表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

424/721

第108話 一時の休憩

 上級区画ノーブルエリアへと続く門にたどり着き、そこでようやく味方に合流できた。

 気を失った岳飛は、上級区画ノーブルエリアへとすぐさま搬送された。中で治療が行われるだろう。


 現代のように医療技術の発達した世界ではない。血を失いすぎたり、あるいは破傷風によって死ぬ例も大いにあるだろう。

 あとはこの世界最高と言われる名医の技量と、岳飛自身の気力と運によることになる。


 けど死ぬわけがない。そう思った。

 あの岳飛が、腕を一本無くしただけで死ぬものか。


 何より、運び込まれる前に岳飛自身が起こした行動を見た誰もが、それを疑うことはなかった。


「いりす。もういい」


 そう岳飛が言ったのは、中門にたどり着いたころだ。


 僕は岳飛を馬から下ろす。もともと中門で降ろして中に運んでもらうつもりだったからだ。


 僕が肩を貸して岳飛は地上に降り立つと、最初の2,3歩はふらふらとしたものの、その後は意外にしっかりとした足取りで中門の方へと進んでいく。


「門番、それを貸してくれ」


 中門を警備していた兵にあるものを要求する。それは門の左右に日中でも焚かれているかがり火だ。

 兵は一瞬、何事か分からない表情をしたが、岳飛が引かないのを見て、ようやくかがり火から火を移した松明を岳飛に渡した。


 それで何をするのか。

 そう思った瞬間には、岳飛は左手の松明の火を斬り落とされた右手の肘、その断面に当てたではないか。


「ぐっ……ぐぅぅぅ!」


 岳飛の苦痛の声が上がる。それにも増して、肉を焼く嫌なにおいが周囲に充満する。


 傷口から雑菌が入らないよう、そして腐らないように焼くだなんて。とんでもないことをする人だ。

 ただでさえ傷口が痛いのに、そこに火傷を追加するのだから苦痛は2倍、いや2乗になるだろう。普通なら絶叫するだろうそれを、少し顔をしかめただけ、声も少し漏らすだけだなんて、どれだけの我慢が必要なのか想像を絶する。


 やがて下火になり、焼けつくにおいに慣れたころ、岳飛は力尽きたようにその場に倒れ込んだ。


 その状況になって、ようやく思考回路が回り出す。


「担架を! すぐに医者に見せて!」


 近くにいた兵に頼む。だがその時でも岳飛はまだ気を失っていなかったらしく。


「いりす。いい。医者は」


「そんな無茶な!」


「血を……失った。生肉を食えば、治る。手配を頼む……」


 それも無茶苦茶だ!

 そう言いたかったけど、この人ならそれでケロリと治りそうだから怖い。


 一体、何が彼をここまで戦いに駆り出すのか。そう思ってもしまう一幕だった。


 それから本当に気を失った岳飛を中に運んで、医者に引き渡した。

 ちなみに僕も少し治療を受けることになった。


 今まで気づかなかったけど、耳が切れて血が出ていた。おそらくあの項羽の最初の一撃。かわしたと思ったけど、耳の先がざっくりと斬られていたらしい。本当に紙一重だったわけだ。


 少し休んでいけ、という医者の言葉を無視して再び一般区画ゼネラルエリアへ戻る。僕に残された時間はあと9時間あまり。しかも敵が城内に入り込んだ状況で、ゆっくり休んでいられない。


 門を通り一般区画ゼネラルエリアに出ると、すぐに異変に気付いた。

 右手、西門の周辺で煙があがっている。

 おそらく敵による焼きうちだろう。


 ゲリラ戦において最も困ること、それは遮蔽物をなくされること。

 兵数に劣るから奇襲を繰り返し、味方の損耗を抑えつつ敵を削っていくわけだから、遮蔽物が取り除かれれば奇襲の成功率が低くなる。

 ましてや奇襲のために籠っている場所を焼かれれば、焼き殺されるか、慌てて出たところを数の暴力で殺されるかだ。


 正直、焼きうちをするかどうかは五分だった。

 一応ここは世界の中心の帝都。歴史的な建築物が多いし、少なからず歴史に敬意を持つならば、それを破壊するなんてことはもってのほかと思うだろう。

 ただよくよく考えれば相手はあの秦の白起と、洛陽を焼いた呂布だ。そんなものに抵抗を覚えるはずがない。


 それだけでなく、もし帝都をゼドラ軍が落としたとはいえ、全ての家屋を焼き払ったら、その後に彼らが住む場所はどこになるのかという問題点がある。まさかここを完全に破壊して、近くに兵舎でも立てるわけはないだろう。そんなこと時間と金の無駄だ。

 すでにあるならそれを流用する。それが現場で動く人間の判断だろう。


 だがそれらは見事裏切られた。


 今や数か所から煙があがり、帝都はまさに地獄絵図と化した。


 どうする。

 この場。この状況に陥った時点でほぼ負けは確定。けど負けは帝国民全員の死。それは防がなくちゃいけない。


 混沌とした戦場における唯一の勝機があるとすれば、それは――


「いりす殿」


「わっ!」


 突如呼びかけられて、思わず大声を出してしまった。


 見れば、町人の身なりをした風魔小太郎が隣にうずくまっていた。


「小太郎か……驚かせないでよ」


「これは失礼。なにぶん火急の要件ゆえ」


「火急?」


 そういえば小太郎には敵の本隊周りを探ってもらっていた。ということは、


「敵の本隊が来たのか?」


「いえ、1つ面白い情報を入手しまして」


「面白い?」


「項羽が、いりす殿を目の敵にして、殺すだなんだと叫んでました」


「全然面白くない!」


 あの項羽に目の敵にされるとか……呂布だけでギリギリ(アウト)なのに、正直生きた心地がしない。


「それは冗談として各門の状況を知らせに」


「冗談に聞こえないんだけどなぁ。でも、助かるよ」


 正直、この帝都。四方の門の状況を知るには、広すぎた。

 西門を失い、もうそこまで打てる手がない中でも、情報を集めれば突破口が見えてくる。


 そう思って、小太郎も僕のところに来てくれたのだろう。その機転に感謝したい。


「まず北門ですが――」


 小太郎はそう言って話し始めた。


 その中で僕が今取るべき指針を決める。

 すべては、僕らが生き延びるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