挿話40 本庄繫長(カタリア親衛隊?)
幼少のころから武芸は得意だった。
数え12の時に、父を裏切った叔父を殺したことから、越後の長尾景虎(上杉謙信)に目をつけられていたらしく、色々あって彼に仕えることになった。
彼――いや、彼女は初対面で俺にこう言った。
『叔父殺しの餓鬼以下で頭の先からつま先まで筋肉でできてる脳筋野郎。我に仕えよ。裏切りは許さん』
そう言った時のあの女の眼。声。言葉。
それらすべてが快感だった。身を焦がすようなゾクゾクに、思わず絶頂してしまうところだった。
それから俺は彼女に忠節を尽くし、彼女のためにひたすらに戦い、戦い、そして戦った。
それによって長尾(上杉)家での俺の立場は上がり、周囲にも認められてきたのだ。
だが彼女から贈られたのは、
『そうか。励め』
それだけだった。
それだけしか受けることがなくなったのだ。
それは俺が長尾の家臣として認められたということでもあるが、俺にとっては不服だった。
あの美しくも可憐で縮こまるほどに恐ろしい彼女の、見下すような視線を独占することも、柔らかな唇から発せられる毒舌を拝することもなくなったのだから。
あの時の快感をもう一度得たい。叶うなら何度でも。
そう思った時に、武田から密通の使者が来た。
その時に考えたのは、上杉家のことではなく、揚北の連中のことでもなく、ただ単に彼女のことだった。
謀反を起こし、成敗される時。きっと彼女は俺をひどい言葉で罵ってくれるだろう。それを期待して、俺は叛いた。
1年近く続いた乱は、他国の仲介も入って俺が降伏することになった。
息子を人質にして送り、彼女の前に出頭した時。敵対していた上杉の重臣たちの射るような視線の中や、民たちの罵詈雑言も気にならなかった。
なぜならそれは自分にとって褒賞そのものだったからだ。
『お前のせいで多くの者が死んだ。その罪を償うか? 地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道を巡って最後に人道に戻ってもう一度繰り返す六道地獄の巡礼に旅たたせてやろうか? 天道? はっ、そんなところにお前ごときが行けると思っているのか、思い違いもはなはだしい。それを恥として自害せよ。それとも毘沙門天を模して、一生を俺の尻の下で暮らさせてやろうか、この糞餓鬼邪鬼小心童貞野郎?』
もちろん後者を熱望したが、逆に、言った彼女の方から断って来た。あれほど無念なことはない。
所領を削られ、謹慎させられた中で、揚北の連中は俺に再び立ち上がれと躍起なったり、隣国の織田とか伊達から色々言ってきたがすべて黙殺した。
最上級のお言葉を彼女からいただき、さらに会うたびに便所にいる虫を見るような視線を受けることができるようになったのだから、これ以上の望みはもうないのだ。
そんな安穏と恍惚の時間を過ごしていた時、いつの間にかこの世界にいた。
出陣の直前だったからこうして甲冑に身を包んでいたものの、家臣も彼女もどこにもいなくなっていたのだ。
まるで神隠しにあったみたいだ。
そう思いながらぼうっとしていると、馬蹄が響き、そして彼女と出会った。
まるであの女――輝虎の姉御のようで、何よりその口から放たれる暴言にまさに打ちのめされる勢いだ。
彼女らの話からして、どうやらここは日本とは異なる世界らしい。何が起きたかは知らないが、同じ日本人らしい中沢とかいう女から色々聞き出すことがありそうだと思い、かつ輝虎公のように勇ましく高飛車で高圧的な彼女のために今は与するのがよしと判断したわけだ。
ただ事態は深刻のようで、馬を走らせた彼女らは先に味方に合流し、そのまま後ろの方にまとまる部隊へと合流を開始した。どうやらあの後方にいる攻撃を受けている部隊が、彼女らが守ろうとしている皇帝とかいうやつがいるようだ。
その状況を読み解くと、迷うことはなかった。
思い切り走り出す。
甲冑が重いが、そんなことはいつも通りだ。何より、これより重い物を俺はいつも担ぎ続けてきた。
戦場は混乱していた。
馬車を守ろうと円陣を組む500ほどと、それを突き崩さんと猛攻を加える3千ほどの部隊。それが敵だろう。
あと数分、かたりあ殿の救援が遅れていたら、あの馬車は敵の手中にあっただろう。
馬車を狙う敵の横から2千ほどが突っ込む。だがそれは相手も心得たもので、馬車の方は放っておいて全力をかたりあたちに向けた。
2千と3千のぶつかり合い。
数の上でもこちらは劣勢だが、さらに悪いことに敵の中で1人。ひときわ目立っている人物がいる。
それはどうやら女で、薙刀を振るって兵たちを血祭りにあげている。その様はすさまじく、味方の兵がたじろぐほどだ。
はんっ、この世界にも巴だが鈴鹿だか板額がいるわけだ。なら相手にとって不足はない。
「嬢ちゃん、それは俺の獲物だ!」
