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挿話36 ジャンヌ・ダルク(アカシャ帝国所属?)

 帝都民の脱出。

 それを伝えに来たイリスはこう言った。


『ここを拠点に鉄砲で陣地を作って、敵を足止めしてください。その間に帝都民が全力で脱出します』


 そう言って慌ただしく中央に戻って行った。

 それから十数分後に、1万以上の人数を引き連れて戻って来た。その多くが戦闘力のない女子供だった。


 誰もが不安と悲観に満ちた表情で歩く中、イリスはその人々を励ましながら門の外へと誘った。


 話に聞く限り、彼らは先ほど我らがしゅによって奪いとった陣地に寄り、そこからさらに南へと向かうそうだ。そこは帝都にほど近い街で、彼らはそこで今後の身の振り方を考えるという。


『敵の一隊がこちらに近づいてくるようです。手伝います?』


 とイリスが言ってきたのは、まだ人の列が門を通り抜けているころだった。

 それを私は断った。


 外に出ても安全とは限らない。敵の巡回隊が襲って来ることもあるだろうし、何より難民となる彼らはこれから塗炭の苦しみを味わうだろうことが分かっているからだ。


『分かりました。なるだけ早く戻ってきますけど、無理しないよう』


 そして馬で駆けていく彼女を、私は頼もしく見送った。

 そう。私は彼女の中に、旧約聖書におけるモーセを見た。さらに帝都から逃げる彼らにバビロン捕囚を見た。

 だから私は彼らのために戦うことを決めたし、それ以上のことはできないと考えたのだ。


「彼らの上に神のご加護があらんんことを」


 そうつぶやいた時だ。

 西の方から家屋に火を放つ一隊が来るのを見た。


 イリスが指摘してくれたように、この陣地は万全で敵の接近を寄せ付けない。


 まだ背後では民衆の脱出が続いている。

 だからここで敵を排除してしまおう。そう思って、鉄砲隊を前進させた。


 それが致命的な間違いだと気づかずに。


「飛将の武、貴様らの命でとくと見よ!」


 鉄砲を放ち、相手に壊滅的な打撃を与えようとした瞬間だ。


 立派な巨馬に乗った敵の将が独り、いや、2人? こちらに向かって駆けてきた。


「鉄砲、放て!」


 自殺願望か。そのようなものは天の門をくぐることはできない。なんと愚かなことを。


 鉄砲による一斉射。

 そこでは全身に銃弾を受け、地面に倒れ込む2人と一頭が――いなかった。


 鉄砲を受けたのは、どういうわけか巨馬の男に兜を掴まれていた敵の兵1人のみ。全身に銃弾を受けて、悲鳴もなく血を吹き出しながら地面に倒れた。


 もう1人は。あの巨馬は!?


 影。空が暗く。咄嗟に身を投げた。次の瞬間、地面が爆発したのかと思うほどの衝撃が襲った。

 鉄砲隊の前列が弾けた。1人の人間、そして馬によるものだ。巨馬にまたがる巨躯の男が巨大な槍のようなものを振るった結果に起きた事象だ。


 その巨躯の男は足元にある人の死骸など見向きもせず、自身の部下の方へ振り返ると、


「全軍、殺せ!」


 大地を割るような咆哮。そして怒声と大地を踏み鳴らす足音が西から聞こえてくる。


 ああ、主よ。全知全能なる我らが主よ。私はまた間違えたのですね。


 敵をせん滅しようと鉄砲隊を進ませたのが間違いだった。せん滅する必要なんてなかった。民衆が脱出するまでの時間が稼げれば良かったのに。

 敵と鉄砲隊の距離が縮まり、そして最初の斉射を外したなら、敵が一足飛びに間近に迫る危険性があったわけで。


 さらに最悪なことが起きた。


「む……あれも皆殺しにしろということか」


 見つかった。今も門から出ようとする民衆の姿。

 それをこんな恐ろしい、666の獣のように獰猛で凶悪で醜悪な者に見つかれば。後に起こるのは容易に想像がつく。


 私の責任だ。私が間違えた。そもそもがただの農民が、こんなところで指揮を取るのが間違えだ。人々の命を守ろうとするのがおこがましい。


 違う。いや、違わない。

 主の言葉は間違っていない。間違っているのは私だ。私が間違えたから、主の言葉が嘘になろうとしている。それは主の言葉を汚すこと。主を貶めるということ。それは絶対にありえない。


 ならどうする?


 決まってる。


 主の言葉が間違っていないのならば、私が全力で間違えているならば――この敵を殺せばいい。

 そうなれば私が失敗しただけで、主の言葉は間違っていないということになる。


主よ、あわれみたまえ(キリエ・エレイソン)


 瞬間。世界が変わった。


 何もかもが解放されて身が軽い。空も飛べそうにも思える。けどまだ主のもとへいくには早すぎる。


 群がる部下たちを、巨大な槍で屠る巨躯の男。それに飛びかかった。


「雑魚がっ!」


 敵が反応した。横なぎの一閃。それをかわした。敵――いや、味方の頭を蹴って加速した。


「なに!?」


 驚愕に見開かれた男の顔。


「がぁぁぁぁっぁぁぁっ!!」


 そのまま、体ごとぶつかった。

 計算も何もない。ただ本能のままに、敵を倒し、潰す。そのために。


 馬から落ちた。その男にしがみついたまま、自分も落ちる。

 一瞬の浮遊感と落下の衝撃。けどそれは敵が受けるだけ。自分は関係ない。関係ないから落下の衝撃に合わせてグーパンを見舞った。敵はそれを額で受けた。痛い。いや、痛くない。神の加護だ。


