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第109話 ジャンヌ救援

 ギリギリだった。


 銃声が聞こえたから戦闘が始まったのだと分かったけど、ジャンヌに参戦を断られた以上はまずは避難民の脱出を優先させるべきだった。


 けどやっぱり気になって、半数が外に出てあとは帝国軍の人に任せるようにできると、すぐに門に戻った。


 そしてその光景を見た。


 地面には散らばった肉塊が散乱している。装備や立ち位置から見て帝国軍。傍に赤兎馬がいることから、呂布がこの場で暴れまわったのだろうと推測。

 酸鼻を極める光景に吐き気がこみ上げてきたが、それ以上に切羽詰まっている状況を見て、それどころではなくなった。


「楽しませてくれた礼だ。派手に散れ」


 呂布が鎧姿の小柄な兵――ジャンヌ・ダルクを左手で吊り下げた状態から、宙に放った。呂布の右手には大振りの剣が収まっている。例の方天画戟ではないが、呂布が使えばただの剣も立派な兵器だ。

 そして呂布の意図を悟ると同時、体が勝手に動いていた。


 地面に散らばる肉片。それを意識から除外して、転がる鉄砲に手を伸ばす。

 賭けだった。

 1つ。弾が入っていること。

 1つ。壊れていないこと。

 1つ。練度の全くない僕が当てること。


 そのすべてをクリアしてようやくわずかな希望が見える。

 だからその思いを伝えるように、彼女の神に向かって叫ぶ。


「ジャンヌ!!」


 引き金を引いた。轟音が響き、弾が入っていて壊れていないことを証明する。

 あと残るは狙い通りに行くか。


「っ!!」


 呂布が動いた。その動いた分、逆に狙いが変わる。


 血しぶきが舞った。


「ぐぬぅぅ」


 弾丸は呂布の右の肩をわずかに抉って彼方へと飛んで行った。

 浅い。けどそれでも当たりは当たりだ。


 呂布の剣はタイミグを失い、ジャンヌの体はなんとか背中から地面に落ちた。不安な落ち方だったけど、真っ二つにされるよりはマシだろう。


 今度は胴体を狙うよう狙いを定め、呂布に叫ぶ。


「ジャンヌに手を出すな!」


「いりすか……」


 呂布が僕に視線を向けた。

 10メートルは距離があるのに、ひと睨みされただけで鳥肌が止まらない。これが飛将の圧。


 頼む。退いてくれ。

 そう心中で願う。


 こちらはほぼ呂布1人にやられた。敵は減ったと言ってもまだ500以上はいる。しかも呂布つきでだ。

 この状況。いくら僕でも防ぎきれるものではない。というか呂布には勝てないだろう。

 だからもし、呂布が総攻撃の命令を出せば、ジャンヌも僕も、そして門を出たばかりの民衆もすべて死ぬ。


 しかもこの時点で気づいた。

 僕が持っている銃。それはすべて火縄銃だと。装填式のライフルじゃない。つまり弾を込め直さないと発射できない。ただの鈍器を敵に向けているということがさらに心細さを助長する。


 どれくらい経っただろうか。

 数分、いや10分は経ったか。そう思ったけど、実はほんの数秒だったのかもしれない。それほどに呂布と対峙するその時間は長く感じられた。


 やがて呂布は剣をしまい、左手で口笛を鳴らすと、僕の近くにいた赤兎馬が呂布のもとへと駆けていく。その途中で落ちていた方天画戟を咥えて主人の元へと持ち帰る徹底ぶり。


 方天画戟を受け取り、赤兎馬を撫でてひらりと馬上の人になった呂布は、


「ふん。興ざめした。お前もそのような玩具を使うとはな」


 そう言い捨てて、西の方へと走って行った。

 それを無言で部下たちは従っていく。


 …………助かった。


 その場でへたり込みそうになるのを堪えて、僕は鉄砲を投げ捨て倒れたジャンヌの方へと走る。

 傍にかがんで彼女の名前を呼ぶと、何度目かでようやくわずか身じろぎして、薄く目が開いた。


「イリ……ス」


「良かった。ジャンヌ……」


「ああ、イリス……ごめんなさい。私が……間違ったから……」


「謝らないで。ジャンヌが呂布を追い払った。それで皆助かったんだから」


「…………良かった」


 そう言って彼女は柔らかく微笑むと、がくりとうなだれた。


「ジャンヌ!!」


 慌てて脈をとる。弱々しいがまだ脈はある。

 ホッとするのもつかの間。危険なことに変わりはないからすぐに手当てをしないと。避難民の中に岳飛将軍を見た医者がいるはずだから、彼に頼むしかないだろう。


 その時、僕の背後で帝都を二分するように青白い壁が突如現れた。

 どうやら岳飛将軍は始めたようだ。


 あとは東……ラスは、カタリアは、どうなってる?


 気もそぞろに、それでもまずはジャンヌの手当てが先だ。そう思って僕はジャンヌを担いで歩き出した。

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