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挿話25 呂布(ゼドラ国将軍)

 城門を破って中に入ったはいいものの、散発的な攻撃に辟易とし始めた。

 最初に西門に固まっていた連中は壊滅させたものの、それ以降がうまく行かない。しかも都市を両断するようなバカでかい壁が突如として現れ、こちらの動きを封じたのは大きかった。


 その壁は俺たちは通さず、逃げ惑う敵にとっては通行可能というふざけたものだったのだ。

 しかもそれを利用して、壁の向こうから弓や鉄砲で撃ちかけてきた時には怒りが頂点に達しそうだった。こちらは攻撃できず、あちらからは攻撃し放題。そんな馬鹿な話があるか。


 それで壁から離れれば、家屋に潜んだ敵の狙撃手や伏兵がこちらを攻撃してくる。

 俺はその場の感覚で回避や反撃ができたが、部下たちはいいように討たれていく。これが張遼ちょうりょう高順こうじゅんだったらそうはいかなかっただろうと歯噛みするも、今の足りない部下の練度を嘆くつもりはない。


「焼け」


 そう命令したのは、そんな情けない部下のためだ。

 それなのにうろたえるものだから、反抗的な目つきのものを殴りつけてやった。ぐきっと何かが折れる音がしたが構わない。それで部下は全員が従った。


 火に包まれると、あの頃を思い出す。まだまともだった義父と共に、洛陽を焼いたあの日。

 いや、焼いたのではない。焼かれたのだ。あの忌々しい連合軍に。だからこちらは戦火に巻き込まれるのを嫌った皇帝を連れて義父は逃げた。ただ逃げるのを潔しとしない義父に命令されて、追撃に来た連合軍をちょっとひねってやって、トドメとばかりに火を放った。

 それで連合軍の士気は下がり、洋々と遷都できたのだから義父は満足げだった。


 だがそれからだ。洛陽を焼いたのは義父の仕業と天下に聞こえることになったのは。火をつけたのはそちらが先だろうのに、漢帝国の都を焼いたことを恐れるあまり、義父を暴君にしたてあげたのだ。

 それでも義父が反論しなかったのは、すでに手遅れであることと、焼きだされて逃げ出した事実を隠すためだった。


『ふん、悪名もまた名声よ』


 そうニヤリと笑った義父は、その悪名をもって力で支配する支配者になろうとした。

 さらに精力的に味方を募った。確かにその悪名に引かれて、各地の悪漢や無頼の民があふれるほどに集まって来たの。その雑魚をいちいち相手にするのは俺だったから、そこにはうんざりしたが。


