第38話 軍師の論陣3
「えっと、その……わ、私、はあの日……えっと、イリス、さんに、呼び出され……」
しんと静まり返った教室で、ラスはとつとつと話し始めた。
それほど喋ることが得意じゃないのか、かなりつっかえつっかえだが。
「金を、出せと……断ったら……な、殴られました。2度も。ほっぺと、お腹を。こ、怖くて……それで、お金を出すと……また、持ってこい、と」
いやいや、いつの時代だよ……って、そうか。ここは僕のいたころより昔なんだろうな。じゃあ逆に新しいか? いや、そんなことはどうでもいい。
「ほら見なさい! これが貴女の罪です! まさか身に覚えがないとはいいませんわよね!? ええ、本当によく勇気を出して言いましたね、ラス」
「…………」
勝ち誇るように高笑いするカタリアと、黙り込むラス。そしてそれを受けて周囲はカタリアを褒めたたえ、ラスに同情し、そして僕に対しては軽蔑の視線と耳を塞ぎたくなるような罵声を浴びせる。
覚えがないと言えればどれだけ楽か。
なんで僕がこんな(身に覚えのない)ことで断罪されなきゃいけないんだ。
けどここで帰ったら負け。二度と学校には来れなくなる。そしてそうなった場合、家に籠ることになるわけだけど……。
『お、お願いします! このソフトウェアじゃないと作業効率が倍は遅くなって……ただでさえ残業が多いのにこれじゃあ死んでしまいます!』
『ま、待ってくれ! わ、私がそんなことを……知らない! なのに何でクビになる!?』
『頼むから喫煙所を戻してくれ……社から10分先の喫煙所なんて遠すぎる! す、吸うなだなんて……お前、喫煙者の苦しみが分からないのか!?』
ここ数年の思い出がフラッシュバックする。
身に覚えのないことで断罪されたのも、彼らも同じか。
会社のために、ばっさりと切り捨てられ、苦しみの中でそれでも生きなければならない。
過去に僕がやったことで、そういった被害者が出たというのなら。
今ここで行うのは、多少なりともの贖罪になればいいと思う偽善なのか。
……偽善でもいいじゃないか。それでも善だ。
だからここは僕を、いや、イリス・グーシィンという人間をまずは救う。
そしてこのラス・ハロールという子も。
まずやってみる。
それから決めてみる。
一歩ずつ、偽善でもいいから進めて、それから生きるために努力する。
それが人間というものじゃないか。
「というわけだ。残念だったな、イリス・グーシィン。これでお前の罪は確定した」
教師が高らかに勝利宣言を行う。
対する僕は腹をくくった。だから言う。
「何でそうなるんですか。証人への尋問を行います」
「は? 何を言っている。これは裁判だろう? 裁判通りに進めるなら、あとはもう判決だけだ。裁判通りに行うと言ったのはお前だぞ」
「え!?」
ちょ、ちょっと待て。証人喚問したらそれでもう判決!?
それは予想外。どんだけ性急だよ。てかこんなの冤罪生み出しまくりじゃないか。
これで終わりになったら、それこそ終わりだ。考えろ。なんとかこの場を取り繕う方法。嘘でもいい。この裁判のやり方が、時代遅れだと証明できれば……そうか。
「証人の証言が終わったら、それに対する尋問を行う。それはアカシャ帝国が行っている最先端の裁判システムです。近く、そのシステムは各国へと導入されるということですが……まさか教師でありながらご存じないのですか?」
「……っ! そ、それはもう! もちろん知っているさ! まさか私が知らないわけないだろう。ただここは皆がなじみのある制度でやった方が良いとおもってね!」
教師が慌てて取り繕ったが、もちろんそんなことは嘘だ。てかアカシャ帝国の司法なんて知らない。
ただ、こう言えば相手は乗ってくると確信していた。
なんせこの教師は僕より劣っていないから僕をいじめる、という思想の持ち主だ。僕が知ってることを知らないとは、衆人の前で言えないだろう。
「ではアカシャのシステムに倣って尋問を行います。よろしいですね」
「う、うむ……分かった」
「先生!?」
カタリアが先生に抗議する。
だがそれを笑って制する。
「ま、まぁいいではないか。カタリア・インジュイン。より彼女の罪を深めるだけだ」
「…………はい」
渋々ながらもカタリアは席に着く。やはり、これ以上聞かれては困る内容なのだろう。
ならこちらはその隙を遠慮なく突かせていただく。
「ラス、さん」
「…………はい」
「貴女はこう言いましたね。僕に呼ばれて校舎裏へ来たと」
「…………はい」
返答までの間が長いなぁ。ま、しょうがないか。カツアゲされて暴力を振るわれた“としている”相手に詰問されているんだから。
だからなるだけとげとげしくならないよう、感情を殺して彼女に問いかける。
「それは、いつのことでしたか?」
「え、いつ? えっと……えっと……」
明らかに動揺した様子で視線を左右に、どうしても不審を覚えてしまう。
「確か、先月の始業式の直後じゃあありませんでした?」
そこに助け船を出したのは、カタリア・インジュインだ。
やはりそうなるか。構図が見えてきた。
「えっと、はい。始業式の2日後、の、放課後、でした……。校舎裏に、呼ばれて……」
カタリアはその解答に満足げに頷く。
くそ、彼女の思うつぼってことか。
「その時の様子は?」
「……いや、もう、怖くて」
「イリス・グーシィン。不必要にラス・ハロールを怖がらせないように」
そんなこと言われてもなぁ……ヤバいな、意外と分が悪いぞ。
そもそも僕はこの学校のこともよく知らないし、始業式のことも知らないし、ラスって女の子も知らない。校舎裏と言われても、そんな顔は目立つからボディにしな、みたいなこと、あり得るのか?
「もうこれで終わりでいいのでは? これ以上はラスさんがかわいそうですわ」
カタリアの言葉に、そーだそーだ、とクラスメイトが同調する。
無理なのか。無駄だったのか。
いや、まだだ。ここで諦めたら試合終了だ。これから先が、暗黒の学生生活になってしまう。
何かないのか。
校舎裏、始業式、暴力。何か、何かは――
「あ……」
思い出した。
思いついた。
………………………………うん、行ける。
少し手順があるけど、そこさえ間違わなければ、押さえるものさえ押さえられれば、勝利条件は満たせる。
勝利への道しるべが見えた。
「ではこれにて、イリス・グーシィンの判決を――」
「待った、先生」
「なんだ、イリス・グーシィン。もうこの件は終わりだ」
「いえ、まだです。まだこの件は終わらない。間違った真実に僕らはたどり着くわけにはいかない」
まぁ主に僕が、だけど。
ここは押し切る。
さぁ、反撃開始だ。