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挿話41 土方歳三(アカシャ帝国所属)

 西の中門の前に立ち、敵を待ち構える。


 横には馬上の岳飛が澄んだ目で西を見ている。

 その背後に巨大な壁。薄い青色をした半透明の壁は、岳飛の背中にぴたりとついているように展開されている。それを岳飛の前方から触ろうとしても蜃気楼のようにかき消えてしまう。逆に岳飛の背後から触れると、分厚い鉄板のように硬く、兼定でも斬れるかどうかと思うほど堅固な壁になっている。


「それが岳飛将軍。あんたのスキルってやつか?」


「すきる? ああ、異能か。そうだ。私の背後に敵は通さん。ただそれだけの力だ」


 高杉から聞いたが、この男の生涯もなかなかに強烈だ。

 ただひたすらに北からの異民族から国を、民を守るために戦い続けた男。そして最期は味方に裏切られて処刑された男。


 こいつも自分の中のまことを通したってわけだ。そんな救国の英雄と共に戦えるのは、それはそれで光栄なことなのかもしれないな。


「ま、この相手にどこまで通用するかだな」


 中門を背にして前を見る。

 西門からぞろぞろと湧いてきたのは、道を埋め尽くさんばかりの敵、敵、敵。

 それを迎え撃つのは、俺と岳飛。それと岳飛についていくと聞き分けのない命知らず100名。


 1万を超える敵に対し、いったいこれでどうやって勝てというのか。しかも敵は20万も殺したとかいう白起とかいう男だ。


 ま、だからといって敵に背を向けるなど、士道に背きまじきことなわけだから絶対にしないが。


 唯一、懸念があるとしたら、自分自身のスキルがどういったものか未だによく分かっていないこと。あの為朝とかいう奴を斬った時には、無我夢中というか、相手の方からとんでもない空振りをしてきて、そこに上手く飛び込めたという感じだ。

 ま、それがなくても困りはしないし、あったとしてもとりあえず対軍隊には通用しないんじゃないかと思う。だから狙うは敵の大将だ。

 所詮組織の人間なんて、頭がいなければ何もできない。甲子太郎かしたろう御陵衛士ごりょうえじだってそうだったし、あまり想像したくないが新選組うちらだってそうだ。


 だからあの白起を斬れば、活路は開ける。

 高杉に言ったとおり、ここで死ぬつもりはないのだ。


「鉄砲隊、用意」


 岳飛が手を挙げて合図する。

 50丁の鉄砲が、敵の大軍に向けて狙いを定める。


 これまでの戦いで、敵は鉄砲を使ってこなかった。それは率いている人間が古いからか、それともゼドラにはそこまで普及していないのか。

 まさかこの状況において隠していたなんてわけがない。使うなら最初から使った方が敵の損耗率も違っただろうし、俺たちにとってももっと苦しい状況になっていただろう。


 だから50丁とはいえ効果は高いと考える。


 とりあえず一斉射にして、ひるんだところを抜刀隊が突撃。それからもう一斉射くらいはできるだろう。

 そこまででどれだけ敵を減らせるかは分からないが、1万のうちの一部が削れたくらいでどうにもならないのは確か。ただそのわずかな時間こそが、皇帝が脱出するのに十分な時間というのだから考えるより効果的に違いない。


 ま、その後のことはその時に考えればいい。


 敵の大軍に動きはない。こちらの50丁の鉄砲隊にビビってるのか。そんなことはない。今更100人規模の犠牲を恐れるようなタマじゃないだろう。なら何が狙いだ。


 そうやって相手の動きに注視している間に、敵に動きがあった。


 それは全軍でこちらに進んでくるのではなく、動いたのはわずかに2騎。先に動いたのは光を通さないような黒い鎧を着こんで、背中からも黒色のマントをはためかせている全身黒色の長身の男。

 それに続くはその長身の男が小さく見えるようなほど、いや、背の高さはさほど変わらない。わずかに高いくらいだが、男を包む筋肉の量が圧倒的に違い、長身の男より二回りも大きく見える。