 それがあの義父と、ある意味、本当の親子のように心が通じた最後の時だった。


「ああ、いたいた。火が見えたからきっとそうだろうと思って来たのが大正解です」


 火に包まれながら、昔の記憶に想いを馳せていた時にやってきたのは為朝だ。

 少し不審に思ったのは、いつも陽気な様子を見せる為朝がどこか切迫した様子でいたことだ。


「なんだ?」


「とにかく、来てください。項将軍を止められるのは、呂将軍しかいないんですよ」


「なに?」


 部下に火つけと隠れた残党の掃討を命じて、俺は為朝の後をついていく。

 その途次に聞いた。項羽のドジを。


「くっ……ははは! ざまぁないな」


「笑いごとじゃないですよ。それにそんなこと、面と向かって行ったらいくら呂将軍でも殺されますよ?」


「それで死ぬならそれまでよ。だから言っただろう。あれは俺の獲物だと。お前も下手に手を出せば火傷するぞ?」


「う……肝に銘じときます」


 そして着いたのは城門からの大通り。

 まだ離れているものの、獣の咆哮が耳につく。怒りと苦痛と憎悪を一心に込めた狂おしいまでの咆哮。


「殺す! 殺してやる! 俺を傷つけたばかりか、すいたばかりやがって!!」


 ほぅ。項羽に傷をつけたのか。それだけでも驚嘆に値する。あいつに傷をつけるということは、俺にも傷をつけるほどの技量を持つということだから。


 赤兎を降りると、さして広くもない通りにひしめく項羽の部下の間を進む。俺に気づいた兵が道を開けると、それに続いてざぁっと道ができた。


 その先。道の中央でぽつりと座り込む男が1人。その横には彼の愛馬・すいが威風堂々と佇んでいる。


「あの、リョ将軍……」


「いい。あいつはなんとかする。医者を呼んでおけ」


「あ、はい。すでに手配済みです!」


「ならいい」


 項羽の部下に答えながらも俺は歩みを止めない。

 そして項羽の背後。数メートルのところに差し掛かったところで、


「なんだ!」


 振り返り、睨まれた。

 並みの人間ならそれだけで腰を抜かして小便を漏らすだろう。だが俺には通じん。いったいどこに自分の顔を見て驚く馬鹿がいるのか。


 同時、観察する。

 項羽の上体に傷はない。となると足か。立てないほどの傷を受けたということか。


 やるではないか。

 心の中でほくそえむ。あの少女。初めて会った時からタダ者ではないと思っていた。今まではすばしっこい動きで逃げ回られたが、正面から対すればこれだ。あの少女はまだ底を見せていない。それを引き出し、正面から打ち合うと考えれば愉快ではないか。


「呂布、貴様。何しに――ぐっ!」


 悪態をつく項羽に右の拳を見舞った。

 項羽ほどの男がそれを防御もできずに顔面に食らったのは、一応味方である俺に殴られるとは思わなかっただろうことと、怒りで正常な判断ができなかったこと、足をやられて動けなかったことが重なってのことだろう。


「ぐぅ……き、さま……」


 たださすが項羽だ。1発では気を失うこともない。さっきの兵は、首の骨が折れたというのに。

 だからもう2,3発入れてやると、今度こそ気を失ったようでぐったりとその場に倒れ込んだ。


「おい、運べ」


 項羽の部下を呼ぶ。慌てた様子で担架を担いだ兵たちがやってくる。

 もはや項羽に関心を無くした俺は、その傍に立ちすくむすいに近づく。


「主を殴った俺を蹴るか?」


 ぶるん、とすいは首を横に振る。惚れたくなるほどいい馬ではないか。


「お前はたぶらかされたのか?」


 それにもぶるんと、しかも2回。激しく首を横に振る。


「だよな。お前は最高の馬だからな。まぁ俺の赤兎には劣るが」


 ぐばっ!


 すいは口を開けて大きく棹立ちになる。


「分かったよ。冗談だ。まぁいつか決着をつけようじゃないか」


 ぶひん。

 そう頷いたすいの頭を撫でてやり、その場から離れた。


「お疲れ様です、さすがですね」


 赤兎の横に立つ為朝が言ってくる。


「まだいたのか」


「まだってなんですか。こっちは意気揚々と乗り込んだのに、お二人のせいでまともに敵と戦えてないんですからね」


「お前が遅いのが悪い」


「もう、城門を破ったのは俺なのに」


 確かに。あの弓技には肝を冷やした。さすがの俺でもあそこまではできない。

 あれが白起の言う異能というやつなのだろうが、そうなると俺の異能とはなんだ? ま、それに頼るつもりもないが。


「それで、どうします? 項将軍がこれだし、敵はどっか逃げ隠れしちゃうし」


「焼け」


 先ほど部下に言った言葉と同じことを繰り返した。


「焼くのはいいんですけどね。僕らの宿舎は残しておいてくださいよ。ここを落としたはいいものの、雨風しのげず風邪をひいて撤退とか嫌ですからね」


「ふん、そういうところがこざかしいんだよ」


 あの白起がそれを考えないか。いや、分からなんな。

 帝都に対し徹底的な破壊を求めた男だ。それが愚策だとしても、命令には従順に従う。それが白起という男だ。だから数十万を生き埋めにできる。


「西門の周囲の家屋は残す。そこに潜む残党の掃討なら指揮官のいない項羽の隊でもできるだろう。あとは俺とお前でしらみつぶしに焼いていく。それでどうだ」


「いいですね。俺を使ってくれるのが何よりいい! じゃあ行きましょう将軍! どっちがいっぱい殺せるか、勝負ですね!」


 呑気にはしゃぐ為朝に、内心苦笑する。

 本当にこの男は子供だ。だが戦闘では大人顔負けの力を出す。


 ともかく帝都制圧の第一段階は過ぎた。

 あとは残敵を掃討する第二段階を経て、あの中央に籠る臆病者の首をねじ切ればそれで終わり。


 いや、始まりだ。


 ここから長い長い、闘争の歴史が幕を開ける。

 そう考えると、この苛立ちの時間も慰めにはなる。そう思った。

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