歯噛みするかたりあのお嬢ちゃんの横を抜け、そして刀を抜くと、そのまま馬上の女武者に斬りかかった。
「本庄弥次郎だっ!!」
「なに!」
女が薙刀で受ける。
押し切れると思ったが、この馬鹿力。押し返される。
「我を木曽義仲の第一の家人、巴と知ってのことか!」
「っと! 本当に巴御前かよ! 騙りじゃねぇよなぁ!!」
一瞬、力を抜く。薙刀が解放されたようにこちらを襲うが、それは読み切っていたので紙一重でかわす。
そこから崩れた態勢も構わずに刀を振る。だが巴と名乗った女は馬を巧みに操って回避。
くそっ、やっぱ刀じゃ調子がでねぇ。アレがあれば。
けどないものねだりをしてもしょうがない。いや、ある。意味は分からないが確信があった。
刀を鞘に戻す。
「なに、それで終わり? 蛆虫には蛆虫らしい観念の仕方ね。いいわ、一思いに首を刎ねてやりましょう」
無手になった俺を巴があざ笑う。
「いいねぇ、その毒舌。ドキドキするぜ。だが先に主君を決めちまった以上、あんたにゃあ仕えられん」
「あんたみたいな髭もじゃのダサ男には興味ないわ。さぁゴミムシ。仏罰を受けなさい」
「あいにくだが俺は毘沙門の盾だ。仏罰にゃ、まだ早い! オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ。出ろ、毘沙門金鎖甲!」
右手をかざすその手のひらが発光した。目もくらむほどの発光。その先に見た。アレだ。俺の、いや軍神の盾。これで俺はいつも軍神の彼女を守って来た。そしてそれは、この場所でも同じ。
盾の握りを掴む。どこにあったのかは知らない。けどこれは間違いなく俺のだ。俺の身長より大きい2メートルほどの高さ、重さも100キロはあるだろう巨大な盾。俺の盾だ。
「なに、それ……」
光が止み、そして現れた俺の盾を見て巴が顔を引きつらせる。
だがさすがはあの巴御前。すぐに気を吐くように口を大きく開けると、
「そんなこけおどし!」
薙刀が舞う。
俺は盾を前に突き出す。衝撃。弾かれたのは巴の薙刀だ。
「頑丈……なら!」
巴が馬を操って俺の横に出ようとする。盾は俺の前半身しか守っていない。横や背後に出れば隙だらけと思ったのだろう。
だが甘い。
俺は盾の握りに力を入れて持ち上げる。そして巴の来る方向に方向転換して盾を展開する。
「なっ……」
この馬鹿でかい盾を動かすことなど考えなかったのか。驚愕に目を見開く巴だが、それでひるむような性根ではないらしい。
「たかが盾ごとき! なら今のうちに皇帝を捕縛しなさい!」
おっと、そう来るか。だが見立てが甘い。
「悪いがそうはさせないぜ。これは守るだけじゃない。攻撃もできるんだ。なぜなら俺が、軍神の盾であり、そして矛でもある!」
ま、一番槍はあの柿崎のおっさんに譲るけどよ。俺だって七手組の一員だ。
そして俺の盾が、俺のままなら。
盾の握りを操作する。そこにある絡繰が動き、盾が中央で折れ曲がる。そして生まれるのは、鉄の板が2枚に合わさった横幅の巨大な槍。
「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ。変化、毘沙門金鎖甲・槍!」
「っ!!」
そのまま突っ込んだ。巴の顔がゆがむ。相手からすれば、巨大な鉄の盾が、しかも先端は鋭利な刃となって襲って来るのだ。止めようにも俺は盾の陰にいるから狙えない。
これぞ川中島をはじめ、幾度の戦いで守り、そして攻めに攻めた俺の力。
デカいものにあたった。巴の乗った馬に突き立ち、そのまま跳ね飛ばす。巴はその前に馬から飛び降りて逃げたようだ。本来なら追撃してとどめを刺しておきたかったが、この盾から相手がどこにどう逃げたかは見ることができない。できるのはただ前進のみ。それが唯一の欠点だった。
だがそれは問題ない。
巴の奥にそのまま突っ込む。それは皇帝とやらを襲おうとしている敵軍の横っ腹に突っ込むことだからだ。
悲鳴と衝撃が重なって響く。武装した敵を思いっきり弾き飛ばした。こちらを攻撃してくる敵もいたが、それはすべて分厚い盾によって阻まれる。そのまま突き破った。
「退け、退けっ!!」
巴の声。俺の力にビビッて逃げたか。いや、倒した敵は100に満たない。崩れた態勢を一度、立て直してまた来るはずだ。
その間にこっちも決めるしかない。戦うか、逃げるかを。
逃げていく敵を見送りながら、かたりあの方へと戻ると、彼女は歓喜の表情で俺を迎えた。
「あなた! すごいのね!」
「ああ、お褒めの言葉は不要にて。できれば汚く罵ってくれればそれで十分」
「え………………キモ」
かたりあの嬢ちゃんが汚らわしいものを見るような視線で俺を見てくる。それに最後の言葉。意味は良く分からないが、確実に侮蔑の言葉。ああ、それでいい。それで完璧。
できればそれがずっと続きますように。じゃないと……謀反しちゃうぜ?




