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第103話 跳ぶが如く

「そこにいるのはいりすか!」


 呂布が叫ぶ。その後ろに続くは赤兎馬になんとか付き従う100ほどの騎兵。

 なんで呂布がここにいるのかは分からない。だって東門の大将のはずだ。あるいは、こちらに闘争の気配を感じてやってきたというのか。


 いや、そんな推論はどうでもいい。

 大事なのはまだ城門が開いているということ。あの呂布に100騎とはいえ乗り込まれたら終わる。城門を確保され、巴御前らが率いる約3千がなだれ込まれれば敗けだ。


 いくら城内に引き込むという土方さんの策とはいえ、あの呂布と巴御前の両方が一気に来られたら厳しいものがある。


 だからここは城門を閉じるのが第一。


「城門を閉じて!!」


 大声で叫ぶ。琴さんが反応するから届いただろうけど、すぐに動きはでない。おそらく呂布の接近に気づいていない。だからもう一度、呂布の接近を含めて知らせると、琴さんは戸惑いながらも背後に指示を飛ばした。


 よし、あとは。


「ジャンヌ、先に行って!」


「そんな、あなたは!」


「大丈夫だから、早く!」


「っ! あなたに神のご加護を!」


 言い争う時間すら無駄だと感じたのか、ジャンヌは馬を先行させる。

 邪魔が入らなければ、ギリギリ、城門が閉まる直前に中に入れるだろう。


 あと問題は――


「暇な攻城戦。闘争の気配を感じて来てみれば、なんと僥倖よ!」


 呂布が叫び、方天画戟を頭上で回す。


 本当に気配を感じたのかよ。いらんレーダー働かせやがって。

 けどここでまともに呂布とやってられない。そもそもが1対100じゃあ誰が相手だろうが話にならない。


 だから逃げの一手。そのためには呂布の一撃をしのがないといけない。

 昨日はなんとかうまくいった。けど昨日と同じようなことは今はできない。武器が昨日ほど良質ではないし、呂布も昨日のことを踏まえての最速の一撃を放ってくるだろう。それにたとえ呂布の一撃を防いだとしても、そこで止まれば100騎に押し包まれて終わる。


 だから動きながらも呂布の一撃を防ぎ、さらに100騎を抜けて、城門にギリギリ滑り込み、呂布の城内突入を防ぐことが必須。


 ……いや、無理ゲーだろ。


 無理ゲーすぎるけど、それをやらなきゃ終わる。なら常識に囚われるな。発想を飛躍させて――


 飛躍!


「覚悟を決めたか!」


 呂布へと突っ込む。覚悟。決めた。もちろん呂布と打ち合う覚悟じゃない。そんな無謀なことしない。

 生きる。生き延びる。そのための覚悟なら決めた。

 そのために全力でスキルを使い切る。


 くらから腰を浮かす。さらに右足をあぶみから外し、鞍に乗せる。片膝立ちの形。呂布。方天画戟が来る。見極めろ。振り下ろされる瞬間。今!


 右足に力を入れる。さらに鞍に鉄棒の石突きを起き、力を込めた。それによって起きるのは跳躍――いや、飛躍。飛翔。


「なにっ!?」


 足元を死の旋風が横切るのを感じた。

 馬上からの高跳び。一歩バランスを崩せばそのまま落下して方天画戟の餌食となっていた。それでも黙って殺されるよりマシだ。


 視界に空が映り、くるりと回転して呂布のすさまじい歯噛みする顔が眼下に見える。呂布の上を越えた。

 あとは着地。見極めろ。呂布は馬は殺さなかった。ならそのままの速度で、走っていれば――来た。衝撃。馬の温かな体温を感じつつも、鞍に腹をぶつけた痛みが全身を駆け巡る。


 けど痛みがあるということは生きているということ。

 それに次のための来付けにはちょうどいい。


 呂布の背後。つまり100騎が迫る。けど呂布と比べたらその迫力は劣る。100頭もの馬群の圧はあるけど、まともにぶつかる必要もない。

 だから僕は馬を操って斜めに駆けるようにする。急な方向転換に敵の先頭が驚いたような表情をした。その相手を叩き落す。落馬者がいたとして、それで後続を巻き込む大事故になることはない。それなりの距離を保っているから、落ちた兵を避けるくらいのことはする。

 けどその回避に気を取られれば陣形は乱れる。乱れれば速度は落ちる。


 その間に一気に振り切る。


 僕が乗っているのは、それなりの駿馬。赤兎馬には敵わないだろうけど、呂布は最高速度で突っ込んだのを交わした。麾下の100騎は陣形が乱れてすぐに方向転換できない。


 その間に、最高速度で一気に城門へ突入する。

 それが僕の描いた策だ。


 無理ゲー要素4つのうち、2つはクリアした。

 あとは城門に突っ込むのと、呂布の乱入を防ぐこと。


「イリス!!」


 城門で琴さんとジャンヌが肩を並べてこちらに叫んでいるのが見える。城門はわずか1人分くらいの間が開いているくらいで止まっているらしく、このままなら――


「後ろ!」


 ジャンヌの声。

 はっとして振り向く。そこに赤がいた。赤兎馬。まさか――


「振り切れると思ったか!」


 呂布。怖い。マジ怖い。怒気と笑みを混在させた表情を浮かべて追ってくる。魔神かよ。


 まだ距離はある。けど徐々にその間は縮まっていく。さすが赤兎馬。いや、感心してる場合じゃない。このままだと城門間際で追いつかれる。そうなれば終わりだ。

 ならどうする。

 高速で頭が動く。城門。呂布。棒。馬。監視塔。矢鉄砲。今回のテーマは……飛躍!


