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第40話 戦後処理・高等数学王決定戦

 カタリアの退室、ラスの笑顔。

 それでこの件は一件落着だ、と思いきや。


「ま、まだだ。1回戦はそちらに軍配が上がったことは認めてやろう! だが私は敗北を認めていない。つまり次のお題で挽回すればいいわけだな、イリス・グーシィン!」


 先生が、苦々しくも、けどどこか嬉しそうに声を出す。


 いや、なんでそうなるんだよ。

 てかこの状況でそんなことを言えるのは間違いなく大物か、あるいは大バカ者だ。


「えっと、まだやるんですか?」


「当然だ! カタリア・インジュインくんの仇を取らなければならないし、何よりクビがかかっているからな!」


 あ、そうか。そういえばそんな約束してた。

 はぁ、しょうがない。


「はいはい、で。そっちの提案でしたっけ。何をするんです?」


「ふっ、お前との勝負。戦って私が勝てる種目、それはこれだ!」


 この人、さらっと最低なこと言い始めたぞ。

 なんだろう、この人の悪人度がどんどん下がって、今や大量生産の三下レベルなんだけど。


「高等数学問題早解きだ!」


「勝てるか!」


 マジでガチで勝つフィールドを用意してきやがった。

 この先生、最低だな。


「んん? どうした、イリス・グーシィン? ここで負けを認めるということは私の1勝1敗でお前の負けということだぞ」


 いや、それ決着ついてないから。何を自信満々に言っているのか。


 しかし、だ。1戦目は想定通りの動きになったけど、これで負けたらヤバいってことは変わらない。

 数学……科学の次に苦手なんだよなぁ。僕、文系だよ? 真面目にやるわけないじゃん。


「ではまず第1問、この計算式を解け!」


 意気揚々と先生は背中を向けて黒板に数式を殴り書いていく。

 ここまで数学に自信があるってことは難問に違いない。軍師スキルでどうにかなるのか。全部勘でなんとかならないか。


 なんて思っている間に、数式が完成した。


「第1問はこれだ!」


「え?」


 目が点になった。

 自分の中の時が止まったような感覚。それほどの衝撃。


「ふはははは! 分かるまい! 私の授業を出ていないお前には! この私が用意した問題が!」


 なんかすごい悪役っぽいこと言ってるけど……いや、分かる分からないと言えば分からない。

 問題の答えが、じゃない。


 この問題が本気なのか、だ。


 9×8=?


 黒板に書かれた数式。数式? これが? 問題? なんか罠じゃないよな!?


「ふっ、まだこのクラスでもすぐにこれが答えられるのは半分もいないだろう。9の段をちゃんと言えるのはな!」


 9の段って言っちゃったよ。

 九九だよ。間違いなく。


 えっと、9×8ってくは、だろ。くは――


「……えーと。72」


「なにぃ!? 馬鹿な、即答だと!? ならこれだ!」


 そして続いて書かれた数式。


 7×9=?


「63」


「馬鹿な! なぜできる!? ええい、じゃあこれだ!」


 12×25=?


「分からないだろう、難しいだろう! これは九九では習わない範囲だからな! これがすぐできるのは、国の財務担当の――」


「300?」


「なぜだぁ!!」


 なんかリアクション大きいな、この人。


「馬鹿な。2桁の掛け算をこうもたやすく……。私だって12歳から習って5年かかったというのに」


 かけすぎだろ、と思ったけど違うのか。

 12歳から習うなんて遅いな、と思ったがここではそれが普通なのだ。


 中世において、今みたいな小学校や中学校が存在しないため、識字率はそこまで高くないと言われる。

 国によって事情は違うが、それは徹底した教育が行われなかったというのと、乳幼児の生存率が低かったためだろう。つまり子供に教育しても、それが成人するまで生き延びる確率が低いということだ。


 そのため、こういったちゃんとした学校がなければ字はまだしも、計算とかちゃんとできる人間は少ないのだろう。


 いや、さすがに今更掛け算というのはかなり驚きの部類だと思うけど。

 金持ちの子弟ってことはもうちょっと教育に熱心だということかと思ったけどさー。


「くっ……ならばイリス・グーシィンよ! お前から計算問題を出せ! 私のプライドにかけて、その計算を解いて見せる!」


 えー、めんどくさい。

 と思ったけど、それで勝負がつくのであれば光明が見えたということで、悪いことじゃない。


 ただ僕自身もそこまで計算は詳しくないんだけど……。

 あー、じゃああれかな。


 3X-2Y=8

 X+Y=6

 この時のXとYの値は?


