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第104話 デス子と不思議なクスリと

 ジャンヌ・ダルクらを引き戻して、呂布から逃げて南門に入った後。南門の守りを固めさせて、報告のためにジャンヌと共に岳飛の本陣に報告に報告に行った。

 勝手に打って出たのだから軍令違反で、厳しく罰せられるかと思いきや、


「そうか」


 と答えただけだった。


 指揮官としてそこを容認しちゃっていいのかと思ったけど、


「もともと軍としての動きは期待していない。所詮は寄せ集めの集団でしかないのだから。各門がしっかりと守ってくれれば、ある程度の動きは容認するさ。義勇軍なんてそんなものでしかないんだからな」


 そう言って遠い目をする岳飛。どこか疲労がにじんだ様子を見て、この人も苦労しているんだと感じた。


 それから再び東門に戻ろうとしたところで僕は倒れた。


 寿命の反動かと思ったけど、そうじゃなかった。

 これまでと比にならないくらいの痛み、苦しみ。何より意識があるのが辛い。これまでの寿命の反動は気を失えたから、辛いのは最初だけだったけど、今回のは意識が失わない。むしろ失ってほしいのに、沸き上がる衝動がそうさせてくれない。


 岳飛とジャンヌが慌てて手配してくれた担架に乗せられ、そのまま再び僕らの帝都の家のベッドに寝かされた。

 頭がガンガンと痛み、目がちかちかする。天地がさかさまになるような衝撃で立ってなんかいられない。かといって痛みと苦しみで眠ることすらもできない。吐き気はするものの、すでに胃の中はすべて吐ききってしまって胃液しか出てこなかった。

 ラスたちが来たような気がするけど、それすらも分からない。それくらい周囲の状況が分からず、自分のことも認識ができていないような状況が続く。


 もういっそ殺してくれ、と何度思ったことか。

 眠ることも気を失うこともできず、ただひたすらに痛みと苦しみに苛まされ、ベッドの上でごろごろじたばたとしているだけで、いつの間にか外は暗くなっていた。

 日が暮れても外の喧騒は届いてこず、焼き討ちによる炎も見えていないということは、まだどこの門も破られていないということだろう。

 それくらいのことは考えられる精神状況にはなっていた。


 おそらく今、皆は夜襲の警戒をしながら体を休めていることだろう。


 そんなことを考えていると、


「あらあら、相変わらずくたばってやがりますわね」


 室内に声が響いた。

 この皮肉たっぷりの声。


「お前……デス子か」


「息の根を止めてほしいか?」


「ごめんなさい」


 正直、言いあう気力もないから素直に謝った。

 そして相変わらずのナースーー看護師姿。こいつ、どこで着替えてるんだろう? もしかしてずっとこの格好だったとか!?


 するとネイコゥはニヤリと笑みを浮かべると、


「それにしても、こんな弱っているあなた初めてね。いじめがいがありそう」


 完全にサディスティックな雰囲気をまとうネイコゥに、吐き気以上の寒気を感じた。


 ネイコゥはベッドに座ると、僕の顔に手を伸ばす。それを払う気も起きず、ただされるがままだ。

 その指が僕の目に触れる。何をするのかと思いきや、僕のまぶたをぐいっと押し上げて、瞳をのぞき込んでくる。


「ふぅん。副作用が早いわね。20時間じゃなく10時間ちょいってところか。やっぱり人間には効能が違うのかしら。それともあなただから? 興味深いわ。なるほど」


 僕の目を見て、喉や額に手を当てるネイコゥ。

 その触診とも言える手つきに、どこかエロティシズムを感じてしまう僕はどうにかしているような気がする。いや、きっと気が弱くなっているから頭が働いていないんだろう。きっとそうだ。


「ふふふ、可愛い」


 ネイコゥのひんやりとした手が僕の頬を撫でる。

 何をするつもりなのか。背中のゾクゾクが止まらない。


 ネイコゥは空いた左手で何かビンのようなものを取り出すと、片手で器用に開ける。


「な、なに、を……」


「ん……薬よ。あなたのための」


「え?」


 こんな酷い目に遭ってる状況に、さらに薬? 嫌な予感しかしない。


「ま、栄養剤みたいなもの。今のあなたにはピッタリだと思って。さっきの『イタミトレールV2』みたいな副作用は多分ないから安心して」


 今、多分って言ったよな。多分って。


「これくらいのことで怖気づくなんて、小心者? あそこも小さいのかしら?」


「怖気づいてなんか……ないし。つか、そういうのあるならくれ……。早く飲ませて」


 正直、怪しさ満載だけど、今このどうしようもない苦痛から逃れられるなら悪魔にだって魂売ってやる。


「だから悪魔じゃねぇっつーの。神だっつーの。じゃ、いくわよ」


 と言いながら、ネイコゥは何を考えたか、ビンの中身を自分の口に当てて飲み始めた。

 てっきり、僕に渡してくれるのかと思ったのとまったく逆の対応に、


「ちょ、なにを!?」


「ん? なひっへ……ふひふふひ」


 ふひふふひ? 何の暗号だ? いや、今どうやらネイコゥは液体の薬を口に含んでいるらしい。

 その状態だとまともにしゃべれないから、こんな変な言葉になったということか。ふひふふひ。それが意味するのは。ふひ……ふひ……ふふひ? くちうつし? 口移し!?


「ひははひはーふ」


 いただきまーす。確かに聞こえた。

 ネイコゥは口をすぼめたまま、僕の顔に向かって近づいてくる。


 ヤバい。目が据わってる、こいつ!