「面白いっ!!」


 男は槍を手放すと、そのまま握りこぶしで思いっきり殴りつけてきた。頭が破裂するような衝撃と音。痛いを通り越して何かが壊れたような音がした。けど痛くない。


 だからまた殴る。敵の顔を。額で受けるなんて暇はないほどの乱打だ。


「ぐっ……このっ!!」


 敵の足が動く。そのまま足をすくわれ、そして空いた空間に膝を入れたと思ったら腹を押され、そのまま投げ飛ばされた。


 視界が回転する。そんな状況でも、私はひどく冷静でいられた。いや、信じていたというしかない。自分を? まさか。私が信じるのは天におられる主のみ。

 そして今、神のご加護を受けた身に、疑いなど持つ必要はない。


「え?」


 男の呆けた顔。その顔を踏みつぶした。


「貴様!!」


 周囲の男女たちが剣を抜く。どうやらこちらに殺到しようとした敵のど真ん中に落ちてしまったらしい。

 けど焦りも恐怖もない。敵。それだけで良かった。


「がぁぁぁぁ!!」


 近くの敵を殴り飛ばす。そのまま四肢を回転させて周囲にいた敵を蹴り倒す。

 空間が空いた。そこに我が主から頂いた聖遺物。それを教わった通りにピンを抜いて、そのまま投げる。3つだ。それを放り投げる。だが爆発しない。我が主がやった時は爆発したのに。

 私には信仰が足りなかったのか。

 敵が来る。そこからはもう無我夢中だった。どこか斬られたような気がするけど、多分浅手だ。そうに違いない。


「あああああああっ!!」


 叫ぶ。叫びながら敵を倒していく。

 次の瞬間、爆発が起きた。3つ。ほぼ同時に。神の聖遺物が次々と奇跡を起こした。


 敵が恐慌し、傷つき倒れる。やはり聖遺物の力が素晴らしい。これぞ聖なる力。ならば私は御言葉みことばを正しく伝えることのみ。


「貴様ら、退けぃ!!」


 先ほどの男が来た。

 その言葉を受けて雑兵が距離を取る。


 咄嗟に振り向いて巨躯の男に対する。こちらを捕まえようとする両手。それを両手を突き出して掴む。

 手の大きさは私より二回りは大きい男の手。だが力負けしない。なんてったって私には神のご加護がある。加護のない異教徒に負けるはずがない。


「ははは! これが異能か! 俺と互角に渡り合うとは!」


 男が笑う。何がおかしいのか。私にはまったくわからない。

 ただなんとなく、私の神を侮辱された。そんな気がした。


「貴様がっ!!」


 吼える。そのまま、渾身の力を込めて敵を押し返す。


「むっ!」


 敵の顔が急に引き締まる。その形相が次第に悪魔のように歪み、


「この俺を押すか! うぉぉぉぉ!!」


 押し戻された。互いに両腕に力を込めての互角の押し引き。

 その均衡が破れたのは、あるいは自分に焦りがあったのかもしれない。


 敵の不意を突いて、わき腹に蹴りを入れた。神のご加護を得た渾身の蹴り。べきっ、ともめりっとも音がしたのは確か。手ごたえがあった一撃。

 これで敵の態勢は崩れて一気に押し返す。


 ――そう思ったが。


「勝負の最中に愚かな!」


 敵の力が膨れ上がった。まるで痛みなど感じていないのか、一気にこちらを押し込んでくる。

 対する自分は蹴りを入れたことによって片足立ちの不安定な姿勢。踏ん張りの力も半減し、一気に力関係が逆転する。


 あぁ、また間違った。

 いくらご加護があるとはいえ、それを使う人間が愚かではどうしようもない。この結果もむべなるかな。私って、本当に馬鹿だなぁ……。


 後悔もすべてが遅く、敵の圧倒的な力を受けた私は地面にものすごい勢いで叩きつけられた。

 頭がくわんくわんと反響し、背中がきしむ。何よりこれまで自分を包んでいた加護が消え、体のあちこちから痛みが発生し気狂いしそうなほど。


「なかなかいい勝負だったが、俺の敵ではないな」


 そう言って、敵の男は腰から剣を引き抜くと、私の襟元を掴んで引き起こす。

 抵抗しようにも指の一本も動かない。すべてを出し尽くしてしまった以上、何をすることもできないのは当然のこと。


「楽しませてくれた礼だ。派手に散れ」


 体が宙を舞った。もう何も動けない。ただただ見上げる空が青い。


 ああ主よ。今、おそばに参ります。


 この青空を見ることができるのもあと数瞬の間。数瞬の後には私の体は両断される。愚か者にはふさわしい末路だと思いながらも、主の御許にいける喜びを噛みしめた。


 その刹那――


「ジャンヌ!!」


 銃声が響いた。

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