 その2人がおよそ100メートルもない距離、顔の判別がつくくらいのところで止まった。


「おいおい、まさか……」


「まさかだろうな。あれが白起だ。そしてあの大きいのが項羽」


 岳飛がうめくように言う。それは相手の出方におどろいたのか、それとも右手の傷が痛むのかは分からなかった。


 白馬に乗った男は、叫ぶでもなく良く通る声でこう言った。


「私が“ぜどら国”の大将軍・白起である。そこにいるのが岳飛か」


 俺は岳飛をちらりと見る。

 顔面は蒼白で、呼吸も荒い。冷や汗も出ているから、今ここに立っているだけでも辛いのだろう。


 だから敵の大将に対して返答なんてできるわけがない。そう思ったからだが、岳飛は俺を見て小さくうなずくと一歩前に出てこう叫ぶ。


「私が岳飛だ。高名なる白起殿にお目にかかれて光栄だ」


 立派な返し文句だ。

 対する白起は顔色を変えずに、小さくうなずくと、


「ならば岳飛。君の力は理解している。私に降れ」


「なに……おい、白起。それは聞いてないぞ」


 白起の隣にいた巨漢――項羽が噛みつく。


「使える者は使う。それが味方だろうと敵だろうと。それ以外の何物でもない。これ以上に合理的な意見があるならば聞くが?」


「……ちっ、訳の分からんことをいいやがって」


 項羽が吐き捨てるように言う。話に聞く感じ、かなり沸点が低い猛将の類だという。左之助と似た部類か。


 その間に、俺は岳飛に視線を向ける。

 まさかというか、降伏勧告をしてくるとは思わなかった。あちらはあの項羽を使って、岳飛を殺そうとしたのだ。それなのに今更降伏勧告など、順番が逆ではないか。

 それとも項羽に対して生き残った力を評価しているのか。分からない。あのような種類の人間は初めてだ。


「岳飛将軍」


 俺はわざと声に出して問いかける。

 それは岳飛に対してというより、その後ろで怯えて心細い表情を浮かべる帝国の兵たちに向けたものだった。

 もしここで岳飛が要求を受け入れたら自分たちはどうなるのか。その未来を想像して怯えているのだ。


 それを岳飛も心得ていたのだろう。


「大丈夫だ」


 そう言って、すうと深呼吸をすると、


「断る」


 そうはっきりと白起に言ってのけた。

 後ろからホッとため息をつく声が聞こえてくるようだ。


 その返答に対し白起は顔色1つ変えずにこう言った。


「そうか。残念だ。では勧告は以上だ。死ね」


 事務的な感情のこもっていない声を出して、くるりと背を向ける白起。


「鉄砲、構え!」


 俺ははっきりと声に出した。50の銃口が敵に向く。もちろん狙いは白起だ。


 敵の大将がわざわざ射程に入ってきてくれた。馬鹿なのかと思ったが、彼らは俺たちより2千年ほど前の人間だ。ならば鉄砲のことも良く知らないというのも分かる。矢と同じで打ち払えるとでも思ったのか。

 その驕りを、討つ。


 卑怯とか汚いとかいう言葉は通用しない。

 のこのこやって来たのが間抜けだし、何より奇襲で帝国を襲ったのはゼドラ(やつら)が先なのだ。


 だからこの方法もれきとした戦術の1つ。


 あと一言で、敵大将の首を取れる。その決定的な一言を放とうとして、


「ああ。その鉄砲とやら、邪魔だな。白起が命じる。お前たちはこの白起に向かって引き金を引くことはできん」


 そう、白起が馬上で振り返り言った。


 なにを戯言を。


「撃て!」


 言った。そして轟音が響き、体中を穴だらけにした白起が地面に倒れ――なかった。


 いや、轟音すらも聞こえない。不発か。いや、30丁すべてが不発だなんてことはありえない。なのに誰もが発射できていないのも事実。


「おい、お前ら! 何をしてる!?」


「そ、それが……引き金が、引けなくて」


「馬鹿いうな、貸せ!」


 俺は鉄砲を奪い取ると、それを構えて白起に狙いをつける。


何人なんぴとたろうと、白起に銃口を向けること能わず」


 そう謡うように告げる白起に対して引き金を引いた。いや、引けていない。どれだけ力を込めようとも、引き金を引けない。それは引き金が固まってしまったというより、引こうとしても指が動かないという感じなのだ。


 俺たちの動揺を見た白起は、静かに告げる。


「この白起の口から出た言葉はまこととなる。そうそう、岳飛とやら。その壁の異能は邪魔だな。白起が命じる。この白起の通行を阻む壁よ、消えよ」


「まさか――」


 次の瞬間、パリン、と音を立てて何かが崩れた。それは背後からで、振り向けば岳飛のスキルとやらで作られた青白い巨大な壁が粉々になって霧散していくのが見えた。


 それは帝国という巨大な国が崩壊する、象徴に見えてならなかった。

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