 趣味と加虐心とドSが混ざって、どこかぶっとんでる。


 まさか僕のファーストキスが、こんなところでこんなやつに!? いや、違う違う。僕のファーストキスはもうとっくに済んでるからね。前世でも僕はモテモテだったんだから。って、何を悲しいことを言ってるんだ。それくらいテンパっているんだろう。


 逃げようにも体に力が入らない。さらに僕の頬を触っていたネイコゥの右手が、ガッチリとホールド。逃がさない。


 ああ終わる。このまま僕とネイコゥは、キスから始まるめくるめく百合百合の世界へと突入していって、そのままあらん方向に話が飛んで、この世界も物語も破局を迎えるんだ……。


 と、全てを諦めて目を閉じた時。


「イリス、元気ですかー? 入りますよー、入りましたー」


 バンっと、激しい音を立てて玄関の扉が開いた。と思いきや、無遠慮に僕のいる居間へとずかずかと入り込んできたのは、姿は見えなくても分かる。


「ジャンヌ!? た、助かった!」


 ネイコゥの顔が数センチに迫ったところで救世主の登場だ。ネイコゥは邪魔された恨みからか、キッとジャンヌの方を睨む。


「よし、ジャンヌ。この悪魔を退治してくれ! 僕が許す!」


 これで形勢逆転。この悪魔には薬を置いてさっさとご退場願おう。


 だが、ジャンヌの取った行動は僕の想像から斜め上に外れていた。


「ああ、我が主よ。再び私の前に降臨いただけるとは……この奇蹟に感謝いたします」


「なにぃぃぃぃ!?」


 まさか跪いて祈るようなポーズをするではないか。

 つかこいつが主? 神? どういうことだ!?


「ふっふっふ。ほのほひはひっはひひょうひょうふひほ」


「いや、何言ってるかわかんないけど」


「んー……ゴクリ。この子はもう調教済みって言ってるの! さぁ、これで邪魔者はいなくなったわね。続きをしましょうか、続きを」


「つ、続きって?」


「何を鈍いことを。今からあなたを凌辱に凌辱を重ねて、女として生まれたことを後悔させながらも、女として生まれたことを感謝するような快感に導いてあ・げ・る。ふふ、この薬を飲んだら、痛みも苦しみもすべて快感に変わるの」


「完全に危ないクスリじゃねぇか!」


「うふふ。そう、この薬を飲んだら、酔っぱらったようなふわふわした感覚で、ばぁーっとどうでもよくなって、ちょっとエッチぃな感じになるのよー。神も悪魔も逆らえないわよーーーー」


 ん? なんか変だぞ。いきなりすっとぼけたような喋り方になったというか。ちょっとアホっぽくなったというか。

 そういえば、


「さっき口移しで飲ませようとしたよな?」


「そうよー?」


「その薬、今どうしてる?」


「んー……………………あはは、飲んじゃったー」


 馬鹿だ。馬鹿がいるぞ。罠にかけようと思ったら、罠に嵌った馬鹿悪魔。


「馬鹿とはなんだ! ぷんぷん! てかここ暑くない? ちょっと、脱いじゃおうかしら」


「うぉぉい!?」


 急に上着をはだけるネイコゥ。ちょっとドキッとしたけど、さすがに自制心。


「ちょっと、そこ。暴れるな」


 パチン、とネイコゥが指を鳴らす。

 すると僕の両手首、そして両足首に痛みが走った。


 何が、と見て見れば、どこから現れたのか、これまた頑丈そうな金色の輪っかが僕の両手両足を拘束していた。


「うふふ。神の7つ道具。|絶対拘束する8つの腕輪ドラウプニル。オーディンからパクった絶対拘束の輪っかよー」


「神の力の無駄遣い!? つかパクった!? オーディンから!? 罰当たり!」


 真実かどうか分からないけど、身動きできないのは真実。


「ジャンヌ! ちょっとこいつ止めて! 色々ヤバい!」


「イリス。主のご尊顔を拝顔することすら恐れ多いのに……近づくだなんて」


「こいつは神じゃないっての!」


「うふふー、全部脱ぎ脱ぎしたらー、あなたも、ジャンヌも全員で気持ちいいことしましょうー?」


「御心のままに」


「ままにじゃねぇ!!」


 なんか状況悪化してる!? いや、何が行われるかちょっと気になる……じゃなく! 落ち着け。今の僕には体力がない。ならここは考えろ。この状況を切り抜ける策を考えるんだ。

 せめてもの救いは、これ以上状況の悪化は考えなくても――


「ちょっと待ったぁ! イリスちゃん、何してるの!」


 あ、最悪だ。悪化した。これ以上ない最低の状況からさらに悪化した。


 ラス。それにカタリアたち。

 そういえば軍議のために毎日集まろうという話になってた。だからジャンヌも来たのか。だけどタイミングが最悪だ。


「あら、死にぞこないがまだ何か……乱れた衣服、シーツ…………不潔! 不潔ですわ!!」


「違う、誤解だ! カタリア! 違うんだ!」


「イリス。お前、そういう趣味が……」


「違うんです、カーター先生! そんな目で見ないで! 生徒会長も黙ってないで助けて!」


「よし、イリス君! それはOKということだな! ラス君と一緒にやろうじゃないか!」


「あー、そうだった! 生徒会長そういう人だったー!!」


 やってきたラスたち一行も混ざって、もうごちゃごちゃのぐだぐだ。

 結局場が収まったのは、それから数分後にやって来た土方さんと岳飛で、


「お前ら、いつまでもギャーギャー騒いでんじゃねぇ!」


 という土方さんの一喝を待たなければならなかった。


 なんか余計に疲れた。精神的に。

 てか明日、大丈夫かなぁ。こんなので。


 そう思わずにはいられない、そんな夜の一幕だった。

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