 ここ数日、まだイリスの方が呼ばれ慣れしてしっくりくるというか。


「えっと、じゃあ……イリス、ちゃん?」


 くっそ可愛いかよ!


 来たか? ついに僕にも春が来たか!?

 まぁ同性なんですけど。いいんだ。今や世間はジェンダーレス。コンプライアンスなんて知ったことか。


 というわけで初日から、いきなり女の子とお昼というイベントに出会えたのは幸運だったが、そこに至るまでにハードルがあった。


 まず何を話したらいいか分からない。

 同年代とはいえ、そもそもそんなに女子と会話らしい会話もしたこともないし、何より世界が違い過ぎて共通の話題がない。

 知っているお笑い芸人をあげたとしても、それを彼女が知る由もないのだ。


 とりあえず幸いなのは、ラスの方からそれなりに話しかけてくれたことだ。

 引っ込み思案で根暗(失礼)のように見えた第一印象だったが、親しい人間とはそれなりに話をするタイプなのだろう。

 朝、部屋の窓に小鳥が止まったこととか、お父様のとったちょっと抜けてる行動とか、庭に珍しい花が咲いたとか、メイドさんから聞いた町の話とか。当たり障りのない、それでいて聞いていて不愉快にならない雑談を楽しそうに喋ってくれた。


 だから僕はそれに相槌を売ったり合いの手を入れたりするだけでよかった。

 というかそうか。この子もそれなりのお嬢さんなんだな。何をやってる父親か知らないけど、初日にそこまで踏み込むのはないな、と思った。


 そしてもう1つのハードル。

 いや、ハードルというか、この世界に対する一般常識というか、この学校の特異性というか。


「あれ、イリスちゃんどこいくの? 食堂はあっちだよ?」


「ちょ、イリスちゃん。先生だよ、挨拶しなきゃ」


「え? お金? そんなのないよ。好きなのを取っていけばいいから」


 などとラスに言われてこの学校の勝手を思い知らされるたびに、


「あぁ、そうだった。あんま真面目に見て来なかったからさ。忘れてた」


 と、苦しい言い訳をするしかなかった。

 さすがに不審に思われるかな、と思ったけど、


「変なイリスちゃん」


 と言って笑って信じてくれた。可愛かった。


 というわけで食堂でパンと牛乳を購入して(金持ちの寄付で成り立っているから、食事代は全部タダだった。さすがお金持ち学校)、


「私の秘密の場所で食べよ」


 というラスについて行った。

 校内を一緒に回るというのが、なんか新鮮でかつデートみたいでドキドキする。

 こんな学校生活、前の学校でもしたかったなぁ。


 なんてどうでもいい妄想を繰り広げていると、


「ここだよ」


 と連れて来られた場所。そこは――


「屋上か」


 天井も壁もない吹きさらしの空間。


 といっても3階建てだから、そこまで高さは感じない。いや、真下を見ると怖いけど。

 それでも高層ビルなんてない。草原と森林、そして山々といった見渡す限りの自然の風景にしばしば圧倒された。

 その光景を見て、あぁ、ここは異世界なんだなぁと改めて実感。だってすぐ近くに山とかあるんだよ? 都会じゃ考えられない。


「うん、私のお気に入りの場所なの。本当は入っちゃいけないんだけど、内緒だよ。ほら、こっち。あまり見つからない場所があるの」


 そう言って元気にラスは屋上をとてとてと走っていく。

 なんか、平和だなぁ。数日前まで殺気立った兵士に追われていたのが嘘のようだ。


「きゃっ、風が」


 ……平和だなぁ。

 うん、僕は何も見ていない。うん、見ていない。白だなんて、そんなこと知らない。本当だよ?


 というわけで入り口から死角になる位置、そして国都の街を一望できる場所で僕たちはお昼を取った。

 目の前には南に広がる平原が続き、手前になるにつれて民家が増えてそこに生きる人たちが見える。


 それがなんだか当たり前のことなのにどこか感動して、ラスのおしゃべりも良いBGMになって楽しい時間だった。

 よく考えたら、お昼を誰かと過ごすなんて随分久しぶりの体験だ。異性となんて、母親以外は初じゃないか?