「城門を閉じろ!」


 琴さんとジャンヌの顔色が変わる。けど説明している暇はない。


「早く! それから、上に!」


 指さす。城門の上。そこにある門の通行を監視するための場所。そこが希望。


 僕の意をくみ取ったのか、いや、呂布が迫っている状況を考えれば当然か。城門が閉まり始める。あと少しの間隔だから1分も経たずに閉まるだろう。


 これでよし。あとは僕自身だ。


 背後から襲って来る魔神のような呂布の姿。見るだけで気持ちが萎える。

 それでも生きると決めたから。たとえ相手が武神だろうと魔神だろうと軍神だろうと。


「追いかけっこは終わりだ」


 呂布の声。馬鹿な。近い。いや、速い。想定よりはるかに。


 背後。呂布が方天画戟を振りかぶる。マズい。

 もうやるか。いや、まだ早い。まだ遠い。城門まで。けどもう限界だ。ここで跳ばないと、確実に両断される。


「新・神心真空烈風撃しんしんしんしんくうれっぷうげき!!」


 琴さんが、城門の上にいた。そこから薙刀を振るう。もちろん届くはずもない距離。だが琴さんの異能――スキルなら。


 風が、目に見えないはずの風が塊となって飛んでくるのが見えた。

 それは僕の頭上、背後の呂布を狙った一撃。


「しゃらくさい!」


 それを方天画戟の一閃で吹き飛ばした。かまいたちを物理的な一振りで消し飛ばすなんて尋常じゃない。いや、尋常じゃないから呂布。呂布だから尋常じゃない。


 けどその一瞬は、値千金の一瞬。僕が跳ぶための時間が稼げた。


「ここまでありがとうな」


 走る馬に語り掛け、たてがみの部分を少し撫でてやる。

 すると馬がぶるんと小さくいななき、応えてくれたような気がした。


 このままの速度で行けば馬は城門に激突して死ぬ。だからその前に左右どちらかに逃がしておく必要があった。

 だから僕は進行方向を右に向ける。城門から遠ざかるが距離は十分。あとは飛ぶだけだ。


 再び馬上に立ち、棒の石突きを鞍に立てると、


「させぬ!!」


 呂布。琴さんの足止めもわずかでしかなかった。

 風。呂布の一撃が来る。跳ぶ。跳んだ。だがその刹那。


「――ぐっ!」


 体からこみあげる血の逆流。こんな時に。足は鞍から離れた。だが蹴る足と、突き出す棒の一押しに十分な力が得られない。


 体が宙を舞った。

 けど足りない。それが感覚で分かる。どうする。いや、まだだ。蹴った。棒を。まだ鞍とつながっている。つまり地面の延長線上にある棒の先。ロケットの二段式のように。それでさらに上への距離を稼ぐ。


「くそっ!」


 呂布の舌打ちが下から聞こえる。

 呂布はかわした。あとは監視塔に。


「いりす!」


 琴さんが手を伸ばしてくる。そこ目掛けて跳ぶ。飛ぶ。届くか――いや、失速してる。足りなかった。力が、距離が、速さが。琴さんが精一杯伸ばす手。それをつかもうとする手が、空を切った。


 あとはもう下に落ちるだけ。地面にたたきつけられた僕は、容赦ない呂布の一撃で死ぬだろう。いや、その前に城門に叩きつけられて死ぬかもしれない。

 どちらにせよ、届かなかった時点で僕は終わりだ。


 ごめん、皆。ごめん。こんな僕で。


 諦めて目を閉じる。

 その刹那――


「イリス! 掴んで!」


 ジャンヌの声。そして差し出される棒――いや、旗だ。ジャンヌ・ダルクの旗。自由と戦いの象徴。それが突き出され、無我夢中でそれを掴んだ。


「踏ん張れ!」


 ジャンヌが声をかける。そして旗が固定される。それによって僕が恐れた城門への激突が緩和された。壁へ向かうエネルギーが、旗および皆の踏ん張りによって軽減されたのだ。


「引っ張れ!」


 続く声で僕の体が上へと持ち上がる。

 わずか十数秒で僕の体は城門上の空間へと収まった。


「ごめん、ありがとう。琴さん、ジャンヌ」


「全くだ。あの男をボクが止めなければ、今頃いりすは御仏のもとへと旅立っていたぞ。まぁいりすのことだから、平気な顔で戻ってくるとボクには分かっていたけど」


「お礼を言うのはこちらです。私をかばって、あんな無茶を」


「そうだ、呂布!」


 振り返って見れば呂布は城門の真下で、方天画戟を肩に担いで悠々とした様子。

 そして憎たらしいと言わんばかりの表情を浮かべ、


「ふんっ、今日のところは見逃してやる。面白い曲芸も見られたしな」


 そう言って赤兎馬を返すと、そのまま駆け去る。


「また会おう、いりす」


 不吉な言葉を吐きながら去っていく呂布と、それに合流する100騎は、こちらから見て左――東門の方へとあっという間に駆け去ってしまった。


「ふぅ……」


 一気に肩の力が抜けた。

 なんとかこの状況を、ギリギリだけど切り抜けられた。


 軍令違反だけど、結果だけ見れば大砲を2門潰しただけでなく、相手には「ただ籠っているだけじゃなく、打って出ることもある」と印象付けられたのは大きい。これで敵の攻めが慎重になってくれれば時間稼ぎになる。


 ギリギリの勝負だったけど、得た戦果もでかい。


 これにて帝都防衛戦の1日目が終了するわけだが。

 僕はその時。1つの事実を見逃していた。というか甘く見ていた。


 ネイコゥの薬の後遺症だ。

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