 連立方程式ってやつだ。

 これは数式だけど、なんかパズルみたいで面白かったからそれなりにできた覚えがある。


 そしてこれを見た先生は、なんというか形容しがたい、若干のイケメンが残念な表情になって、そこから顔を真っ赤にさせて、もだえるように顔を震わせ、


「か、完敗だ……」


 うんうん悩んだ結果、がくりと肩を落とした先生はそう敗北を宣言した。


 ちなみに上の答えはX=4、Y=2。

 2番目の指揮を2倍して1番目の式と足してやれば、Yが消えてXの値が出る。あとはXを代入すればYが出るってやつ。


「ふっ、私も知らない数式が出てくるとは……これが外国で学んだことなのだな、イリス・グーシィン」


 全然違うけど、まぁ日本を外国と言えばそうとも言えるか。うん、そういうことにしておこう。


「学内にとどまって天狗になっていた私と、学内だけじゃなく外に学びを求めたお前の差か。私は……クビだな」


 あ、そういうえばそういう話だった。


 えっと、それはそれでなんとなく困るというか嫌だというか。

 僕はイリスの置かれる立場を改善したかっただけであって、先生をクビにすることが目的じゃない。

 人の人生が、なんて言っておいて、この先生の人生を台無しにするのは間違ってる。


「あー、実はさっきの数式。父親にこっそり教えてもらったんです。だからこれは無効。2戦目は引き分けってことで」


「イリス……グーシィン……」


 先生がこちらに視線を向けてくる。

 そこにこれまでの険はなく、どこか憑き物が取れたような印象を受けた。


「で? 3戦目やります?」


「いや、それは……」


 先生は若干及び腰になる。

 それはそうだ。第1戦のディベートでも、第2戦の彼が得意とする計算問題でも圧勝してきたのだ。もう1回と言われても、勝てるはずがないと彼の頭にはインプットされているだろう。


 と、その時。学校に響く鐘の音が鳴った。

 校内放送のチャイムとかはもちろんなく、たぶん、実際にある鐘を鳴らした音だろう。


「で、では1時間目は終わりだ。次は15分後」


 それをチャンスとみた教師は、手持ちの教材をまとめるとそそくさと出て行ってしまった。


 おい、待てよ。もうちょっとちゃんと説明して、僕への嫌疑を晴らしてほしかったんだけど……ま、仕方ないか。時間はまだある。とりあえず最悪の事態は回避できたわけだし。

 完勝、とはいかないまでも、限りなくそれに近い勝利だ。


 ただ……彼女には可哀そうなことしたかなぁ。

 カタリア・インジュイン。


 第一印象が悪すぎたけど、あそこまでやる必要もなかった気もする。

 つまらない学園生活に、さらに気鬱の要因を加えたくないのだ。


 考えてみれば、彼女とはクラスメイト。そして、将来的にこの国を背負う人間の1人なわけで。

 この国の双璧を成す重臣の子供が、仲たがいしたままだと、今も将来も変わらない。

 昨夜の父さんたちの「インジュインが―」「インジュインが―」は辟易としたこともあるし、今後、この国が大きくなっていくためにはこの両家の和睦こそ必要だろう。


 だからそのきっかけをカタリアとで結べたらなぁ、と思ったわけで。

 それに可愛いし。プライドが高そうだけど、逆にそれが良い。あぁいうツンな感じもいいよな。ちょっとデレさせてみたいとかさ。ギャルゲー脳だって? いやいや、やっぱり可愛いは正義です。


 休み時間でバタつく教室に、いつまでも教壇の近くに立っているのも邪魔だ。

 だから僕は自分の席に戻ろうとして、視線を感じた。


 ラスが、こちらを見ていた。

 まだどこか不安そうな顔で、こちらの顔色をうかがう子犬のような表情を浮かべている。


 ま、心配なんだろうな。

 カタリアを裏切って、僕にまで捨てられたら彼女にこのクラスで生きる場所はない。酷なようだけど、それは真実。

 もちろん、僕はそれを反故にするつもりはない。僕にとっても、彼女の存在は大きなものになるはず。

 そんな打算と、純粋にどこか可愛らしい彼女に少なからずの好意を持っていることを感じながら、彼女に対して頷いてみせる。


 僕は笑えた、と思う。

 ラスも笑い返してきた。


 今は、これでいい。

 今は。

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