 だが、それも突如破られる。


 ガチャリ


 ドアが開く音がした。

 誰かがこの屋上に入って来たのだ。


 それが誰かは死角になっているここからは見えない。

 ただ、誰かが来たことには変わりなく、これが教師で見つかれば立ち入り禁止の屋上にいることを咎められることは明白。だからラスもピタリとおしゃべりを止めて息を呑む。


 頼むから何もせず出て行ってくれ。


 そう願いながらじっと息を殺して待っていると、小さくため息(そこで分かった男だ)が聞こえ、ガチャリと再びドアノブが回る音。勝った、そう思った瞬間、


「あっ……」


 ラスが持っていたパンを入れていた袋。

 それが彼女の手を離れて、風に巻かれて飛んでいく。

 あろうことか、それは屋上の出入り口の方向で、


「そこか」


 気づかれた!


 逃げるか!? いや、ここはどん詰まり。逃げ場はない。

 なら強行突破しかないわけだが、


「イリス・グーシィン」


 げっ、なんでここに先生が。

 うちのクラスを受け持つ、いまだに名前も知らない先生がそこに立っていた。


「あ、失礼します」


 ここは先手必勝。逃げだ。三十六計逃げるに如かずって偉い人も言ってたし、逃げは敗北ではなく未来への前進と言ってた残念な人もいた。


 だが――


「待て、聞いてほしい言葉があるんだ」


 僕らの逃げ道は先生にふさがれている。そして何があっても逃がさないという態度に、対応が硬化する。


「僕にはありませんけど」


「そう言わないでくれ。お前をずっと探してたんだ。お前は教室から外に出ないし、授業中に話すわけにもいかないからな」


 探していた? ずっと?


 そう言われると、少しは話を聞いてやろうという気分になるのだから僕もまだ甘い。

 逃げる気配が消えたと思ったのか、先生は少し肩を撫でおろし、


「その、今朝のことだが……」


 今朝。あの問答の件か。

 まぁあれだけの醜態を見せたのだ。文句の1つでも言いたかったのだろう。執念深いと言えばそれまでだが、教師としてのプライドもあるということか。


 何を言われるか、あらゆる文句に対し一通りの反論を頭に浮かべて待っていると、


「その、本当にすまなかった」


 ガバッと音がしそうなくらい思い切り頭を下げられた。

 というか土下座してきた。


 その予想外の選択肢に、頭に浮かんでいた言ってやりたい文句が次々と消えていく。


「え?」


「申し訳なかった。私……いや、俺の実力不足だった。そのせいでイリス・グーシィンに迷惑をかけた。本当にすまない」


 まさか謝ってくるとは。

 えっと、どうしよう。文句を言ってきたら、それに対して色々言ってやるつもりだったけど。

 そう、全面的に非を認めて相手の気勢を削ぐ。僕が朝にやったやり方と同じ。

 だからもう、文句なんて言えやしない。


「あー、えっとその。それだけ、ですか?」


 だから僕が打った手は、再び逃げだ。

 状況が意図せぬ方向に向かったなら、ひとまず距離を取るか身を隠す。君子危うきに近寄らずってやっぱり偉い人が言ってた。


「いや、ここからが本題だ。ラス・ハロールもいるならちょうどいい。ぜひ、立会人になってくれ」


「た、立会人?」


 立会人とは不穏な言葉だ。

 ラスと目を合わせる。彼女も何が起きているか分からないようだ。


 そんな僕たちの空気を気にしてか気にせずか、先生はこちらを向いたまま、真剣な面持ちで続ける。


「ああ。そうだ。イリス・グーシィン」


 なんだ、何を言おうとしている?

 すんごい嫌な予感がビンビンしている。軍神スキルを発動しなくてもそう感じ取れる。

 今すぐ逃げ出したいけど、先生の鬼気迫る気迫は僕をその場に縫い付けたように動けなくする。


 そして嫌な予感は現実となった。


「お前が好きだ。結婚してくれ」

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